悪役公爵は回顧する
「明日はとうとう入園式だが、準備は大丈夫か?」
二人に増えた娘にそう聞く。返答は分かりきっているが、どう接すれば良いのか分からないためこのように事務的になってしまう。当然二人とも大丈夫と返してくる。そうして、また会話をせずに黙々と朝食を食べる。朝食を家族で一緒に取るように決めたのは今この場にはいない私の妻だ。私は両親とこのように朝食をとったことなど数回程度でいずれも幼いころだったためいまだ勝手が分からない。
朝食が終わり、部屋に戻り仕事を始める準備をする。本来なら今日は入園準備のため城での仕事はないが、我が家の従者は優秀であるため任せていても問題はないし、何より仕事をしていないと落ち着かないため、今日も仕事を行う。幸い役職柄仕事は多いため仕事がなくなることはない。ある程度片付き一息を入れようと執事にコーヒーをいれてもらう。コーヒーを飲みながら、ソフィア嬢が家に来るまでの経緯を思い出す。それはもう8年前からなるある計画の一環であった。
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周辺諸国や我が国の貴族の情勢を確認していたいつもの真夜中にある魔道具が光った。その魔道具はある者の来客を知らせる魔道具だ。準備を整えて、了承の合図を送るとすぐに部屋の中が光に包まれ、二人の人物が中から現れる。一人は国王お抱えの魔術師、そしてもう一人はテオドール国王陛下その人であった。はあ、とため息をついている間に国王は魔術師を帰し、部屋には私たちの二人だけになった。
「よう、元気にしているか?」
「『元気にしているか』ではありません。どうしてここに来られたのですか?もう来るのはやめていただきたいと申し上げたでしょう。」
「まあそんな固いことを言わずに崩して喋れ。俺とお前の誼ではないか。今日はお前に伝えたいことがあってきたのだ。無論他の奴には聞かせられない話だ。」
「はあ、何の話だ。くだらない話だったらすぐに帰ってもらうぞ。ここにいられることが分かったらまずいのはテオ、お前の方だぞ。」
「それでいい、それにばれなければいいのだ。お前も知っている通り、この国はもうかなり安定してきた。我が国の貴族同士の対立も小競り合い程度だし、民が反乱をしたりすることはほとんどない。周辺諸国との関係も悪くないし、今や平民も王立学園に通えるようになり、今までより優秀な人材を見つけられるようになった。」
「それがどうした。確かにお前が王になってから上手くやっていると思うが、自慢でもしに来たのか?」
「いや、そうではない。もうこの国にベティルブルグ家はいらないところまで来ているんだ。そろそろこの歪な役目を終わりにしないか?もうお前たちが嫌な役割をしなくて済むように。」
「何を言っている。我が家の役割は他のどの家もできず、この役割抜きでは王国の安寧は維持できない。そんなことも忘れてしまったのか。」
我が家の起こりは、他の公爵家と同じく建国の時代まで遡る。戦争や魔獣などで疲弊しきったこの地を強大な魔法でまとめ上げ、国を興したのが今の王家である。その際、ベティルブルグ家以外のカーネリア家とフィデルツァ家は時の王家に最初から協力していた者たちであったが、我が家はもともとこの者らに対立していた者の筆頭であった。しかし、当時の当主が取った道よりも王家たちが望む未来の方が民にとってより良いと考えた嫡男が家を乗っ取り王家側につき、統一がなされた。
その後、時の王家と後の三大公爵家で話し合った結果、我が家はまだ反乱側の旗頭として機能するため、表向きは王家側について裏では反逆者たちの長という立場であるように見せかけることを決めた。そうすることで、王家に逆らう者たちの手綱を握り、反乱が起こる前に王家側に情報を流し阻止をしてもらうことで、この国は大きな反乱もなくここまで来ることができた。この事実を知っているのは時の国王と三大公爵家の当主、それと我が家の者たちだけだ。世代交代をする際に元当主から伝えられる。
たまに類稀なる洞察力によりそのことを看破する者が現れるがそういう者は、我が家か王家が取り込んできた。目の前にいるこいつや私の妻もそのうちの一人だ。つまり、我が家がこの国の悪を牛耳る立場であるため、王家が廃されるような出来事もなく上手くいっているのだ。それを無くすなど考えることすら馬鹿馬鹿しい。
「話はそれだけか?いくら今国が上手く回っていたとしてもそれが未来永劫続くとは限らん。そんな時に反逆を未然に防ぐために我が家はあるべきだ。人にどう思われようが、いやそう思われることこそが我が家の本分なのだから。」
「マティアス、お前の娘にもそれを強いるつもりか?あんなに娘のことを愛しているのに娘にも同じことを強要するのか?」
「……ああそうだ。それが我が家の役目、それが定めだ。」
「いいや違う。今なら変えられる、俺の治世の時じゃないときっと無理だ。それにお前は将来国が荒れることを危惧しているが、ベティルブルグ家の者が将来王家を裏切らない保証はあるのか?今までは上手く王家とベティルブルグ家は信頼関係を築けてきたが、例えば皇太子にこのことを告げる前に王が死んだらどうする?そこで、今までの関係が壊れてしまうかもしれない。だから今のうちに変えるんだ。ベティルブルグ家は、表で活躍してくれればいいんだ。それがベティルブルグ家と王家のこれからにとって良いことなのだ。何より、俺の友や友の家族が不当に蔑まれているのが我慢ならないのだ。」
真剣な表情でそう言い切るテオに何も言えなくなってしまう。私の可愛い娘や息子が悪く言われず、真っ当に表舞台で活躍できるのならとどんなに願っただろうか。私も幼いころはどうしてそんな風に生きなくてはならないのか、自分の生き方を受け入れるのに時間がかかった。だが、それはできない。今まで続いてきたベティルブルグ家の誇りにかけてこの国の安寧を守っていかなければならないのだから。
「ありがたい話ではあるが、やはり飲めない。子供たちに継がせるのは心苦しいが、それもこの国のためだ。もう帰るといい、変なことは考えるな。」
「そうか、分かった。だが、俺は諦めないぞ。」
そう言うとテオは魔道具で合図を出し、帰っていった。その後もたまに私を説得しに来たが、状況が大きく変わったのは4ヶ月ほど前のことであった。
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