第21話 プライドの高い馬鹿
「だからこの教授は自分が馬鹿にされないように条件を増やし、自分に対し従順な生徒にのみ単位を与えようとした。馬鹿の極みだな。そしてこのプリントも、その対策のひとつ」
コンコンとプリントを小突く。
「でも、なんで今更」
「ふむ。まあ、なんらかの理由で生徒の代返に気付いてしまったのだろうね。気付いてしまったらもう止まらないさ。怒り心頭であっただろう。馬鹿にされないように様々な条件を出し、低俗な生徒どもに単位を与えないようにしていたのに、それさえも欺かれて馬鹿にされていたのだから!」
伽羅奢の声が楽しそうに跳ねる。
「ははっ、笑ってしまうな! 実に滑稽だ! しかも、前回に続き今回も条件を追加しているあたり、自分をコケにする学生を追い出そうと躍起になっていると見える。ご苦労なことだ!」
「ちょっと伽羅奢、さすがに笑い過ぎだろ」
とは言え伽羅奢の意見は小気味よかった。
しかしどんなに教授を馬鹿にしたところで、俺の状況が最悪な事には変わりない。
「でも、なんで教授は急に代返に気付いたんだろう。やっぱ俺が学生証を何枚もピッピピッピしてんの見られてたのかなあ。そんでブチギレてこの対応? 最悪すぎる」
コソコソしていたつもりだけど、俺の所業は恭介や奏ちゃんにバレていた。気付いていないのは自分ばかりで、案外他人に見られているものなのかもしれない。
俺が嘆くと、伽羅奢は腕を組んで背もたれに寄りかかった。
「愛音、キミは馬鹿か」
伽羅奢からいつもと同じ辛辣な言葉が飛んでくる。
「あのさあ伽羅奢。さっきから思ってたけど、俺と奏ちゃんに対する態度が違いすぎない?!」
「なんだ、愛音。馬鹿に馬鹿と言って何が悪いのかね? 私は正直に発言しているだけだが、何か問題でも?」
「そういうとこが問題なんだよ!」
「ま、まあまあ落ち着いて、二人とも」
段々と声が大きくなっていく俺を、奏ちゃんがそっと腕に触れながら小さな声で制止する。
「そうだな。すまない奏汰。愛音、気を付けたまえ」
「なんで俺だけ気をつけるんだよ! 伽羅奢もだからな!」
ほんと、そういうとこだぞ。
もやもやしている俺を後目に伽羅奢は言う。
「いいかね、愛音。もしもあの馬鹿教授が不正の現場に居合わせていたら、どうなると思う」
「どうって?」
「そんなもの、その場で即刻対象生徒を出禁にするに決まっている」
俺が考える間もなく、伽羅奢は言い切った。
「わからないかね? プライドの高い馬鹿な教授が目の前で起きた不正を見逃し、泣き寝入りすると思うか? そんな事、するはずがないのだよ。もしもキミの不正が見られていたなら、キミはその場で首を切られていたはずだ。そんな初歩的な事もわかっていないから馬鹿だと言っているのだよ」
伽羅奢の言い方には腹が立つけれど、彼女の言い分には納得してしまった。確かにそう考えると、この騒動の原因は俺ではない気がしてくる。
「じゃあ、俺以外の誰かが他人の学生証をピッピしてる時に見つかって」
「キミは馬鹿か」
「なんでだよ!」
うんざりしたように、「馬鹿」を強調した伽羅奢の暴言が飛ぶ。再び火花を散らし始める俺たちを前に、奏ちゃんが心配そうにこちらを覗き込んだ。
伽羅奢がため息とともに持論を述べる。
「さっきも言ったであろう。この教授はプライドが高い。だからこそ、以前から簡単に単位を与えようとはしなかったのだ。そんな男が不正を見つけて黙っていられると思うかね? そんなもの、その日の講義で話題に出し、その場で新たな懲罰を与えるに決まっている。わかるかね? だが、実際はどうだ。不正について言及したのは今日が初めて。前回はプリントを課すだけで不正には触れなかった。おかしいとは思わないか」
伽羅奢の演説を聞いて、俺は何も言えなかった。
言われてみれば教授の行動はワンテンポずれている。確かにそれは少し不思議な感じがした。
伽羅奢が続ける。
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