第22話 なぜ代返に気付いたのか

「つまり、前回の講義の際には、教授の手元に『代返している者がいる』という確証がなかったと考えられるのだよ。そして、前回から今回までの間になんらかの証拠を掴み、今日の言及に至った。そう考えるのが自然だ」

「証拠?」


 俺と奏ちゃんは顔を見合わせた。学生証の読み込みでもなく、プリントでもない証拠。そんなものがあるだろうか。俺たちの出席は、学生証とプリントだけで証明されているというのに。


「なあ愛音、期末試験まで一か月を切っていると言ったな」

「ああ、うん」


 伽羅奢はすました顔で「ふむ」と思案する。


「試験を受けるには講義の出席率が九割ないといけないと言ったね」

「そうだよ。だからそろそろ、一回も休まずに出席してる人たちは出席率の条件をクリアしてるはず」

「ふむ。なるほどな。理解した」

「え、何を?」


 まったく理解出来ない俺はアホ面で聞き返す。伽羅奢は鼻で笑って俺の鞄に目を向けた。


「ひとつ聞くが、愛音が代返とやらを請け負っている奴は、どんな人間かね?」

「え? あぁ、もう何年も三年生をやってる先輩だよ。もう二人とも学校には来てなくて、俺がずっと学生証を預かってる」


 そう言って、鞄のポケットから学生証を取り出す。

 学生証の竹チン先輩と桃さんの写真は今よりだいぶ幼くて初々しく見えた。十八歳当時の写真だから当然か。世間では成人と言われる年齢だけど、この写真の二人は俺にはまだまだ子供に見える。そして、こんな無垢な人間が数年後には「単位ひとつ百万円!」と自虐するようになるのだから、つらい。


「愛音、この二人とは連絡を取っているかね?」

「この前『自分で授業に出てください』って連絡したけど、竹チン先輩には『無理』って言われたし、桃さんには未読スルーされてる」

「ほう。ではその『桃さん』とやらと最後に連絡がついたのはいつだ?」

「え? えー……、いつだったかな。四月の旅行の時には居たけど、そういや、それから音信不通かも」


 桃さんとはもう久しく話していない事に、俺は数か月ぶりに気付いた。竹チン先輩の圧が強すぎて、桃さんの存在感のなさが気にならなかったのだ。

 よくよく考えてみれば桃さんは四月を過ぎてから一度も飲み会にも来てないし、そんな桃さんとわざわざ連絡を取り合うこともしていない。


「そいつは今、どこで何をしているのだ?」

「えっ……と」


 改めて考えて、あれっと思う。俺は桃さんの事を何も知らない。桃さんは学校にもサークルにも飲み会にも来ないで、一体何をしているのだろう。バイトの話も聞かない。人づてに話題になる事すらない。


「……なにしてるんだろ」

「そうか」


 何故か伽羅奢は満足そうに笑う。


「もしかしたら、この一連の騒動の元凶はその『桃さん』とやらかもしれないぞ」

「えっ、なんで?!」


 俺の頼りない返事のどこをどう解釈したのか、伽羅奢はとんでもない事を言った。


「いや、ちょっと待ってよ伽羅奢。意味わからんのだけど! 桃さんなんて一番関係無いでしょ! いないんだから!」


 けれど俺の抗議に、伽羅奢は呆れた様子でため息をつく。


「愛音、キミは一から十まで説明しないと何も理解できない馬鹿なのかね」


 伽羅奢は机に置いていた桃さんの学生証を拾い上げ、写真をまじまじと見つめた。


「これはあくまで推測で、この女が元凶であると確定出来るものではない。が、少なくとも、あの教授がこの段階で新たな条件を課してきた理由は説明できる。聞くかね?」


 馬鹿にされっぱなしの俺は、唇を突き出して黙った。そんなプチ反抗をしている間に奏ちゃんが「聞きたい!」と声をあげ、伽羅奢も満足そうに話し始める。


「良かろう。あの馬鹿教授が代返に気付いた理由は簡単。存在しない人間の学生証が読み込まれていたからだ」

「……は?」


 存在しない人間?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る