第6話 監視
「――ということで私は今、警察に監視されているのだ」
「え、つまり、伽羅奢はたまたまそのゲームをしていたら不審者扱いされたあげく、誘拐犯として疑われているという事?」
「そうだ」
堂々と頷く伽羅奢。いやいや、そんな胸を張って言えることではないだろう。
「しかも、だ。私は不運な事に一人暮らしのニート。アリバイもなく、二十四時間いつでも犯行が可能だった。どうだ? いかにも犯人らしいだろう? むしろ、私がうら若き美少女でなかったら既に状況証拠だけで犯人として捕らえられていたと思うね」
ふん、と伽羅奢は鼻を鳴らした。確かに、これはあくまで偏見だけど、もしも伽羅奢が小汚い中年男性だったら警察の警戒ももっと厳しいものになっていただろう。洒落にならない。
「えっと、伽羅奢、念のために聞くけど、本当に誘拐してないんだよね? 実はこの部屋のどこかにそのアリサちゃんが居て……って事はないよね?」
問いかけた俺の顔を避けるように、伽羅奢は遠くの壁に顔を向けて黙る。
「ちょっと伽羅奢! なんで無言になるのさ!」
ゲームをするでもない。こちらを見ようともしない。まるで何かを隠しているかのような態度に一気に不安が募る。
伽羅奢には常識外れなところがある。それがまさか、誘拐に繋がっていたりはしないよな?
幼馴染としてはもちろん彼女を信用したいけれど、俺を呼び出した発言が「盗撮してきてくれ」ではどうにも信用ならない。
起き上がった伽羅奢はついにゲームの画面を閉じ、こちらを向いて毛布の上で膝を抱えた。
「ここには居ない」
それはまるで、ここではないどこかに隠しているみたいな言葉だった。
「ごめん、伽羅奢。ちょっとよくわかんないんだけど、……どういう意味?」
「どれもこれも不幸な偶然だ。万が一アリサちゃんに『誘拐された』とでも言われたら私は問答無用で捕まるだろう。どれだけ違うと言っても言い逃れは出来ない」
「ちょっと待って。……なんで? 誘拐してないんだよね?」
伽羅奢は大きくため息をついてから言った。
「アリサちゃんはな、『私の家』に居るのだよ」
「……は?」
いや、「ここには居ない」って言ったよな。でも伽羅奢の家にいる。とんちか。
わけがわからないまま、綺麗な顔で悩む伽羅奢を見つめる。
「いいかね、愛音。私がアリサちゃんの存在を認識している以上、私がこの件に関して行動を起こすと詰むのだよ。警察はその瞬間を狙っている。そのために監視しているのだからな」
理解できずに首をひねる俺を無視して、伽羅奢は立ち上がった。そこら辺の床から薄いカーディガンを引っ張り出して羽織ると、ツンとした目を俺に向ける。
「そこでキミの出番というわけだよ。ついてきたまえ」
「はあ? ちょっと待ってよ伽羅奢。俺、全然理解できてないんだけど!」
「ごちゃごちゃうるさいな、キミは」
また大きくため息をついた伽羅奢が、俺の目の前にしゃがみこんだ。俺と視線の高さを合わせ、あごを引き、大きな真ん丸の目を上目遣いして俺を見つめる。薄ピンクの唇をツンと尖らせて、高く甘えた声を出した。
「愛音、キミにしか頼めないんだ。私を助けて。お願い、愛音」
「かっ」
可愛い!
駄目だ。俺はこれに弱すぎる。この甘えん坊な美少女幼馴染をどうして断る事が出来ようか。
いまだ何ひとつとして理解出来ていないくせに、俺は伽羅奢の言いなりになって、彼女と共にどこかへ出かけるにしてしまった。
◇
伽羅奢に促されるままアパートを出て、俺は気付いてしまった。伽羅奢いわく「警察の車」である白のセダンは、俺たちが通り過ぎて少しすると緩やかに発進して、俺たちの後ろをついてきている。これは完全に「尾行」というやつだ。
「ってことはさ、俺も警察に怪しまれてるって事だよね」
「共犯者扱いだろうな」
「やっぱり! 俺は無実なのに!」
「奇遇だな。私も無実だ」
すました顔でそう言う伽羅奢が恨めしい。この野郎、と思いながら歩いていると、数分程度で今朝俺が五時間も眺め続けた家のすぐ近くまでやって来ていた。
「さて愛音。我々が犯罪者となるか無罪を勝ち取れるかはすべてキミ次第だ」
「……はい?」
伽羅奢は挑戦的な笑みを浮かべながら例の一軒家の前で立ち止まり、二階を見上げる。
「いいかね、愛音。キミにはこれから私の家に居座るアリサちゃんを脅迫してきてもらう」
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