第29話 えろい

 天井の、ツタが絡み合うような模様を見つめる。


「絡むな。えろい」


 なんでもかんでも、みんなみんな、絡みやがって。

 もやもやする俺の顔に、窓からサンサンと太陽光が降り注ぐ。


「……いや、ちょっと待てよ? まだあの二人がそういう事をしたと決まったわけじゃなくね?」


 健全な太陽の光はまた、俺のどうしようもない脳内をも浄化していた。


 そうだよ。俺は馬鹿か。

 よくよく考えてみれば、あの二人がお泊りしたなんて全部俺の勝手な妄想なのだ。伽羅奢が家に居なかったのは、ただ単に一人で旅行していたからかもしれない。あの引きこもりが旅行なんてするのかという疑問はあるけれど、ゲームの為だったら伽羅奢はなんだってするはずだ。


 そうだよ!

 まじで、なんで奏ちゃんが出てきた?

 昨夜の俺は、突然現れたアホみたいな妄想のせいで、思い込みの罠にはまっていただけじゃないか!


「だったら聞こう! 本人に!」


 気になるなら聞けばいい。真実は本人の中にだけ存在するのだから!

 メッセージアプリを開く。

 とはいえ、いきなり核心に触れても良いものかと、ちょっと日和った。俺的にこれはかなりデリケートな話題だ。


「とりあえず『今どこにいる?』でいいか。いいのか? いいよな」


 要件をパパッと送信したものの、これ、返事は一体いつ来るのだろう。

 昨日お母さんが言っていたけれど、伽羅奢から返事が来ない状況が続いているはずである。そんな状況で、こんな遠回りなメッセージ。後回しにされた本題はいつ話題に出せるのか。


「あー……やっぱ失敗したかなぁ」


 しかし、ここで追いメッセージするのは女々しい気がして送りづらい。なんて、こうして悶々としているのも女々しいか。


「まあいいや。しょうがないよな。ほっとこう」


 俺はベッドの上で目を閉じた。

 伽羅奢の事を考える。

 まぶたの裏に映るのは、幼き日の幼馴染の姿。伽羅奢、可愛かったんだよな、昔から。

 俺の思考は、あっという間に過去へとダイブした。


 *

 

 伽羅奢と俺は、保育園時代からの付き合いである。当時の伽羅奢も、それはもう可愛い可愛い美少女だった。

 ただ、伽羅奢は当時から伽羅奢だった。


 お姫様の伽羅奢。


 興味のない事にはとことん興味がない。

 話しかけられても、遊びに誘われても、興味が無ければ返事すらしない。


 その一方で、自分の気になる事は、相手にどれだけ嫌がられようともお構いなしで話しかける。

 相手に逃げられようものなら泣いて喚き、あげくの果てに手まで出た。

 彼女は小さな頃から、自己中心的でワガママな女王様だったのだ。


 ちなみに、保育園時代の俺は平々凡々な普通の保育園児である。誰とでもワイワイ遊びまわり、伽羅奢が輪の中で浮いていた事にも気付かなかった。

 そんな対象的な俺と伽羅奢の交流が始まったきっかけは忘れもしない。

 パンツ事件だ。



 保育園当時、俺にはお気に入りのパンツがあった。

 カラフルなアニメキャラが、前にも後ろにもデカデカと印刷されたド派手なパンツ。東京のアニメオフィシャルショップでのみ売られているレアなパンツで、他では決して買うことが出来ない代物である。


 ある日、給食のスープを足にこぼしてしまった俺は、席の近くで先生と一緒に着替えをしていた。

 ズボンはビッチョビチョ。でも、お気に入りのパンツは無事。

 安堵していると、当時、隣の席だった伽羅奢がこちらをガン見している事に気付いた。彼女の目線は、明らかに俺の股間へ向いている。

 伽羅奢は食べかけのパンを落っことしながら叫んだ。


「かっこいいではないか!」

「……へ?」


 股間を隠す間もなく、伽羅奢が俺のパンツに飛びついてくる。


「いや、待って」


 なんて、止める間もない。

 伽羅奢は両手で俺の骨盤を挟みこみ、その可愛らしい顔面をあろうことか俺の大事な部分にこれでもかと近づけた。俺の股間を守っているキャラクターを、食い入るように見つめる。


「や、やめて! はずかしい!」


 何度そう言ったって、伽羅奢は聞く耳を持たなかった。彼女の視線は俺の大事な部分を覆うキャラクターにくぎ付け。こんなにまじまじと股間を見られたこと、両親にだってされた事はないのに!


「かっこいいな、このパンツ!」


 キラキラと目を輝かせた伽羅奢が俺を見上げる。


「や、やめてよぉ」


 近すぎるんだよ、顔が!

 俺は今にも涙がこぼれ落ちそうで、大好きなパンツを褒められても全然嬉しくなかった。


「このパンツ、私も欲しい! どこで買ったのだ? 他にも持っているか? どのキャラが好きだ? 私はポカチューが好きだ! ポカチューのパンツは持っているか? 私は靴下なら持っているぞ! 今度見せてやる。キミは――。キミの名は?」

「……愛音だけど」


 なんで知らないんだよ、と悲しくなったけれど、その感情も伽羅奢のキラキラな笑顔にかき消された。


「愛音! このキャラのおもちゃは持っているか? うちには色々あるぞ。遊びに来るといい。今日だ。今日、来い。私の宝を見せてやる。愛音はかっこいいパンツを持っているから、特別だ!」

「と、特別?」

「ああ、特別! 愛音、私は愛音と遊びたい! 沢山、沢山遊びたい! ずっと、ずっと遊びたい!」

「あー、……うん。わかった。遊ぼ!」



 *

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