悪役公爵は思い返す

「何度言ったら分かる?もう学生の時とはお互いに立場が違う。お前がここを訪問することさえ怪しいというのに秘密裏に訪れていることがばれたら国が傾くぞ。」


 その日も家が寝静まった深夜にいつものようにテオが訪れた。ひどい時には、一月に一度の頻度で来るようになった時期があり、何度苦言を呈しても来ることをやめないテオに呆れてしまう。


「俺の方こそ何度言えば分かると言いたい。ばれなければいいのだ、ばれなければ。王というのは存外大変でな。愚痴の一つや二つ言い合える友を得るのは簡単ではないのだ。昔は学園がなかったが、それでは友を見つけることなどできはしなかっただろう。あるいはそのための学園やもしれぬな。」


「はあ、何を馬鹿なことを言っているのだ。皆が皆お前のように友がいなければならないというわけではあるまい。元からいなければ必要となるまい。学園はそんな王のためのものではないわ。」


「はっはっは。そうか、それもそうだな。まあ俺には必要なんだからマティアス、お前も付き合え。ほら、グラスを用意しろ。」


 そう言うと、いつの間にか手に持っていた酒瓶を私に見せる。一度言ったら聞かないやつだ、仕方ない、そう思い二人分のグラスを用意しに行く。その後、酒を飲みながら延々と愚痴を聞かされ、夜が更けてきた頃ようやく本題に入ることとなった。


「やはり、考えを改める気はないか?公爵家とは言え、一貴族にこのような多大な責を担わせている事態は歪だ。今まで上手くいってきたということはベティルブルグの者は忠義に篤く、優秀だった者が多いのだろう。だが、彼らは生まれによってほとんどの道を選べなかっただろう。こんな役目がなければ、歴史に名を刻む者もいたかもしれぬ。」


「だが、そんなことはどの家でも同じだ。生まれにより立場が異なるのは何も我が家だけではない。それにこれをどうやって終わらせるのだ。そのために、お前の息子と私の可愛い娘を婚約させたというのに結果はどうだ?事態は変わらぬどころか、我が家が無理やりねじ込んだと更に悪名を轟かせることになった。」


 テオはあの時の言葉通り、諦めることなく私に説得を続ける。度重なる説得により、私もこのシステムを何とかしたいと一度思い、娘が嫌がらなければという条件のもとレオナルド第二王子との婚約を許した。結果として婚約は成立したが、印象を変えるような効果はなかった。


「それは布石であると言っただろう。しかるべき日に、王家とベティルブルグ家の信頼を示すことができれば、少しずつ変わるはずだ。それに、他の公爵家も知っているのだから根回しさえすればそう難しいことではないはずだ。」


「いや、それも結局は我が家が王家らを騙したと思われるのがオチであろう。とにかく一度作り上げたものを壊すのは並大抵のことではない。さっさと諦めるがいい。」


「そうだな。これ以上は状況が変わらないと何を言っても無駄であろう。だが、今日話したいことはもう一つあってだな、前モントディッシュ辺境伯を覚えているか?」


「……三年前に国境に現れたドラゴンと単騎で相打ちにまで持っていった武人だったと記憶しているが、それがどうした。」


「ああ、その通りだ。まあ、結論から言うと前モントディッシュ辺境伯の娘を養子にしてほしいのだ。」


 テオが言うには、前モントディッシュ辺境伯には一人娘がいたが、当時はまだ幼く、また母親もいなかったため、前辺境伯の弟が現在辺境伯についているのだそう。それで、現在の辺境伯夫人に目の敵にされていていじめを受けているらしい。その一人娘には稀有な光魔法の才があり、王国としてはその才を活かしたい。そのため、ドラゴンを倒した前辺境伯の功績として、その一人娘を公爵家の養子にしたいらしい。


「私としても、娘と同じ年の子がいじめられているのは悲しいがだからといって何ができるわけでもあるまい。その領地内のことなら王家としても深入りはできまい。」


「ああ、そうだ。だが、あの子には類稀な光魔法の素質があり、更に人間性もいいそうだ。彼女が来てくれれば何か変わることもあるだろう。今ならまだ褒美として言い訳できる期間でもある。もうすでにお前の妻には話をつけてある。どうだ、受けてはくれないだろうか。」


「……分かった。彼女が良いと言ったならこのことに関し、私が拒否することはない。だが、あまりにも強引過ぎるし、合理性がなさすぎる。何かまだ隠していることがあるな?」


「流石だな。もちろん隠すつもりはなかったが、王家に伝わる予言があってだな。まあ予言と言っても曖昧なものだが、『光無くしては滅びるだろう。』と。未だ光について具体的なことは分かっていないが、光魔法の持ち主の可能性があるため、是が非でもこちら側に手に入れておきたいのだ。だが、王子は二人とも相手がいるため無理やり嫁がせるのは反発も大きいだろうし、かといって王家の養子にするわけにもいかないため、次善の策としてお前のところに置いておきたいのだ。」


「そういうことなら、いいだろう。何かがあって王国に恨みでも持たれてはいけないからな。その娘を迎え入れることにしよう。」


 思考を現実に戻して、コーヒーを飲み終える。こういった経緯があってソフィア嬢は我が家に来たが、娘たちは上手くやっているだろうか?来た時よりは距離が縮まっているように思える。ベティルブルグだからとリリアンには我慢させてきたことも多く、他の貴族の友達などなかなか作れなかっただろうからソフィア嬢がその一人となってくれることを願う。なんだか不穏な報告も届いているが、あの時の判断が良いものになることを願うとしよう。

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