第46話 住み込みアルバイト


 緩やかな傾斜をガタガタと登っていく。

 足元ばかり見ていたら、急に開けた場所に出て驚いた。


「なんだここ。……キャンプ場?」


 テニスコート三面分くらいの平たい土地。その奥の方には一軒のコンテナハウスが置いてある。小汚いコンテナは古臭いデザインに錆が浮いていて、とてもリゾート運営をするための建物には見えなかった。


「ここ……か? いや、違う?」


 ただの廃墟、もしくはゴミかもしれない。そう思いながら、俺はコンテナハウスに近づいた。建物の横には古びた農具、工具が沢山積まれている。百歩譲って、開拓途中なのかもしれない。

 俺は積まれた農工具の目の前に原付をとめて、窓からコンテナハウスの中を覗いてみた。見えた内装は外観と違い意外と綺麗で、家具まで設置されている。案外、普通に生活出来そうだ。


「……ん?」


 建物の中で影が動いた気がした。

 もしかしたら、中に誰かいるのかも。


「すみませぇん」


 俺はコンテナハウスのドアを引きつつ声をかけてみた。幸い、鍵はかかっていない。

 開いたドアと共に、室内の空気が流れ出てくる。


 あ、くさい。


 くさい。が、嗅いだことのあるニオイだ。なんだろう。懐かしいような、ちょっと求めていたニオイのような……。

 そんな事を考えながら勝手にコンテナ内に足を踏み入れて、左に顔を振って驚愕した。


「いや、伽羅奢じゃん!」


 コンテナハウスの奥に、なんと伽羅奢が居たのである!


「……てか、え? は?」


 伽羅奢だ。

 伽羅奢だけど、彼女は壁から生えた鎖に首を繋がれている。なんだこれ。

 壁に寄り掛かるように座っていた伽羅奢は、俺に気付くなり大声で叫んだ。


「お、遅いではないかっ! このっ、大馬鹿者ぉ!」

「ええぇぇ!」


 遅いってなんだ、遅いって!

 居場所を教えてくれなかったのは伽羅奢の方じゃないか!

 という感情は、目の前の異様すぎる光景にかき消されていく。


「え……伽羅奢、それって……」


 シールを剥がすようにコンテナハウスの壁からペリペリ剥がれて、のっそりと立ち上がった伽羅奢。

 彼女の前には四人掛けのダイニングテーブルが鎮座していて、その上にはペットボトル、パン、弁当、レトルト食品、カップ麺などなど、ゴミや食べ物が一緒くたにゴチャゴチャと置かれている。

 足元にはゴミ袋や空の弁当箱が無数に転がり、伽羅奢を取り囲んでいた。その一帯だけ伽羅奢の家の縮小版のように見える。


 だが、それ以上に俺の目を奪ったのは――。


「……ウエディングドレス?」


 そう。

 伽羅奢は白のふわふわしたドレスを着た状態で、首から金属の鎖を垂らし、壁に繋がれていたのである。


「えっと……綺麗、だね?」


 リアクションに困って、とりあえず褒めてみた。伽羅奢がギロリと俺を睨む。


「キミは馬鹿か! なぜ第一声がそれなのだ! この状況で!」


 大声で叫ぶ伽羅奢のドレスは膝上丈で、後部になるに従って長くなるお洒落なデザインだった。けれど、その美しい後部の裾は残念ながら食べ物のゴミの山に埋もれてしまっている。それによく見れば、ご飯でもこぼしたのかあちこちシミだらけだ。


「いや、綺麗じゃない……か?」

「そんな事はどうでもいいのだよ!」


 伽羅奢は叫びながら金属製の首輪に手をかけた。接する部分がかゆいのか、首輪の隙間に指を突っ込んで首を前後左右に倒し、しきりにボリボリと搔いている。


 異様な光景だ。


 ゴミの山自体は見慣れている。

 けれど薄汚れた白いドレスを着た美少女が、ゴミをはべらせて仁王立ちしている姿なんて初めて見た。しかもこの美少女、壁に打ち付けられた鎖が首に繋がっていて、まるでサーカスに捕らえられている猛獣のように見える。


「えっと、伽羅奢、これが住み込みのバイトなわけ?」


 これになんの需要があって、どんな金が生まれるのか。俺には見当もつかない。

 伽羅奢は顔を歪めた。


「はあ? 何をわけのわからない事を言っているのだね! そんな事よりこの首輪をなんとかしろ! かゆいのだ!」

「え、これ取れないの?」


 俺は伽羅奢に近づいて首輪をじっくりと眺めた。金属製の首輪は、ご丁寧にデカめの南京錠でしっかりロックされている。


「鍵は?」

「あるわけないだろう馬鹿者! 見てわからんか!」

「こんなに散らかっててわかるかよ」


 重苦しい首輪。金属の首輪は引っ張ったところで千切れるわけも外れるわけもないし、ハサミで切断するのも無理がある。


「いや、まじでなんなんだよこの状況。つうか……」


 くさい。


 正直、伽羅奢がくさい。ゴミもくさいが、伽羅奢もかなりくさい。

 部屋の中は一応申し訳程度にエアコンが効いているけど、動けばうっすらと汗をかくくらいには暑かった。この感じから察するに、たぶん伽羅奢は相当な日数、風呂に入っていない。

 ということは。


「もしかして、伽羅奢、監禁されてる?」


 俺の一言に、伽羅奢はみるみる鬼の形相になっていった。


「そんなもの見ればわかるだろう! キミは馬鹿か! 私が自ら壁に繋がり、ドレス姿でぼぉーっと床に座り続けるとでも思うのかね?!」

「いや、ごめん。思わんけどさ。でもじゃあ、もしかして帯金に?」


 キャンキャン吠えていた伽羅奢が、その名を聞いてあからさまに静かになる。


「なぜ帯金を知っている」

「お母さんに聞いた。ついでに言うと、伽羅奢のおばあさんの事件も、伽羅奢がなんでそんなに不動産を持ってるのかも聞いた」

「……そうか」


 伽羅奢は急に大人しくなって、足元のゴミの山を蹴飛ばすとダイニングテーブルの椅子に腰かけた。机の上のゴミを薙ぎ払い、がさっと足元に落とす。


「愛音、座るといい」


 珍しく伽羅奢が俺に椅子を勧めてくれる。

 いつもと違う空気。伽羅奢の無表情な横顔は、別の何者かが宿ったかのようにも見える。帯金の話が伽羅奢にとって軽く扱えるものではない事は一目瞭然だ。


 勧められた俺はありがたく伽羅者の向かいに座った。

 机の上半分には飲食物の山。一日、二日で食べきれるとは思えないほどの量がある。伽羅奢は机に置かれた二リットルの緑茶のペットボトルに手を伸ばすと、そのままガブリと飲んだ。


「私は今、飼われているのだよ。帯金に」


 伽羅奢が冷めた声で言う。

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