第9話 圧の強い人

「ん? なんだ? 誰か来た?」


 なんて考える間もなく、ドタドタと階段を駆け上る音が聞こえ始める。


「な、なんだなんだ?!」


 俺は部屋のドアから顔を出し、階段に目を向けた。


「ひいっ!」


 ロングヘアの女生と目が合う。階段をかけのぼってきた彼女は、恐ろしい形相でこちらを睨みつけていた。


「よ、妖怪? 殺人鬼?!」


 妖怪みたいな女性は髪を振り乱し、俺を睨みつけながら「ちょっとアンタねえ! ふざけんじゃないわよ!」と大きな声でまくしたてている。

 いや、誰!? 何事?!

 その女性の後ろから、おじさん二人と伽羅奢がらしゃも階段を登ってきていた。


「大丈夫かい?」


 おじさんが一人、そう言いながら女妖怪を追い越して部屋に入ってくる。

 助かった! と思ったのも束の間、おじさんは俺の横を通りすぎ、俺の後ろに立っていたアリサちゃんに優しく声をかけた。


 当然か。


 俺はといえば、まだ目の前の女性にあり得ないほど至近距離まで詰め寄られて、「何が目当てなの」「社会のゴミが!」などと罵詈雑言を浴びせられている。

 唾が飛ぶ、飛ぶ。


「が、伽羅奢ぁ、助けて」


 俺は圧倒されながら、この場で一番自分の味方であるはずの幼馴染に声をかけた。しかし彼女はみんなの一番後ろに突っ立ったまま。俺を助けるどころか、廊下の奥からジロリと俺を睨みつけている。


「愛音、私が頼んだ事は出来ているんだろうな」

「へ?」

「だから――」


 伽羅奢が口パクで「脅迫」と言っているのが見えた。

 いやいや、そんな事言ってる場合か?

 と、思ったけれど、たしかに俺たちの命運はアリサちゃんの証言にかかっている。というか、ちょっと待てよ? その証言について、何もお願い出来ていないよな?


 俺は慌てて振り向き、アリサちゃんを見た。彼女は突入してきたおじさんと話をしている。そのおじさんの手には……警察手帳。

 あ、やばい。これ、下手したら俺たちが捕まるやつだな?

 と、思っていると。


「ちょっとアンタねえ! よそ見してんじゃないわよ! 人の娘誘拐しといて、何呑気にヘラヘラしてんのよ! ねえ刑事さん、早くコイツ捕まえて! このゴミ野郎、早くブタ箱にぶち込んで頂戴!」


 目の前の女性がとんでもなく圧をかけてきた。いや、ブタ箱? そんな言葉をリアルで聞いたのは初めてだ。


「……って、え? 娘? って事はもしかしておばさん、アリサちゃんのお母さん?」

「だったらなんだって言うのよ!」


 いや、まったくもって似ていない! 主に人柄が。

 アリサちゃんの母親らしき人物は、未だ鬼の形相のままガーガー吠えている。


「アンタねえ、何が目的? 金? おあいにく様! アンタみたいな社会のゴミに払う金はびた一文無いわよ! この、クズ!」

「えぇぇ」


 すごいな、この人。仮にも誘拐犯と思われる人間に向かって言う言葉だろうか。大事な娘がまだ犯人のそばに居るのに、強すぎないか? いや、俺は誘拐犯ではないけれど。


 母親の後ろに居たもう一人のおじさんが、彼女に対して「まあまあ」と制止にならない制止を続けている。このおじさんもきっと警察なのだろう。

 警察。これだけ早く警察が到着したという事は、もしかしたらこの人たちは、俺たちを尾行していた警察官なのかもしれない。

 おじさんは鬼の形相の女性をなだめながら、俺に向かって言った。


「だいたいの話は先ほどあちらの女性に聞きました」


 おじさんが廊下に突っ立っている伽羅奢に目を向ける。我関せず、みたいな顔をしている伽羅奢。元はといえば伽羅奢のせいなのに、なんであんなに他人事のようなのか。

 おじさんはこのカオスな状況で、顔色ひとつ変えず俺に声をかけた。


「貴方にも話を伺っても良いですか」

「もちろんです! 俺に判る事ならなんでも話すんで、この人をなんとかしてください!」

「では、とりあえずこちらへ」


 おじさんがその場を仕切って、俺たちは家具の無い六畳ほどの部屋の中央で円になった。

 アリサちゃんのお母さんだけはまだ一人でぎゃあぎゃあ騒いでいて、全員がそれを無視している。家出したくなるくらい圧の強い母親なんだな、という事はこの数分だけで俺にも理解できた。


「刑事さん、早くコイツ捕まえてよ! いつまで野放しにしておくつもり? 話なんて警察署ですればいいじゃない! 私たち被害者の事を馬鹿にしてるの?! コイツ誘拐犯なのよ?! いつまで同じ部屋に居させるつもりなのよ! 不快だわ!」


 母親は休む間もなく騒ぎ立てている。そんな母親に向かって、ようやく伽羅奢が口を開いた。


「お言葉ですが、これは誘拐ではありませんよ。家出です」

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