第4話 警察の話

「ちょっと伽羅奢がらしゃ! なに一人で納得してんのさ!」


 彼女の肩越しにゲーム画面が見える。

 位置情報を利用し、現実世界とリンクした地図上に現れるモンスターを捕まえるという大人気ゲームだ。実際に街へ出歩いて遊ぶスタイルが人気となり、何年も前に世界的に大ヒットしたものである。

 ずいぶん古いゲームだけど、まだやってんのかよ。てか、今やるのかよ。


「ねえ! 俺、全然状況が理解出来てないんだけど!」


 俺の訴えもむなしく、伽羅奢は黙々と画面を連打している。しばらくして、ようやく返事が返ってきた。


「ふん。いいかね、愛音。これは私の日課だ。目が覚めたらまずログインボーナスを取り、デイリーミッションをクリアする。それをおろそかにする事は神への冒涜なのだよ!」


 俺の方を一切見ることなく、伽羅奢は熱い持論を述べる。


「神ってなんだよ。たかがゲームだろ?」

「はあ? たかが? 愛音、キミは馬鹿か? このゲームは先月の大幅アップデートで神ゲーへと進化した。つまり、名実共に神なのだ! 貴様は神を愚弄するというのかね? 庶民の分際で?」


 ようやく伽羅奢が振り向いた。けれどオタクの理論はどうにもぶっ飛んでいて怖い。俺がプルプルと首を横に振ると、伽羅奢はまた俺に背を向けた。


「じゃあゲームしたままで良いから説明してよ。面倒な事って何? 昨日言ってた、捕まるってなんなわけ?」


 伽羅者が指を画面上でくるくるさせてスワイプする。画面内でボールが飛んでいって、モンスターが捕まった。


「……愛音。外に車が停まっていなかったか」

「え? ああ、うん。アパートの塀の所に停まってた。それが何?」

「それな、警察だ」


 警察。


「は? いや、なんで?」

「監視されている」

「だから、なんで?!」

「モンスターを捕まえていたから」

「意味がわからない!」


 理解できずに抗議すると、伽羅奢はここ数日にあった出来事を渋々語りはじめた。

 彼女の話はこうだ。



 *



 日常的にスマホゲームでモンスターを捕まえていた伽羅奢は、ニートという環境もあり、日がな一日リアルに近所を徘徊しては、モンスターやアイテムを大量にゲットしていた。


 このゲームをプレイするにあたり、伽羅奢にはお気に入りの場所があった。「地域の立て看板」前である。そこには「看板」「置物」「地蔵」と、アイテムを貰えるスポットが三か所もあり、モンスターもバンバン湧いてきた。伽羅奢は毎日何度もそこへ足を運んでいたのだ。


 そして一昨日の夜の事。

 伽羅奢がいつも通りそのスポットでスマホをいじっていると、警察官二人組に声をかけられた。


「すみません、少し良いですか」

「なにか?」

「この辺りで不審者の情報が入ってまして、パトロールを強化しています。失礼ですが、今は何をされていたんですか」


 伽羅奢を見て、警察官の目が光る。


「ゲームですが」


 スマホの画面を見せると警官たちは覗き込んで頷いた。けれど、それで引き下がるわけではなく、さらに身分証の提示を求めてくる。となると、伽羅奢も面白くない。


「私が怪しく見えるとでも?」

「いえ、皆さんに声をかけさせてもらってるんですよ。協力してもらえると助かります」


 無意味に反発する理由もないので、伽羅奢は仕方なく持っていた健康保険証を見せた。確認しながら警察官が問いかける。


「学生さんですか」

「いえ」

「じゃあ、アルバイトとか?」

「いいえ」

「それじゃあ、ええと、この辺りに住んでる? 実家暮らし?」

「独り暮らしです。それが何か?」

「ああ、いやいや。最近物騒な事件も多いので、住所も伺っておいて良いですか。女性の一人暮らしは危ないですし」


 渋々住所を教えると、警察官たちはようやく「ご協力ありがとうございました」と去っていった。そして翌日以降、伽羅奢のアパート前に一台の車がずっと停まってるようになったのである。



 *



「――で、伽羅奢はその職質を根拠に『捕まる』とか言ってるわけ? ちょっと短絡的すぎじゃない?」


 クッションの上でゴロゴロしながらつっこむと、伽羅奢はスマホからこちらに視線を移しジロリと睨んだ。


「それだけじゃない。話は最後まで聞け、馬鹿者」


 伽羅奢が辛辣な言葉を吐いて続ける。

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