悪役令嬢は語る

「首尾はどうだった? 見つからずに、王子の姿は確認できたかしら。」


 私たちは昨日に引き続きいつもの庭のテラスで、カティの報告を聞く。


「ばっちりだよ。髪の色とか目の色とかを変えて、印象を希薄にさせる魔法もかけられてたりしたけれど、僕には効かないししっかり顔も覚えていたから確認できたよ。なんかね、城下街のベーカリーで、焼き立てのパンを買ってたね。」


「そう。確かに毒見のために冷めた宮廷料理ばかりでは飽きてしまうわよね。私たちは信頼できる料理人に作ってもらっているけれど、王宮ではいくら気を付けようと毒見を外したりはできないもの。時々温かいものが食べたくもなるでしょうね。確認ありがとうね。」


「ふふん、もっと頼りにしてくれてもいいんだよ。」


「よくやってくれたとは思いますが、調子には乗りすぎないことです、カティ。油断や慢心が足をすくうのですから。」

 

 得意げな顔をするカティに対し、セシリアが釘をさす。いつも真面目で慎重なセシリアだから頼もしく感じるが、シュンとしてしまったカティがかわいそうだったのでつい助け舟を出してしまう。


「そんなに言わなくてもいいじゃない、セシリア。カティだからこそ魔法にもかからずに調べることができたのだから。本当によくやってくれたと思うわよ。」


「そうだよね、やっぱ姫はよく分かってるー。セシリアも手放しで褒めてくれたっていいんだよ。僕じゃなければあの魔法にかかるか、気づかれるかしてたんだから。」


「私だって、カティが首尾よく確認してくれたと思っていましたよ。でもカティならこのくらい造作もないことだと思っていたからこそ、注意をしただけです。」


 カティはすぐに立ち直ったようにまた胸を張り、セシリアは少しすねた様子を見せている。やっぱり、この場所はいい。いつもならセシリアたちは自分の感情を見せないように押し殺してしまうだろうから、ほんの些細なことでも感情を見せてくれることはとてもうれしい。


「じゃあ、これで二人とも私の話を信じる気持ちになれたかしら?」


「そうですね。リリィ様のお話を信じていなかったわけではないですが、このことでより確証が得られたといってもいいと思います。」


「うん。あの警戒具合だったらなかなか王子が城下街に降りることを調べるのは難しいと思うね。近衛には、ほとんどベティルブルグ公爵家の派閥の貴族はいなかったはずだし、姫が私たちに知られずにそのことを知ることはできないと思う。」


「よかったわ。じゃあよく聞いてね二人とも、私たちの目標はソフィアを攻略対象のうち誰か一人と結ばれるようにし、この国を災厄から守ること。その手段として、私はソフィアをいじめる必要があるの。ソフィアをいじめたり、二人にそんなことに協力させるのは申し訳ないんだけど手伝ってくれるかしら。」


「質問があるのですが、ソフィア様が誰かと結ばれたときにリリィ様はどうなっていますか? 処罰を受けると言っていましたが、それは一体どのようなものですか?」


「……まあ、結末によって少し変わってくるのだけど、基本的には謹慎や退学、最悪の場合でも一生幽閉されるって感じね。でもまあどうあっても死ぬことはないし、貴女たちがいれば楽しい未来になりそうだわ。家には、お兄様もいるから私が継ぐことはないし、面倒な社交も減りそうだわ。だからそんなに心配しなくても大丈夫よ。」


「……それでも、リリィ様が不利益を被ることに変わりありません。リリィ様が処罰を受けないような方法がないか考えましょう。そもそも、ソフィア様をいじめる必要があるのでしょうか。」


「そうだよ。仲良くすればいいんじゃない。」


「ふふふ、貴女たちには分からないかしら。いい、恋愛はね、障害がある方が燃えるのよ。大きな障害に対して、パートナーと二人でそれを乗り越えていく。その過程で愛が深まっていくものなのよ。そんなことも気づけないなんて、二人ともまだまだお子様ね。」


 私がそう言うや否や二人は立て続けに言う。


「いやいや、姫の方こそまだまだ子どもじゃないか。僕より一つ下だし。」


「リリィ様が恋愛小説を読んでいて分からない表現があると言われ、房事について質問されたときのことをまだ鮮明に覚えていますよ。あのときはどう返答すべきか悩んだものです。」


「そ、そんなこといつの話よ。こほん、と、とにかくそうする必要があるの。災厄についてはまだそこまで思い出せていないけど、ソフィアとパートナーとの間の愛が深くないと対処できなかったはずなの。だからそのためにもなるべくシナリオ通りに進める必要があるの。」


「……そのパートナーというのは誰でもいいんですか。」


「ん? まあそうね。ある程度魔力を持っている必要があるけれど学園に通っている人ならみんなその程度は持っているでしょうしね。結局大事なのは、ソフィアの力によるものだったはずだから。」


「分かりました。では、今後どうしていくのでしょうか。」


「実はね、本格的に物語が始まっていくのは5年生あたりからなのよね。もちろんそれまでもイベントがなかったわけではないんだけど。あっ、イベントっていうのは攻略対象と仲良くなるような特別な出来事のことね。5年生からはしっかり私がいじめた描写があるんだけどそれまではあんまり詳しく描かれていないのよね。ほら、やっぱり人がいじめられていたり傷つけられていたりするところって好き好んでみるようなものでもないじゃない。5年生からは基本的に私がいじめたらその攻略対象たちに慰めてもらったり助けてもらったりしていたからしっかり描写されるようになっていたけれど、低学年のころはこれこれこういうことがありました、みたいな伝聞の形でしか分からないのよ。だから、絶対にしないといけない意地悪はあったりするんだけど日常的にどう接していたかも分からないの。だから、貴女達にその都度相談しながら進めていくから協力してくれる?」


「リリィ様がそう言うのでしたら、もちろん協力しますよ。」


「僕も精一杯がんばるよ。」


「二人ともありがとう。今日はもう遅いしとりあえず明日の予行練習をしましょう。確か、ソフィアが、今日のうちに花束を買ってきてくれるはずなの。それで、『今日はもう日が暮れているのでもし直接渡したいのでしたら明日渡した方が良いでしょう。』と侍女に言われて明日私に渡す手はずを整えていたの。」


「そういえば、今日はソフィア様が街に行かれていましたね。」


「それで、明日朝食が終わった後に私に用事があると私に部屋で待つように言って、部屋の前で花束を渡してくれるの。私はその花束をはたき落として冷たくこう言うの。『同情って何様のつもり。自分が偉くなったと勘違いしているの?』ってね。で、そう言われて立ち尽くすソフィアに向かって『目障りね、とっとと消えなさい。』ってさらに追い打ちをかけるの。」


「姫がそんなことするの?似合わないねー。」


「そう思うのは私が前世の記憶を持っていたからかもしれないわよ。もしかしたら、私が本当にそう言っていたかもしれないわよ。」


「リリィ様に限ってそんなことはありません。」


「そう言ってくれるのはうれしいわ。とにかく、明日はそうするから貴女たちにはソフィアのフォローをしてほしいの。一応ゲームでは、ソフィアの侍女が支えてくれていたそうだけれど今回もそうなるとは限らないから貴女たちの方でそうしてもらえるように手を回してほしいの。後、申し訳ないんだけど貴方たちが直接彼女を慰めたりはしないでね。展開が変わってしまうかもしれないから。」


「ソフィア様の侍女と言えば、セシリアのお母さんだっけ。」


「そうでしたね。まあ、母ならこちらが何をしなくても支えてくれそうではありますが。」


「サラがソフィアの侍女になっていたの?でもそれなら確かに大丈夫そうね。じゃあ、とりあえず明日は花をはたき落としてあのセリフを言うだけだから大丈夫そうね。明日も何とかしてこのお茶会の時間を捻出するから反省会と今後どうしていくかを具体的に考えていきましょう。これからもよろしくね。」


「もちろんだよ、姫。」


「お任せください、リリィ様。」


 日も暮れてきたため今日はこの辺でお茶会はお開きとなった。


~~~


 今日も彼女たちとのお茶会は楽しかったが、彼女たちに嘘をついてしまったことが心苦しい。彼女たちは優しいからもし私が処刑されるなんて言ったら絶対にそれを阻止しようとしてくれるだろう。それはとてもうれしいことだが、そうであってはいけないのだ。物語を正しく進めるために、私が死ぬことは必要なはずなのだ。だから彼女たちには悪いけど嘘をつかせてもらった。彼女たちが私に協力してくれるように。これじゃ死んだ後に文句を言われてしまうわね。

 私がすることで私が死んだ後に彼女たちの将来が悪くならないように手を回さなければならないわね。それにしても、明日からはいよいよソフィアに意地悪を始めなければならないのか。今から憂鬱になってしまう。この1ヶ月でソフィアの人の良さを知ってしまった身としては彼女をいじめるのはしたくないが、国のためと思い、しっかり悪役を演じよう。

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