悪役令嬢は気にかける

「お姉ちゃん、どうかな? 私上手くなってる?」


「ええ。上手くなっていると思うわよ。」


 なぜ、また私はソフィアと踊っているのだろう? なんだか最近またソフィアと距離が近い気がする。あのお茶会の後からだろうか? ソフィアが入園直後よりは、ましだけれど気が付くとそばにいるようになった。かなり強く言っているつもりなのに、ソフィアは私から離れようとしない。セシリアたちに相談しても、『王子たちと仲が良くなっているのであれば問題ないのでは?』と言われたので、そこまで気にしなくても良いのだろうか?


「そうでしょ? 折を見て、練習してたから。ほら、もう息切れせずに踊れるようになったでしょ。」


「実際の社交では、何回も連続で踊ったりずっと立ちっぱなしなんだからまだまだよ。」


 でも確かに、前よりは上手になっている。今のままでも十分問題ないだろう。それにしてもセシリアたちは一体どうしたのだろう。急にソフィアとダンスの時間を取ったらどうかと言ってきたり、最近は眠たそうにしている姿をよく目にする。負担をかけすぎているのかもしれない。そろそろ夏休みに入ることだし、労わってあげたい。そうだ、夏休みに入る前に試験があった。


「ソフィア、試験勉強の方は大丈夫? しっかり勉強しているかしら?」


「え、……うん、大丈夫だよ。ちゃ、ちゃんとやってるよ。」


「こっちを見て言いなさい。はあ、ソフィア。貴女はまだ公爵家に入った自覚が足りてないわ。試験で下手な点数を取ることは許さないわよ。」


 もちろん公爵家として恥ずかしくない成績を収めてほしいという気持ちもある。しかしゲームの中では、いろいろなパラメータを上げることで攻略対象の好感度を上げていた。学力はその中でもとても大事なパラメータだ。他にも魔術の腕や料理などさまざまなパラメータがあるが、しっかり結果が分かるのは学力だけだろう。確か、マーク公爵令息やレオナルド王子たちを攻略するために必要になったはず。できるだけ良い成績を取ることに越したことはないだろう。


「……あっ、それならさ、お姉ちゃん勉強を教えてくれない? お姉ちゃんなら何でも教えられるでしょう。」


 もちろん、4年生までの内容はすべて修了しているし、5,6年生の内容についてもだいたい頭に入っているため教えること自体はできる。個人的な感情で言えば、ソフィアと一緒に勉強をして分からないところを教えてあげたりしたいが、それは良くないことだろう。ソフィアが一人で勉強をしているところに攻略対象が近づき一緒に勉強をするエピソードなどがあったはずだからそうしてもらった方がいい。


「……図書室や教室に残って勉強しなさい。」


「……分かった。じゃあ、学園にいるときはそうするけど、家にいるときは一緒に勉強してもいいでしょ?」


「仕方ないわね。いいわよ。ただ私も暇じゃないから予定が空いていたらね。」


「やったー。ありがとう、お姉ちゃん。」


 こんな嫌味な言い方をしたのに素直に喜んでくれるソフィアの明るさに気圧されてしまいそうだ。幼いころに兄はいたが、弟妹はいなかったためいたらこんな感じだったんだろうか? いや自分がそんな風に兄と接していなかったからソフィアだけが特別なんだろうな。

 もし、私が前世を思い出さずにいたら何も考えずにソフィアと仲良くできただろうか。小さいころからベティルブルグ家として見られていたため親しい友人などはセシリアたち以外にできず、セシリアたちも従者として一線を引いている一面があった。そのため、もしそうであったのなら対等な立場である者ができていたのかもしれない。そんなことを考えながら私は部屋を出る。


 ~~~


「いつもありがとうね。セシリア、カティ。」


 いつものテラスでお茶の準備をしてくれているセシリアやカティにお礼を言う。彼女たちは笑って返事をしてくれる。


「リリィ様の従者兼友人として当然のことですから。」


「姫のためなら何でもするからね。」


「本当に貴女たちがいてくれて助かるわ。でも逆に貴方たちも私を頼ってくれていいのよ。最近寝不足のようじゃない。何か業務が多かったりしたら私から言ってあげようか?」


 労わる気持ちで、そう問いかけるとどこか焦ったようにカティが答える。


「い、いや、全然そんなことないよ。ちょっとね……そう寝つきが、寝つきが悪いんだよね。ほらもう夏だからね。」


「心配してもらいありがとうございます。ただ何もないので大丈夫ですよ。」


「そう。別に寝不足で仕事がおろそかになってるとか怒ってるわけじゃなくてただ貴女たちが大丈夫かどうか聞きたいだけだったのだけれど。何をそんなに慌てているの?」


 セシリアは普段通りに見えるが、カティがしどろもどろすぎて何かあるのではないか疑ってしまう。私だって彼女たちに隠し事の一つや二つはあるから、別にすべてを教えてほしいわけじゃないが何があるのかは気になってしまう。


「もしかして、夜遅くまで二人で話してたりするの? だめじゃない。夜更かししちゃ。健全なる精神は健全なる肉体に宿るのよ。しっかりしないと。」


「ははは、そうだよね。流石は姫お見通しか。そう、最近ね夜更かしばっかしちゃってたから気を付けるよ。」


「本当よ。気を付けてね。それにしても、試験が終われば、もう夏休みね。今年はいつ頃お母様が帰ってくるかしら?」


 特使であるお母様は、普段さまざまな異国を訪問しているため忙しく滅多に家には帰ってこない。でも、家族思いなお母様は仕事の合間を縫って夏休みや冬休みには帰ってきてくれるため楽しみだ。


「そうですね。最近は近隣諸国との関係も悪くないようですし、早めにお帰りなさるかもしれませんね。」


「夏休みまでは特に意地悪もないし、早く夏休みになってほしいものね。」


 慣れてはいるものの学園ではかなり腫物に触れるような扱いのため気が滅入ってしまうときもある。ソフィアの試験も上手くいき、早く夏休みが来てほしい、そう思う午後だった。

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