第3話 美少女ニート、伽羅奢
何本もやってくるバスを延々と見送る。
時間が経つにつれて、出勤、登校する人も増えてきた。さすがにバス停には居られなくなって、俺はバス停から少し離れたところでスマホをいじるフリをしながら対象の家を眺めている。時刻はもう八時。いい加減そろそろ誰か出てきてもおかしくないだろう。
しかし、対象の家は静かだった。バス停近くのゴミ捨て場にゴミを出しに来たご近所さんに睨まれ、登校する小学生にジロジロ覗き込まれながら一時間。あの家からは誰も出てこない。さっきの少女が登校する様子もなければ、親が出てくる気配もない。夜勤か? でも、あの子は? 時刻は九時をまわっている。流石にもう誰も出てこない気がした。
俺はこれ以上の盗撮を諦め、
*
伽羅奢の家は監視していた家から五分ほどの場所にある二階建てアパートの、一階角部屋である。
伽羅奢は高校卒業後、両親が所有するこのアパートで悠々自適な一人暮らしニート生活をしている。ニートと名乗っているが一応「管理人」の真似事もしていて、たまに共用部分の掃除をしていた。そんな事で家賃が相殺されるなら、だいぶ良い暮らしだと思う。
アパート前に路上駐車された白のセダンを避けながら敷地に入る。道路に一番近い部屋が伽羅奢の部屋。今日もいつも通り彼女の部屋の呼び鈴を高速連打して、寝ているであろう彼女を起こした。
「――うるっさいなあ」
玄関のドアが開いて、黒いストレートのロングヘアが現れる。寝起きの伽羅奢は、大きくて真ん丸の目を、俺を睨みつけるように細めた。気だるそうにドアを支えながら立つ彼女は、薄いだぼっとしたTシャツにテロンテロンなショートパンツをはいていて、なんとも魅惑的だ。こんな無防備すぎる格好も、玄関先の相手が幼馴染である俺だから許されたようなものである。ブラジャーの薄いピンク色の肩ひもが見えているが、それは見なかった事にする。
「おい伽羅奢。人に頼み事をしといてそれはないだろ」
伽羅奢の支えるドアを俺が大きく開いて、家の中へズカズカと入っていく。これもまた、俺が気心の知れた幼馴染だからこそ許された行為である。ゴミ袋だらけの廊下を進んでリビングへ到達すると、落ちていた靴下を蹴飛ばして、大きなビーズクッションを引き寄せた。
「おい愛音、それは私の特等席だぞ。客は床だ。どけ」
「なんでだよ。客はもてなせよ。言われた通り写真を撮ってきてやったんだからな、朝四時から五時間もかけて!」
その頑張りの対価が「どけ」の一言では酷すぎる。けれど伽羅奢はおかまいなしに鼻で笑った。
「五時間? 愛音、そんなに長時間も馬鹿じゃないのか」
「なんで? 伽羅奢が頼んだんじゃん!」
ありえねえ! こういうところが伽羅奢様なのだ。俺は意地でもクッションを離すものかと精一杯抵抗する。観念した伽羅奢は隣の寝室から薄い毛布を持ってきて、くしゃくしゃに丸めるとその上にあぐらをかいて座った。ショートパンツの裾からのぞく白い太ももがなんとも言えないが、それを見ないようにして「このずぼら女子め!」と心の中で悪態をつく。
「それで、写真は?」
気だるそうに差し出した伽羅奢の白く細い指。その奥でツンとした真ん丸の目が猫みたいに俺を捉える。
「おい伽羅奢! まずはねぎらえよ! 親しき中にも礼儀ありって言うだろ!」と言ってやりたかったけれど、面倒くさい事になりそうなので黙ってそれを飲み込んだ。残念ながら徹夜明けの俺には伽羅奢の反論を受け止めるだけの体力はない。
撮影した画像を伽羅奢のスマホに送信する。確認した伽羅奢が「ふむ」と頷いた。
「写真はこれだけか?」
「そ。いつまで待っても他には誰も出て来なかったし、この子も少し外出しただけで、またすぐに家の中に入っちゃった。不登校かね、いま流行りの」
伽羅奢は食い入るように写真を眺めている。
「この子、外へ出て何をしていたかわかるか?」
「え? っと、空き缶を持ってた。何個も。で、公園に入っていって、手ぶらで戻ってきたかたから、捨てに行ったんじゃないかな」
「公園での滞在時間は?」
「うぅん、五分から十分くらいだったかなあ」
伽羅奢はまた「ふむ」と頷くと、ぐうっと背伸びした。
「なるほどな。まったく、面倒な事になったよ」
伽羅奢はそう言いながら床に寝そべり、俺に背を向けてスマホゲームを起動させ始めた。
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