第36話 家探し

「ここにあるゴミ、ほとんど消費期限が七月なんですよね。一番新しいものでも八月二日。それ以降のゴミがないんです。って事はやっぱり、伽羅奢のやつ、八月中はほとんど家にいなかったと思うんですよ」


 お母さんが息をのむ。


「えっ、じゃああの子、もう三週間くらい住み込みで働いてるって言うの?」

「たぶんっすけど、はい」


 本音では「ありえない」と思う。けれど、この家の状況がそれを否定した。少なくとも伽羅奢は、この三週間ほど家では生活していない。それは確かだ。


「でも、おかしいんですよね」


 パンパンになったゴミ袋の口を縛る。それを部屋の隅に置いて、俺はまた新しいゴミ袋を広げた。


「伽羅奢のやつ、別に秘密主義ってわけでもないのに、働いてる場所は教えてくれないんすよ。会う事だって拒否するし。しかも、生きがいだったゲームすらログインしていない。そんなの、変じゃないっすか」


 そう。とにかく「変」の一言に尽きる。

 近況も心境もよくわからないし、何もかもがいつもの伽羅奢とは違う。

 それなのに、連絡がつきづらいところだけはいかにも伽羅奢らしくて、俺は余計に腹が立った。


 だけど、その怒りをぶつける相手はここにはいない。モヤモヤするだけモヤモヤして、俺はそれをそっくりそのまま飲み込んでいる。

 衣服を片付けたお母さんが、頬を膨らませながらリビングに戻ってきた。


「そうよね。ここの管理業務もおろそかにしているし、本当に変。今までそんなこと、なかったもの。これは一回、あの子にガツンと言ってやらなきゃ駄目だわ。とっとと捕まえて、二人で怒ってやりましょう!」


 お母さんが握りこぶしを手のひらに打ち付ける。


「手伝ってくれるわよね、愛音くん!」

「うっす!」


 俺も両手で握りこぶしを作って、気合いを入れてみせた。お母さんがうんうんと頷く。


「じゃあ、とりあえず、あの子がどこにいるか探ってみましょうか!」

「うっす」


 とは言ったものの、どうやって探ろう。簡単に出来ないから苦労しているのだ。

 口を尖らせる俺をしりめに、お母さんは部屋の中をぐるりと見渡して言う。


「ねえ愛音くん、このゴミの山の中に、何か手掛かりになりそうなものは何か無かった? バイト情報誌とか、チラシとか」

「いや、全然。でも、封筒なら落ちてました」


 床の上、机の上、様々なところに封書がいくつも落ちていて、拾ったそれは机にまとめて置いてある。見たところ、不動産屋や銀行、役所からの手紙のようだ。


「じゃあ、中を確認してみましょう」

「え、大丈夫っすか」

「平気、平気。親だもの」

「えぇ……」


 お母さんは机に向かい、手紙を勝手に片っ端から開け始めた。個人情報の塊だろうに、さすが親である。


「あら。不動産屋さんからの手紙は、貸家の収支報告書みたいね! うふふ、面白い」


 娘の手紙をあさるお母さんは、まるで秘密の暗号を解読する子供みたいだ。嬉々としていて、若干怖い。


「あら、見てよ愛音くん! あの子、月々四十万円ほど儲けてるらしいわ。順調よねぇ」

「よ、四十万?! 賃貸って、そんな儲かるんすか!」


 驚いた。下手な新卒社会人の倍は貰っているじゃないか! しかも、労働時間はゼロだ。それで月々四十万円なんて、宝くじよりも夢がある。


「不動産、最高っすね」

「でしょう。どうしてみんな、やらないのかしら」

「そっ……」


 そんなの、普通はそう簡単に不動産なんて持てないからだよ!

 当然だ!

 でも、それが理解できない程の金持ちなのだと、涼しい顔をしているお母さんを見て思う。とんでもない。普通、家なんて一家に一軒あればもう勝ち組だろうに。

 お母さんは人の気も知らず、ご機嫌で次の手紙を開けていく。


「こっちは銀行からだわ。あぁ、くだらない宣伝と残高証明ね。……うんうん。黒字、黒字。借金もなし。良いじゃない」

「二十歳そこそこで、借金もなく、家を三軒も所有……」


 家のローンが、なんて言っている大人たちがこれを聞いたら、泣いちゃうんじゃないか。

 というか。


「あの、素朴な疑問なんですけど、なんで伽羅奢はそんなに家を持ってるんですか? 前に、おじいさんから贈与されたって聞きました。でも、なんか、信じられないっつーか」


 だって、三軒だぞ。シルバニアのおうちではないのだ。そんなにホイホイ与えられてたまるか!

 そんな疑問に、お母さんが苦笑いする。


「あぁ、そうねえ。なんて言ったらいいのかしら。お金をすごく余らせていたから、かな?」

「あ、余る?」


 余るか? 金が? 残飯じゃあるまいし。

 納得出来ずにいる俺を見て、お母さんが困ったように続ける。


「あの子の祖父には、商才があったのよ。不動産でかなりの利益を出していたの。でも、そのお金を懐にいれるのは嫌だって言ってね。手にしたお金で新しい不動産を次々買っては、それを子や孫にばらまいて。実質、お金を捨てていたようなものよね」

「す、す、捨てる?!」


 ゴミ袋に目を向ける。いやいや、ありえねえ。弁当の空き箱と不動産が等価値なわけがない。

 けれどお母さんは、事も無げに笑う。


「でもね、その豪快さが利益を生むコツだったのよ。世の中って不思議よね。お金って、お金を生むの」


 世の中どころか、お金を捨てるという祖父の行動も相当不思議だ。


「でも、なんでそんな真似をしたんですか」

「うぅん、そうねえ。まあ、恨みと贖罪、って感じかな?」

「恨みと、贖罪?」


 俺にはお母さんの言葉の意味がさっぱり分からない。

 けれど、お母さんが困ったような顔をしていたから、俺はそれ以上聞けなくなってしまった。たぶん、金持ちには金持ち独自の悩みがあるのだ。凡人の俺には少々難しすぎる。

 お母さんはまた、次々封筒を確認していく。


「役所からの手紙は税金関係ね。固定資産税もきちんと納税してる。払い忘れもなし。国民健康保険もちゃんと払ってる。この様子だと、金銭面で困ったところは無さそうね。督促状でも出てきたらどうしようかと思ったけど、ないみたい。安心したわ」

「確かに素晴らしいっすけど、でも、それってむしろ、働く理由もないって事っすよね」

「そう……なるわよねぇ」


 それはおかしな話だった。

 あの伽羅奢が、いや伽羅奢以外だってそうだけど、理由なく働くわけがない。

 生活のため。趣味のため。なんらかの理由でお金が必要だから、みんな汗水垂らして働いている。でもじゃあ、なんで金に困っていない伽羅奢が、突然住み込みしてまで働き始めたのか。


 働く目的は、金じゃないのかもしれない。

 それなら。

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