悪役令嬢ははたき落とす

「おはようございます、リリィ様。」


「おはよう、セシリア。」


 ついに今日になってしまった。今日から変わってしまう日常が憂鬱になってしまうが、いつも通りのセシリアに心が落ち着いてくる。こんな私の気持ちと裏腹に今日の天気は快晴だった。こんなことではいけないと思い、軽く頬を叩き気持ちを奮い立たせ、朝の支度を終わらせる。少しすると、カティに「朝食ができました。」と呼ばれたためセシリアとともに食堂へ向かう。食堂に入るとすでにお父様とソフィアはそろっており私が一番最後だったようだ。忙しい身であるお父様だが、朝食は必ず一緒に取ることにしている。理由を聞いたことはないが、大方マナーチェックや情報共有の時間確保のためだろう。私が席に着くと、朝食が運び込まれ、お父様から声がかけられる。


「二人とも、学園への準備はつつがなく進んでいるか?」


「はい、お父様。予習や派閥の確認など滞りなく進んでおります。」


「私もサラに教わりながらしっかり学んでいます。養父様おとうさま。」


「それは何より。ただ、リリアン。学園では建前上は身分によって差別されないとされている。学園に行った際には、派閥などにとらわれず交流をもちなさい。まだ公爵家としては、分からないことも多いだろうからソフィアをサポートしてやりなさい。」


「分かりました。お父様。」


「ありがとうございます。」


「では、いただくとしようか。我らが神に祈りを。」


「「神に祈りを。」」


 すべての神に感謝をささげて各々朝食に手をつける。食べ終わればソフィアに声をかけられるだろう。それを考えていると普段通りに食べられていたか不安だ。誰にも指摘されていないということはそこまでおかしなことはなかったのだろう。今までの教育に感謝するばかりだ。そうして皆が食べ終わり食後の挨拶を終え部屋に戻ろうとすると、やはりソフィアに声をかけられる。


「お姉ちゃん、少しいいですか?」


「はあ、お父様や他の貴族がいるところではお姉様と呼びなさいと言ったでしょう。それで何か用かしら?」


「渡したいものがあるので部屋で待っていてくれませんか?」


「分かったわ。では部屋で待つことにします。」


 ついに来たわね。セシリアたちとともに戻って待とう。部屋に戻りしばらくするとドアがノックされる音が聞こえた。ドアを開けるとそこにはやはり後ろ手に何かを隠したソフィアがいた。


「お姉ちゃん。私がこの家に来てからこの家に馴染めるようになったのはお姉ちゃんのおかげだと思う。今までのお礼とこの前熱を出していたからそのお見舞いを兼ねてこの花を贈るね。」


 あれ、お見舞いとしてだけじゃないの?ゲームでは、お見舞いとして花を贈ってくれたはずだが、これではこの後同情って言うのはおかしくないかしら?でも覚えている限りはゲームの通りにした方が良いわよね、きっと。よしっ言うのよ、言うのよ私。


「ど、同情って何様のつもり。自分が偉くなったと勘違いしているの?」


 そして、私は花をはたき落とす。目の前で花をはたき落とされたソフィアは混乱しているようだ。


「な、なんで?」


「目障りね、とっとと消えなさい。」


 この後は、ソフィアが立ち去ってくれるはずだがなかなか立ち去ろうとしない。無理もない、急にこんなことをされては理解が追い付かないだろう。しかし、これから先はこういうことも増えてくるだろうから頑張ってほしい。最後にはきっと救われるはずだから、今は立ち去ってほしい。その願いが通じたのか、ソフィアはこの場を立ち去ってくれた。ソフィアも心配だが、私も今日の勉強が身につくか不安だ。床に落ちた花をカティに片付けてもらっている間、セシリアとともに今日の予定を確認していく。


「今日の予定は、何だったかしら?」


「今日は午前中は魔法の勉強、午後はダンスの練習、夜にはピアノの練習が入っています。お嬢様の希望通り、午後は私が教えるので早めに切り上げて、庭で話せるようにさせていただきました。」


「ありがとう。そっちでも詳しく話したいと思うけれど、今の対応はどうだったかしら?自然にできたかしら?」


「恐れながらお嬢様、今までの接し方と随分異なるため不自然に思われてしまうのは仕方がないかと。」


「まあ、そうよね。ただこれからはこんな風に接していく必要があるのだから、ソフィアにも慣れてもらうしかないわね。後、気になったけれどソフィアがちらちら貴女の方を向いていたような気がするのだけれど何か心当たりあるかしら。」


「さあ?お嬢様と二人きりで渡したかったとかそういうところではないでしょうか。とにかく午前は魔法の勉強ですから支度をしませんと。」


「そうよね。はあ、気が乗らないわ。あの子は大丈夫かしら。」


 そんなことを話していると花の片づけが終わったのかカティが話しかけてくる。


「姫、この花少し散っちゃった部分もあるけどだいたいは綺麗なままだし、折角だから飾ったらどうかな?もったいないし。」


 カティはもともと孤児だったということもあり、物を大切にする一面がある。ただ本心ではないとはいえ、自分ではたき落とした花を飾ることに対し、どう答えようか考えていると先にセシリアが答える。


「カティ、あそこ以外ではしっかり敬語を付けてお嬢様と呼ぶようにして下さいと言っているでしょう。……ただ、その案には賛成です。折角ソフィア様が買ってきてくれたものですし。」


「そうしたいのはやまやまなのだけど、おかしくなってしまわないかしら?だって自分ではたき落としておいて部屋に飾るなんてどうかしているとしか思えないわ。」


「部屋にはソフィア様が入ることはないですし、何よりお嬢様がその花を捨てたくなければそうすべきだと思います。」


「……それもそうね。じゃあセシリア悪いのだけれど、その花に合う花瓶を借りてきてくれるかしら。カティは部屋に入って花瓶にさせるように準備をしてくれちょうだい。」


「「分かりました。」」


 部屋の中にソフィアの贈ってくれた花が飾られた。もらった時よりは少しだけ花弁が散ってしまったがそれでもきれいなままでよかった。私が好きな色にしてくれたのか、紫を基調にした花たちだった。私はこの色にふさわしい人になりたいと思って生きてきた。紫は我がベティルブルグ公爵家の色だ。疲れた時や弱ってしまった時にはこの花を見て原点を思い出すことにしよう。幼いころ、この色が自分の家の色だと知らなかった私が一目ぼれしたこの色に。そういえば、ソフィアの瞳の色も紫だったなと思いながら魔法の勉強のための支度を始める。

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