第7話 脅迫しよう!

「脅迫! それも犯罪だから!」


 またかと小声で伽羅奢がらしゃを叱りつけながら、俺は彼女の背後に目を向けた。俺たちを尾行していた警察車両は、すぐそこの公園沿いに幅寄せして停車している。明らかにこちらを監視している。


「そもそも、伽羅奢の家って何なわけ? まさかとは思うけどアリサちゃんって……」

「なんだね愛音。キミは察しが悪いな。一から十まで全部言わないと判らないか? キミが今朝方監視していた家が私の家で、盗撮した少女がアリサちゃんだ」

「いや、それは察した! 察したけど、どういう事? ここは伽羅奢の実家でもないし、伽羅奢の家ってどういう事なのさ。しかもなんでアリサちゃんがここに居て、そんで、なんで俺が脅迫するわけ?」


 はあ、と伽羅奢が大きくため息をつく。あきれた顔で、うんざりしたように言った。


「なあ愛音。キミは私がどうやって生計を立てていると思っているのかね?」

「え……っと、親に仕送りしてもらってるんじゃないの? ニートだし」


 もう一度大きなため息が聞こえる。


「あのなあ。愛音、キミは馬鹿か。私はな、いい年して親のすねをかじって生活しているわけではないのだよ。いいかね。私が悠々自適なニート生活をしていられるのは私自身に所得があるからだ」

「所得?」


 ニートのくせに? と言葉にする前に伽羅奢が肯定する。


「そうだ。いいかね。私は一軒家を三軒所有している。人に貸して、毎月家賃収入を得ているのだ。不労所得というやつだよ。そしてこの家は、そのうちの一軒。つまりこの家は私の所有物であり、メシのタネなのだよ」

「……へぁ?」


 変な声が出た。開いた口がふさがらない。伽羅奢の家。所有物。不労所得。


「いや、そんな簡単に家を所有出来てたまるか!」


 二十歳そこそこだぞ! 家三軒所有って、あほか。


「何を驚いているのかね? 別に、私のポケットマネーで購入したわけではない。不動産はすべて祖父から貰ったものなのだよ」

「どっちにしろだよ!」


 というか、一体何者なんだよ、伽羅奢のじいさんは! スケールがデカ過ぎる。

 でも、なるほど。合点がいった。

 伽羅奢が将来の心配をせず、悠々自適なゲーム三昧ニート生活を楽しんでいられるのは、彼女が「労働」という国民に課せられた義務を免除された勝ち組だからだ。現代日本における、圧倒的特権階級なのだ。

 そんな伽羅奢が、こともなさげに二階へと視線を送る。


「愛音。この状況で我々が無罪を勝ち取るには、アリサちゃん本人による『誘拐ではない』という証言が必要になる。わかるかね?」

「たしかに。この状況でアリサちゃんが『私は誘拐されました』なんて言ったら、みんなそっちを信じるよね」

「そうだ。逆にアリバイがなく、彼女の自宅周辺を頻繁に徘徊していた私の言葉など誰が信じる? この場において、アリサちゃんの言葉こそが正義。――よって、脅迫だ」

「だから、なんでそうなるんだよ!」


 伽羅奢の思考回路は絶対におかしい。盗撮に脅迫って、正気か?

 けれど伽羅奢は冷めた顔をしたまま俺の胸倉をつかみ、ツンとした顔を俺の顔に近づけた。


「家出だと証言しなければ、お前も保護者も不法侵入で訴えてやる――」


 伽羅奢がパッと手を離す。


「――とでも脅迫すれば良いのだよ。簡単だろう?」

「いや伽羅奢。そうじゃなくてさ、もっと穏便に出来ないの? 脅迫じゃなくて、対話とか」

「キミは馬鹿か、愛音。素直に言う事を聞くような相手が不法侵入などすると思うかね? 相手は犯罪者。だったらこちらも犯罪で応戦するしかあるまい?」

「いや、相手は子どもだよ?!」

「だからなんだと言うのだ。子どもなら何をしても良いと言うのかね?」

「そ、そうじゃないけどさあ!」


 モヤモヤしていると、伽羅奢は手を払うように「さっさと行け」とジェスチャーした。やっぱちょっと無慈悲じゃない?


「……って、ちょっと待った! そもそもここ、貸家なんだよね? 行けって言ったって、住人にはなんて言うのさ!」

「ああ、この家は今リフォーム中で誰にも貸していない。業者もまだ出勤していないようだし、中に居るのはアリサちゃんだけだ。ほら、早く行け」

「ええぇ」


 そんな状況で突入するなんて、なおさら不安だ。下手したら、俺が誘拐犯に見えかねない!


「っていうか伽羅奢! なんで俺ひとりで行くのさ! 伽羅奢はどうするんだよ」

「私にはやることがあるのでね。いいかね、愛音。さっさと行かないと、そこにいる警察の所へ行ってキミを誘拐犯に仕立て上げるぞ」


 伽羅奢がアゴをクイッとして、路上駐車しているセダンを指した。


「ひどい!」


 だが悲しいかな。俺のスマホにはさっき盗撮したアリサちゃんの写真がしっかり保存されているので、そんな事をされては困るのだ。冗談では済まされない!


「ああもう! わかったよ!」


 仕方ない。

 俺は渋々、問題の家へ単身乗り込んだ。

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