第31話 奏ちゃんと伽羅奢

「奏ちゃんは元気そうだね」


 冷静になった俺は、ようやく奏ちゃんを視界に捉えて言った。奏ちゃんはいつも通りのニコニコ笑顔を浮かべている。相変わらず太陽みたい。


「僕はずっと避暑地にいたから元気だよ。すごく過ごしやすかったんだ」

「避暑地?」


 注文したタンが運ばれてくる。熱々の網に乗せると、じゅわっという良い音と共に白い湯気が上がった。


「そう。ここから電車で一時間くらいの所にある、高原のキャンプ場で住み込みのバイトをしてたんだ。試験が終わった次の日から二週間。お盆休みシーズンはバイト代が凄く良いし、暑くもないし、すごく良かったよ!」


 ぺらぺらのタンをひっくり返す。皿にレモン汁を注いでいる間にタンはもう焼きあがった。


「え。じゃあ、奏ちゃんは今までずっとキャンプ場に居たの?」

「そうだよ。二日前にこっちに戻って来て、明後日にはまた実家に帰るんだけどね。今月ほぼ家にいないから、家賃もったいないよね」

「そうそうそう、だからこのタイミングで焼肉って話になったわけ」


 恭介と奏ちゃんがタンを口に運び、満足そうな顔をする。俺はそれを眺めながら考えた。

 夜中に伽羅奢の家を訪れたのは一週間前。そのころ奏ちゃんは、キャンプ場に居たらしい。

 それはつまり、どういうことだ?


「えっと、それって、伽羅奢も一緒に行ってたりする?」

「興津さん?」


 奏ちゃんが首をひねる。


「なんで興津さん? バイトは僕一人で行ったけど」

「じゃあ、伽羅奢が遊びに行ったりとかは?」

「え、なんで? あるわけないよ。どうしたの愛音くん。もしかして興津さんと何かあった?」


 奏ちゃんが、わけがわからないといった顔をする。まるで、伽羅奢とは何も関係がないみたいに。

 俺は念のため、今ここで大事な質問を投げかける事にした。


「ねえ奏ちゃん。変な事聞くけどさ、奏ちゃんって伽羅奢と付き合ってたりしないよね?」


 しばしの沈黙。

 数秒後、奏ちゃんは口に運ぼうとしたタンを取り落として、ぶはっと吹き出した。


「興津さんと? 僕が? なんでそうなるの? ありえないよ!」


 奏ちゃんはツボにはまったようにケラケラと笑っている。そこまで笑うか! と思うくらい笑ってから、奏ちゃんは自分のスマホを取り出した。


「興津さんとは大学で連絡先を交換したけど、それから一度も連絡をとってないよ。ほら見て」


 奏ちゃんのスマホに表示されたのは、伽羅奢とのトーク画面だ。

 上の方に伽羅奢からの『よろしく』、その下に奏ちゃんの『こちらこそ、よろしくお願いします』という返事で終わっている。


「ほらね。ゲーム内ではギフトを送り合ってたけど、それだけ。メッセージのやり取りは一度もないよ。付き合うどころか、友達未満だと思う」

「お、おお。なんだ、そっか。そうなんだ」


 淡泊すぎるトーク画面は、まさに奏ちゃんが無実である証拠だった。

 無実!

 俺は机の上でガッツポーズを取りたい衝動を抑え込み、平静を装ってタンを口に運ぶ。旨い。旨すぎる。塩コショウが絶妙で実に旨い!

 その隣で奏ちゃんは、俺を見ながらまだケラケラと笑っていた。


「あはは、僕が興津さんと付き合うなんて、どうしてそんな発想になったの? あ、そうか。だから今日元気が無かったんだ。愛音くん、僕にヤキモチ焼いてたんだね」

「いや、そういうわけじゃないけどさ」


 俺の返事を聞きながら、奏ちゃんは肉を焼きつつ楽しそうに笑っている。なんだろう。変な誤解をされたような気がして、むず痒い。

 それとは対照的に、俺の向かいに座る恭介は苦い顔をした。


「ガラシャちゃんなぁ。愛音の前でこんな事言ったら悪いけど、ガラシャちゃんって顔は可愛いのに性格キツすぎるよな」


 伽羅奢に関わった全人類が抱くであろう感想を、恭介が正直に述べる。


「いやいやいや、悪く言いたいわけじゃないんだぜ。でもほら、相手するの大変だろ。愛音もよくやるよな。俺には絶対に無理」

「まあね。伽羅奢、思ったことは全部口に出すし、そもそも思ってる事が辛辣すぎるし。自己中だし、上から目線だし、伽羅奢様って感じだし。すぐ人の事を馬鹿にするし、感謝のかけらもなければ謝りもしないし」

「おいおいおい、愛音も容赦ねえな」


 肉の油が火元にしたたり落ち、オレンジの炎がボワッと上がる。

 もくもく上がる湯気を眺めながら、少し焦げ始めたカルビを皿に取ってタレにひたした。


「いや、まじで大変なんだもん。それでいて伽羅奢って、自分の興味ある事にしか反応しないからさ。無視なんて当たり前。今だって一か月以上音信不通だし」


 それはちょっと言い過ぎか。一か月のうち半分は俺が忙しくて連絡とっていなかっただけだ。伽羅奢のせいではない。

 焦げたカルビが少し苦い。

 空いた皿を端に寄せると、恭介はタッチパネルを連打してカルビとハラミを三人前ずつ追加注文した。

 隣に座る奏ちゃんが神妙な面持ちで俺に問いかける。


「ねえ愛音くん、興津さん大丈夫かな」

「え、なんで?」


 奏ちゃんの疑問の真意がわからず、俺は質問を返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る