エピローグ・旅姿六人衆

  すべてが終わって、何もなくなった舞台。ただ唯一、奥の神棚だけが残っている。清四郎、劇場内を掃除しながら場内を感慨深げに見回している。



百合枝 (出てきて)「ク~マさん」


清四郎 「あれ、どうしたの?何か忘れ物?」


百合枝 「いえ、クマさんここにいると思って、えへへ。……終わっちゃいましたね、全部」


清四郎 「……ああ」


百合枝 「なんか、あっという間でしたね、この二ヶ月」


清四郎 「ああ」


百合枝 「……これから、どうするんですか?」


清四郎 「う~ん、どうするって言ってもなあ、まあとりあえず仕事見つけて……」


百合枝 「見つけて?」


清四郎 「……また人集めて芝居でもしてるんだろうなあ」


百合枝 「……よかった」


清四郎 「ん?」


百合枝 「まだ、お芝居は続けてくれるんですね」


清四郎 「ん~、本当は今回で最後にするつもりだったんだけどなあ、お袋との約束も果たせたし」


百合枝 「未練が出た?」


清四郎 「未練っていうか、『欲』だな」


百合枝 「欲?」


清四郎 「公演が終わった瞬間は結構満足するんだよ、『やりきった!』って。でも、二日たって三日たって、じわじわと感じるようになるんだよね、『あのシーンはああすればよかった』とか『あのセリフは本当はこういう解釈だったんじゃないか?』とかね」


百合枝 「あ~、わかります。私、今まさにそんな感じです」


清四郎 「だろ?そうするとまた『次はこうしてやろう』なんて欲がわいてくるんだよねえ」


百合枝 「あはは」


清四郎 「ビョーキだね、こりゃあ」


百合枝 「ふふ、そんなビョーキのクマさんにいいお話があります」


清四郎 「ん?」


百合枝 「新しいお仕事です」


清四郎 「仕事?俺に?」


百合枝 「はいっ(外で車のクラクションの音がする)あ、来た来た」


清四郎 「なにが……(舞台ソデの奥を見て)ってなんじゃこりゃあ!?」



かおる、幸子、真姫、雁之介、石崎、健太郎、沢井とぞろぞろ登場。



真姫  「じゃ〜ん、クマさんの新しい仕事場で~す」


雁之介 「いや~、一晩で大道具小道具衣裳制作備品全部詰め込むのは苦労したわ~」


幸子  「結局徹夜になっちゃいましたね」


かおる 「いやあ疲れた疲れた、寝不足でお肌が荒れちゃうわ~」


真姫  「いや、かお姉徹夜してないし今合流したし」


健太郎 「いや~ん、猫かぶってなくてもステキですかおるさぁ~ん」


清四郎 「なんなんだなんなんだなんなんだお前ら、っていうか俺の車!」


雁之介 「失礼ながら、勝手に改装させていただきやした」


百合枝 「これが、クマさんと私たちの新しい活動の場、『移動式劇団』です」


清四郎 「移動式劇団?」


百合枝 「全国の学校や介護施設とかをまわって『ロミオとジュリエット』を上演する旅芝居劇団です」


清四郎 「旅芝居劇団だあ?お前らいつの間にそんなこと……」


真姫  「だってさだってさあ、せっかくみんなこうして出会ってあんだけ稽古したのに、これで終わっちゃうだなんてもったいないじゃな~い」


幸子  「というわけで、なんとかみんなでお芝居を続ける方法はないかと考えまして」


雁之介 「劇場はなくなってもこれならお芝居は続けられるでしょう?なあに旅公演のノウハウなら任せておくんなせえ、乗り打ち公演ならお手の物ですぜ、ついでに全国の旨いものもご案内しまさあ」


真姫  「やったあ~、あたしウニ食べたいウニ~」


石崎  「ウニなら東北ですかねえ、でもまず手始めに市内の小中学校から廻ります、それから神奈川県を制覇して、次は関東近辺、その後はいよいよ全国進出です」


沢井  「おう」


健太郎 「感謝しろ、とりあえず市の教育委員会とコンタクトをとって、もう最初に上演する学校は決まったぞ」


かおる 「今度は私がジュリエットやるんだからね~、絶対ゆずらないわよ~」


真姫  「あ~、かお姉ずる~い、あたしもやるやる~」


幸子  「い、いずれは私も」


百合枝 「ダメダメダメ!絶対ダメ!今度は、今度はぜーったい私がやるんだから!」



  初めて見せる百合枝の気迫に一瞬押されるものの、負けじと己を主張しあう4人。



雁之介 「実はこの劇団、まだ名前が決まってねえんですよ、よかったら座長がひとつ、いい名前をつけてやっちゃあくれませんかね」


清四郎 「名前?名前か……(みんなを見回し)俺たちが集まって芝居をやる場所なら、名前は当然決まってるだろ?」


全員  「江ノ島弁天劇場」!


清四郎 「……ったく、役者稼業はやめられねえなあ」



  一同、笑いながら退場していく。清四郎、最後にひとり残り舞台に向かって深々と挨拶してから去る。



暗転



弁天劇場のジュリエットたち 幕



※作中の「ロミオとジュリエット」のパートにつきましては、小田島雄志訳版(白水社刊)と坪内逍遙訳版(青空文庫https://www.aozora.gr.jp/index.html)を参考にさせていただきました。この場にて改めて感謝の意を申し上げます。

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ライト戯曲・弁天劇場のジュリエットたち 南 群星 @minamigunsei

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