21:択

 ごちゃごちゃと物が置いてある埃臭い部屋へ宇田川と猶村なおむらを案内する。

 部屋を取り囲むように置かれている無骨な灰色をした金属製の棚には、箱が雑然と置かれている。箱の中には、まじないに関する物品が効果のあるなしに関係なく詰め込まれているし、デスクの後ろにある飾り気のない本棚には古めかしい書籍からうさんくさい霊能者の書いたような新書まで隙間なく詰め込まれている。それは静が集めろと指示したものだったり、相手にした客が好意からくれたものだったり色々だ。

 デスクの正面にあるローテーブルを挟むように置かれているのは、革張りのソファーが二つ。

 碌に使わない事務所だが、人を招いて話をする体裁だけは取っておいた方がいいと思って用意していたが、案外役に立つものだ。

 小型の冷蔵庫から適当にミネラルウォーターを二つ取りだして、げっそりとした表情の二人の前にそれぞれ置いた。


「んで、情報交換といこうじゃねぇか」


「清野ちゃんは死んではいないってことはいいけどさぁ」


 オレが隣に腰を下ろすと、宇田川が最初に口を開いた。今回ばかりはダメかもしれないと思ったときに動いたのは、こいつだ。超常的なものに対して圧倒的に鈍いという性質が功を奏したのか、それとも清野に付けられている匂いとやらがあの場でこいつだけを守っていたのかはわからないが。


「……お前は清野の娘と深い仲なのか?」


「え……。まあ、その、俺はそれなりに好きだけど」


「聞き方が悪かったな」


 ちょっと顔を赤らめる宇田川に、オレはニヤニヤしてしまうけれどどうやら猶村はそうではないらしい。涼しげな表情を浮かべたまま、水を一口飲んだ猶村が姿勢を正して宇田川の目を正面から見つめて口を開いた。


「お前は、清野の娘と大勢の命を比べたとき、清野の娘を選ぶのか?」


「な、なんだよいきなり。そんなこと考えたことないって……」


 狼狽える宇田川を横目に思案する。

 清野兄は呪いを人の器に詰め込んだようなおぞましいものだった。しかし、妹の方はそれ以上に厄介なものだということなのだろう。

 そんなことを考えながら、コウにLINEを送る。仕事終わりにボディーペイントを施してほしいという依頼をするためだった。


「無数の他者か知人かなんていう選択は、起こらない方がいいことは確かなんだが」


 猶村が扇を開くと、仄かに香のような匂いがする。煙っぽい香りの中に土と木の幹とわずかにだがりんごのような爽やかな酸味が混ざり合っている不思議なものだ。魔除けの効果でも仕込んでいそうだな……と思いながら、オレはコウから来た連絡に返信を打つ。


「覚悟がないのなら、俺の邪魔をするな」


 凄んでいる猶村に、宇田川は何も言葉を返せないらしい。まあ、たかが一発やった女と、見ず知らずの多数を選べなんて極端なことは普通に生きていれば考える余地なんかないだろう。それに、昨日今日知り合った相手に「自分は他者の命なんてどうでもいい」と受け取られかねない言葉を吐くなんざ、よっぽど倫理観かなにかがぶっ飛んだやつくらいだ。

 一時間もあれば終わるだろうということで、特別にオレが相場よりもかなり多めに金を出すことで承諾が貰えた。


「んで、こっちの情報を渡す前にあんたがどう清野家に関わっていたのか教えて貰いてえんだが」


 こっちの用事が一段落したので、本題に入ることにした。

 おそらく、オレも猶村も呪いや妖怪あやかしに対して取る方法の根源は同じだ。

 必要なのは絡まり合っている要素を解き、根源の正体を見抜くこと。正体を知らないまま対処出来るのは、単純な物事や吹けば飛ぶ悪霊にすらなれないくらいだ。

 形を持ち、名を持ち動いている呪いを力尽くでどうこうするのは、人の身には難しい。


「その前に、お前は何者だ。こちら側の人間だろう?」


ってのがどっちなのかオレには分からねぇよ、拝み屋さん」


 へらへらと笑って返すが、猶村はどうもオレの出自が気になるらしい。正直に言うのも馬鹿らしいし、静が嫌がるのはあいつに言われなくてもわかってる。煙に上手く巻かれてくれないものかと思いながら、猶村の問いに返答をする。


「お前は商売敵ではないのはわかっている。そうならばあの家で俺を殺していただろうからな」


「……へぇ。恨まれる心当たりが多い家系は大変だなぁ」


「腹の探り合いはよそう。俺は拝み屋だが、式として蛇を使う一族のものだ。まあ、お前にはコレが視えていただろうが」


 猶村はそう言いながら、懐から数枚の紙垂しでを取りだしてオレと宇田川に見せた。改めてみせられる独特な形状をした紙切れは、それなりに良い和紙を使っているのか表面がきらきらしていて一番上のくびれには薄らと金色の繊維がちりばめられている。


『トウビョウの一族……か。実物を見たことが無いが、首元に金の輪を施している蛇といえば一つしか思い当たらない』


 へぇ。


『おそらく、本家で御神体が祀られている。成井家との関係は薄いだろうな。だが、可能ならボクの姿を見せるのは避けたい』


 ああ、もちろんだとも。同業者に大切なあんたの姿を晒すのはリスクが高すぎる。

 静の声に心の中で頷きながら、オレは適当に話を合わせることにした。


「ちゃぁんとした由緒正しき血筋のお坊ちゃんには申し訳ねぇが、オレは一族から破門された出来損ないってとこさ。まじないに失せ物探し、恋愛相談までなんでもござれのしがない便利屋がオレ」


 十割嘘は言っていない。破門されてはいないが、オレは静の家系とは何も関係がないことになっている。

 成井家は、狗神から派生した怪物けものを使役して穢れを祓ったり、富をもたらす祈願をしたり、呪いの代行をしたりする。静はその跡取りとして育てられたが、家出をして今に至る。


「出来損ないにしては……いや、まあいい」


 何か引っかかることがあったらしいが、猶村は言及を辞めることにしたらしい。本当のことを言いたがらない相手に食い下がるのは時間の無駄だとわかっているんだろう。


「便利屋、俺と手を組んでくれ。謝礼は払う」


「いいよぉ」


 宇田川が背後でボソッと「どっちもうさんくさすぎる」と言ったのが聞こえたが聞かない振りをして、オレは猶村が差し出した手を握り返した。

 ひんやりと冷たい猶村の手がオレから離れていく。変な術は使われていないらしい。

 まだ若いからか? 甘い奴だななんてことを考えながら、咳払いをした猶村を見つめる。

 口を開いた猶村の舌の先端が蛇のように割れている。趣味なのか、家の方針なのか聞けないまま、猶村は事の始まりらしきことを話し始めた。

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