第30話 魅力的

 それからだ。俺が伽羅奢と仲良くなったのは。


 彼女の言った「特別」の言葉通り、それから伽羅奢は俺にだけ心の扉を全開にするようになった。

 誰の事も尊重しない伽羅奢。彼女が大事にする人間は、彼女に認められている人間は、俺だけ。

 そんな優越感で、俺の心は満たされていく。それこそ正に「特別」だった。


 伽羅奢の友人は、俺だけ。彼女を守れるのも、俺だけ。伽羅奢とみんなの橋渡しが出来るのだって、俺だけ。

 俺のパンツに目を輝かせたあの日みたいに、伽羅奢をキラッキラの笑顔に出来るのは、俺だけ。


 ――だから俺は。


 ベッドに寝転んだまま、右手を天井にかざす。

 遠い日の幻影を少ない指で掴みながら、過去の自分の行動の是非を自分自身に問いかけた。

 

 ◇


『愛音、今晩ひま?』


 そんなメッセージが来たのは、伽羅奢にメッセージを送ってから一週間がたった頃。八月も終わりが近づいてきた頃の事だ。


 メッセージを送ってきたのは伽羅奢……ではなく恭介である。メッセージの通知音が聞こえた時に伽羅奢かと期待してしまった俺は、恭介の名前を見て正直落胆した。そう。あれからもう一週間たつというのに、伽羅奢からの返事は一切なかったのだ。

 俺は無心で恭介に返事をした。


『ひま』

『じゃあ焼肉行かね?』

『いく』


 こんなテンションだだ下がりの俺を癒してくれるのは、肉と友人だけ。うん、最強タッグだな。


 と思ったのに。


 夜になり、待ち合わせ場所に出向いた俺は絶句した。焼肉屋の前に集まったのは、俺と恭介、それに、奏ちゃんだったからだ。


「久しぶりだね、愛音くん」


 奏ちゃんのにこやかな挨拶が眩しい。

 菩薩みたいな奏ちゃん。彼の笑顔を見ていると、俺の心はそれとは正反対のどす黒い感情で埋め尽くされていく。

 だって奏ちゃんはもしかしたら、伽羅奢と一線を越えてしまっているかもしれないのだ。


「あぁ、うん」


 俺は反射的に、奏ちゃんに素っ気ない返事をしてしまった。……これ、八つ当たりか? 一人で勝手に気まずくなって、奏ちゃんから視線をそらす。よく考えたら、奏ちゃんは何も悪くない。自分の態度に良心が痛む。


「悪いな愛音。急に呼び出したりして」


 恭介が言う。


「いや、全然平気。焼肉食いたかったし」


 好意的な返事をしたものの、顔を上げづらかった。こんな微妙な態度をとる俺の発言を、恭介は素直に受け止める。


「そかそかそか。そりゃ良かった。ほら、前に代返頼んだ時、焼肉おごるって言ったろ? バイト代入ったから、今日はそれ。奏ちゃんが明後日には実家に帰るって言うから、急になっちゃったけど」

「え、なに。恭介、俺にもおごってくれんの?」

「おいおいおい、当たり前だろ。お前にも迷惑かけただろうが。ま、食い放題だけどな」

「じゅうぶん過ぎる!」



 食欲を刺激する香ばしい匂いに誘われ、俺たちは早速店内に入った。

 ほとんど待たずに席へと案内されると、おごる側とおごられる側で向き合う形で着席する。スポンサー様には一人で広々と座席を使って頂こう、という、俺なりの気遣いである。


 座る時、隣にいた奏ちゃんの腕が触れた。同時にふわっと柔軟剤が香る。


 ――あ、良かった。伽羅奢の匂いじゃない。


 俺は無意識にそんな事を考えていた。やっぱり俺って、女々しすぎるかもしれない。

 しかしこの状況、本人に真相を聞くチャンスなのではなかろうか。伽羅奢と付き合ってる? の一言ですべてが片付く。


 でもそれは、楽しい焼肉の時間を犠牲にしてまで聞くべき事か? もしも肯定されたらどうなる。この二時間が地獄と化すに決まっている!

 一人で頭を抱えていると、恭介がタッチパネルを操作しながら言った。


「とりあえず注文しようぜ。まずはタンだろ」


 タン。つまり舌だ。

 もしも奏ちゃんが伽羅奢と付き合っているのなら、奏ちゃんはあの伽羅奢と舌を絡めるような濃厚なキスをしたのか……。


「あとはどうする? ハラミ? カルビ?」


 ハラミ、カルビ。……腹の辺りかな?

 伽羅奢は胸こそあんまり大きくないけど、華奢なぶん腰のくびれから尻にかけてのカーブは美しい。もしかしたら奏ちゃんは、あの身体のラインを直にじっくり見たのかもしれない。


「あと俺的に鶏もも欲しい。三人前ずつで良いよな」


 鶏もも。太ももも良い。

 短パンから覗く伽羅奢の白い太ももは、目のやり場に困ってしまうほど魅惑的だ。奏ちゃんはきっと、あの聖域をその手で直接触っている。

 それが、付き合うという事。そういう事。

 なんだか目の前が暗くなる。


「愛音くん、大丈夫?」


 黙りこくっていた俺に、奏ちゃんが心配そうに声をかけてきた。


「ああ、うん。平気平気。ちょっとモモが魅力的だなあって思っただけ」

「はいはいはい、じゃあ鶏もも追加ね」


 恭介が先の注文に加えて、さらに鶏ももを三皿も追加する。いや、そんなに鳥ばっかいらないでしょ。

 うんざりする俺の前に、奏ちゃんが取り皿を置いた。


「愛音くん、今日は元気ないね。どうしたの? 夏バテ?」


 奏ちゃんはこんな俺にも実に優しい。じーんと来る。泣きそう。

 そりゃあ伽羅奢もこの優しさに惹かれるよ……って、それは俺の勝手な妄想だ!

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