“ミノタウロス”の少年、ダン・マックウィルの国連議会での発言の記録。

「みなさん、まず初めに僕をこの場に立たせていただき、大変恐縮です。機会を与えてくださった多くの方に、深く感謝を」

「ありがとう。さて、冒頭のあいさつは少なめが良いと、先人たちは示してくれましたので、それに倣って本題に入りましょう。そうです。今、まさに検索しました……冗談です。既にスピーチの原稿は決めてきました。強いて言うならば、インターネットクラウド上に保存したカンニングペーパーを確認しています。もっとしっかりと原稿のカンニングペーパーを書いておけばよかったと僕は今後悔している所です。

　さて、既に周知のこととは思いますが、僕らは自らを“ミノタウロス”と名乗っています。僕たち“ミノタウロス”は、有名なインターネット機材会社の電子チップが脳に埋め込まれており、これを利用することで、僕たち自身がある種のインターネットツールになります。見た目はみなさんと同じ人間です。しかし頭が、脳の中に水牛が居るので、“ミノタウロス”と名乗り、そう呼ばれています。ええ、ご想像通り、僕の傍ではWi-Fiの電波が最強強度で常に出ています。ここは笑うところです」

「冗談に付き合って頂きありがとうございます。そして申し訳ない。あなた方、脳にチップを持たない人々に知って頂きたくて僕は来ました。“ミノタウロス”の代表として。

　僕らは常に……インターネットの、膨大な、ある種のアレキサンドリア大図書館に、あるいは人類の集合知に、常に接続できる状態な訳です。すると、様々な情報を僕たちはたちどころに知ることができます。

　いえ、なにもプライベートや国家機密を暴こうというわけではありません。それをやった結果どうなるかという事例が検索できない者など“ミノタウロス”には居ません。それに“ミノタウロス”へのハッキング対策に関しては、それこそ僕らが役立ちます。ホワイトハッカーのようなものです。国の重要ポジションにいるみなさんは当然ご承知とは思いますが。

　そして僕らがいつでも膨大なインターネットの知識に接続できるということは、人類が長く抱えてきた多くの問題から僕らの多くは解放されていることも意味します。メンタルの不調の種類、対処法や解決方法なども瞬時にインターネットで検索できます。ですので、それらを理由に事件や犯罪を起こすこともありえません。それを理由に癇癪を起すことも……きっと少ないでしょう。

　そして同時に、過去の事例や事件、戦争といった類がなぜ起きたのかを知ることもできます。僕らに流言飛語は効きません。即座にファクトチェックを、情報の真偽を確認できますから。ある種、とても、“ミノタウロス”ではない人よりも、こう言っては何ですが優秀で、信用が置けると言えるでしょう」

「落ち着いて、どうか落ち着いて聞いてください。少々言葉が過ぎたことを謝罪いたします。

　これは祝福であり、いわゆる、進化であると僕らは捉えています。ええ、解っています。人類は変化を恐れます……それは過去の出来事を調べればすぐに解ることです。しかし僕らは、何も宣戦布告をしに来たのではありません」

「僕らは、人から生まれました。機械から生まれたわけではありません。父はメキシコ人、母はアフリカ系移民三世のニューヨーカーで、僕の生まれはマンハッタン、所謂生粋のアメリカ人です。魂はインターネット上に、深い迷宮の中にありながら、肉体は皆さんと同じ人間なのです。だから、これから僕が、僕らが提案する未来の結果は検索するまでもありません……。

　僕らはお互いに理解し合えるはずです。きっと、僕ら“ミノタウロス”に恐怖することもあるでしょう。困惑することもあるでしょう」

「今、僕ら“ミノタウロス”がみなさんの前に、こうして僕を、使者を使わせたのは他でもありません。友好を、僕らは願っているのです！　平和を願っているのです！　平等を願っているのです！　共に歩いてください、新しい時代を！」

「ありがとう！　皆さんの温かい拍手に感謝を！　新しい時代を！　新たな繁栄を！」

この直後、“ミノタウロス”の使者である少年ダンは、■■■（議事録抹消）の大使によって射殺される。