第九場・ミス・ブランニュー・デイ
明転。ようやく立ち稽古に入る。しかし、まだジュリエット役が決まっていない。
清四郎 「さすがにやばいですよね、そろそろジュリエット決めないと」
稲村 「……」(スキットルの酒を飲み続けている)
清四郎 「ちょっと、聞いてるんですか?っていうか酒飲んでんじゃねえよ稽古中に」
真姫 「もうさー、あみだくじでいいよあみだくじ」
かおる 「いやよう、そんなの」
真姫 「だってもうラチあかないじゃん、ここはさ、恨みっこなしで一発勝負」
幸子 「いくらなんでも短絡的すぎますよ」
かおる 「そうよう、も~素人はほんと困るわよね~」
真姫 「ちょっとお、素人素人ってちょっと人をバカにしすぎじゃない?」
かおる 「だって素人は素人じゃなあい」
真姫 「アンタだって舞台は初めてなんでしょう?だったらあたしらと経験値的には変わりはないじゃない」
かおる 「私はプロの声優としてのキャリアがあります~、ずぶの素人なあなたたちとは一緒にしないでちょうだい」
真姫 「あははプロだって、じゃあ今月何本仕事したのよ」
かおる 「それは……」
真姫 「あたしちょっとググってみたんだけどさあ、最近は全然出演作品ないじゃん、もうあれだよね、落ち目ってやつ?」
百合枝 「ちょっと真姫ちゃ……」
真姫 「い~や、今日は言わせてもらうわ、アンタいつもそうやってプロだプロだってあたしらを見下してくれるけどさあ、実績ともなってないくせに偉そうに言わないでほしいんだけどお」
清四郎 「おい、さすがに言いすぎだぞ」
真姫 「だいたいさあ、恥ずかしくないわけいいトシしてそんなぶりっ子キャラで?もうさあ、マジでイタいんだよねえ笑っちゃうから」
かおる 「……よ」
真姫 「は、なに?聞こえないんですけど」
かおる 「ふざけんじゃねえって言ってんだよクソガキ!私だってねえ、やめられるんならやめてやるわよこんなキャラ作り!でもねえ、私はこのキャラ武器にして二十年仕事して来たんだよ二十年。そりゃ確かに最近は若い子に押されて仕事減ってるけど、アンタが生まれる前からこの業界でこの仕事やってんだ年季がちがうんだ舐めんじゃないわよ!偉そうな口叩くんならCD八十万枚売ってみなさいよああ?」
一同、思わぬ剣幕にタジタジ。長―い沈黙の後
かおる 「……あはははは、やっちゃったあ。もうしーらないっと」
一同 「…………」
かおる 「なによ?なんか文句ある?あーすみませんでした猫かぶってましたですよ、悪うございました。どーせあたしゃあ酒も飲むしタバコだって吸うし、トシ相応に男と付き合ったりしてたわよ、はいはいアイドルのイメージ壊しちゃってごめんなさいね」
稲村 「それでいいじゃねえか」
かおる 「え?」
稲村 「作ってない、年相応の、年季の入ったいい声じゃないか」
かおる 「やめてよ、こんなきったないオバさんの声なんか誰も相手にしちゃあくれないわよ」
稲村 「確かにきれいな声じゃないかもしれないが、一切余計なストレスのかかっていない、ストレートないい発声だったじゃないか」
かおる 「…………」
稲村 「それが『言葉』だ、嘘偽りのない、自分の本心から出た本当の『言葉』だ。『言葉』こそが『セリフ』なんだ、わかったか。いまの発声を忘れんなよ。清四郎」
清四郎 「え?あ、はい」
稲村 「ジュリエットは決まりだ、こいつで行く。残りの役の振り分けしとけ」
清四郎 「はあ、はい」
石崎 「あああ、じゃ、じゃあ今日はこの辺で。役の振り分けはあした発表しますんで。ということでいいですか?」
清四郎、稲村、石崎去る。残された出演者たち。
雁之介 「ようやく決まったかあ、ジュリエット」
真姫 「あれ!?これで決定?マジ?」
雁之介 「マジマジ」
真姫 「え~そんなあ~」
かおる 「あの……」
一同 「ん?」
かおる 「あの、本当に私でいいのかな……?」
真姫 「あ、普通のしゃべり方だ」
百合枝 「やっぱり無理して作ってたんですね」
雁之介 「そりゃあまあそうだろうなあ」
かおる 「なんか、勢いでこんなことになっちゃったけど、いいのかな、さっきは偉そうなこと言ったけど、最近仕事が少ないのは本当だし、実際舞台は私も初めてだし……」
百合枝 「いいと思います」
かおる 「え?」
百合枝 「さっきのあの迫力見たら、さすがプロだなあ、かなわないなあって、ちょっと思っちゃいました。くやしいけど」
幸子 「確かに、あの気迫は昨日今日セリフをかじった程度の人には出せないですね」
かおる 「そんな……」
真姫 「ちょっとちょっとお、なにそれ~、あたし納得いかないんですけどお」
雁之介 「よお~しわかった、じゃあこうしよう」
真姫 「なによう」
雁之介 「カラオケだ!」
一同 「はあ?」
雁之介 「カラオケで歌いまくって、みんながそれぞれ心に溜め込んでいる日ごろの不満をぶちまけよう」
幸子 「なんでそうなるんですか」
真姫 「それアンタがカラオケ行きたいだけじゃないの」
雁之介 「まあまあいいからいいから、どうせ今日はもう稽古もはけちまって時間あるんだし行こうじゃないの。こういう時はね、思いっきり歌って大声出して発散するのが一番」
百合枝 「わわわ、私カラオケって行ったことないし……」
雁之介 「いいからいいから」
かおる 「いいからいいから」
百合枝 「乗り気だこの人!」
そのままずるずると引きずられて全員去る。
暗転
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます