第八場・当って砕けろ

  明転。舞台上に清四郎、雁之介、幸子、真姫らが背を向けて立っている。その間に百合枝。



百合枝 「お願いです、もう一度考え直してください!」


一同  「…………」


百合枝 「みなさんのお腹立ちはよくわかります、でも、そこをこらえて、もう一度一緒にやりましょう、ここまでみんなで頑張ってきたじゃないですか」


雁之介 「そうは言ってもねえ」


真姫  「あたしぜったいやーよ、今日だって百合枝ちゃんがどうしてもっていうから仕方なく来たんだから」


百合枝 「すみません、でももう一度、もう一度だけ考え直してください」


一同  「…………」


百合枝 「私……私は、『ロミオとジュリエット』をやりたいんです、この、みんなで」


一同  「…………」


百合枝 「確かに私、お芝居の経験もないし、うまくセリフもしゃべれないけど、この一ヶ月、みんなとずっと一緒に稽古してきて楽しかった、大変だったけど楽しかったです。みんなで作りあげてきたこの時間はぜったい無駄なものじゃなかったはずです。その思いは、たとえお芝居が上手じゃなくても、きっとお客さんには伝わると思うんです、ううんちがう、伝えたいんです、この楽しかった時間を、お芝居のすばらしさを」


清四郎 「ユリさん……」


百合枝 「お願いします、お願いします!お願い……」


雁之介 「わかった、わかったよユリちゃん」


百合枝 「じゃあ……」


雁之介 「ユリちゃんの思いはよくわかった、でも世の中にゃあ『筋』ってもんがあるだろう?」


百合枝 「『筋』……ですか?」


雁之介 「そりゃつまらないことでへそ曲げたあたしらも大人げないっちゃないけどよ、それを差し引いたって、あちらさんの方からも誠意ってもんを見せて欲しいもんだよねえ」


百合枝 「誠意って……」


真姫  「誠意って言ったらアレよ、金?」


雁之介 「ヤクザかお前は」(しばく)


真姫  「いったあ~い、冗談じゃなあい」


雁之介 「冗談いう空気かバカ。たいしたことじゃない、一言『悪かった』ぐらいは言って欲しいもんだねえ」


清四郎 「言うわけないじゃないかアイツが」


百合枝 「クマさん……」


清四郎 「いいんだよ、もう、もともと『ロミジュリ』なんか本当はやりたくなかったんだから」


百合枝 「そんな……」


清四郎 「ホント言うとね、シェイクスピアもロミジュリもだいっ嫌いなんだよ、俺は」


百合枝 「うそです、嫌いだったらあんなに熱心に稽古つけてくれるはずがないじゃないですか」


清四郎 「嫌いだよ」


百合枝 「じゃあなんで「ロミジュリ」をやろうとしたんです?」


清四郎 「最後だからだよ、この劇場の」


百合枝 「うそ!本当はずっと、やりたかったんでしょう「ロミオとジュリエット」を」


清四郎 「なんでうそなんだよ?」


百合枝 「お母様が最期に挑んでいた舞台だったから、お母様が果たせなかった舞台をクマさんが完成させたかったんでしょう?お母様と一緒に『ロミオとジュリエット』を……」


清四郎 「……!わかったような……口をきくなよ……」



  一同沈黙の中、空気を読まずに健太郎が入ってくる。



健太郎 「あろ~は~おえ~♪俺ちゃま飛行機で飲みすぎてオエ~♪なんちゃって。あれ、かおるちゃんは?っていうか何この空気?」


清四郎 「……お・ま・え・は・どうしてこうも空気を読まないんだこのボケえ!」


健太郎 「おう、そういえば親父来てるぞ」


清四郎 「え?」


健太郎 「なに、結局親父に演出頼んだの?しょうがねえなあ、だったら最初からお願いしときゃあよかったのに。親父だってあんなにお前の芝居手伝ってやりたがってたんだから」


清四郎 「は?なんだよそれ、どういうことだよ」


健太郎 「そんなの本人に聞けよそこにいるから」



  清四郎振り返ると稲村がいる。



清四郎 「…………」


稲村  「…………」


百合枝 「あの……」


一同  「…………」


百合枝 「あの、先生、これ」



  百合枝、稲村に弁天さまから預かったパンフレットを渡す。稲村、パンフレットに書いてある文言を読んで、間に挟まっている古い手紙を見て目をむく。



稲村  「……なあっ!?ど、どうしてこれを?」


百合枝 「あ、あの、弁天さまから……」


稲村  「弁天さま?」(神棚を見て、それから清四郎を見る)


清四郎 「な、なんだよう」


稲村  「……ったく、どういうことなんだこりゃあ」(ため息)



  稲村、ぶつくさ言いながら舞台奥から一冊の台本を持ってくる。



稲村 「おい」


雁之介 「ああ?」


稲村  「ちょっと、これ読んでみろ」


雁之介 「あっしがですかい?」



雁之介、渡された台本を読む。



雁之介 「『人の痛手を嘲りをる、自身できずを負うたことの無い奴は』……?『や、待てよ! あの窓からるゝ光明あかりは? あれは、東方ひがし、なればヂュリエットは太陽ぢゃ!……あゝ、昇れ、麗しい太陽よ、そして嫉妬深りんきぶかい月を殺せ、彼奴は腰元のそもじの方が美しいのを恨しがって、あの通り、蒼ざめて居る』……なんですかいこりゃあ?」


稲村  「坪内逍遥つぼうちしょうようの翻訳した、日本で最初の『ロミオとジュリエット』の台本だ。百年前にこの劇場で初上演したな」


雁之介 「へえ~」


稲村  「今回の芝居はその台本で行くぞ」


一同  「へ?」


稲村  「そのならお前さんのそのくっさい芝居でもマッチするだろ。悪いが、みんなその口調でセリフを覚えなおしてくれ」


雁之介 「ちょっと待ってくださいよ、あたしらはやるとは……」


稲村  「だから、その、なんだ、大衆芝居をコケにするつもりはなかった。だからせめてその雰囲気を活かせる演出でやってみては、その、あれだよ、どうだよ?」


幸子  「これってもしかして『謝罪』のつもりなんじゃないですか?」


健太郎 「素直に『ごめんなちゃい』って言えばいいのにね」


稲村  「うるさい」


真姫  「おお、これが噂の『ツンデレ』ってやつですかあ」


清四郎 「いいトシしたおっさんのツンデレなんか見たくもねえなあ(苦笑)」


百合枝 「あの。じゃあ……」


雁之介 「……しゃあないですな、ここは先生の顔を立てて、この台本でやってみるとしますか」


百合枝 「ありがとうございます!ありがとございます!」


清四郎 「いったい、どんなマジック使ったんだよ、あのくそ親父がこうも簡単に折れるだなんて……」


百合枝 「さあ、ただ、弁天さまが」


清四郎 「弁天さまあ?」(小首をかしげる)


真姫  (台本を見て)「うわっ、なにこれ?こんな暗号文みたいなのあたし読めないよ~」


幸子  「旧仮名遣きゅうかなづかいですか、私でもちょっと難しいですねえ」


雁之介 「ま、そこんとこは頑張ってもらうしかねえなあ」


百合枝 「みんな……ありがとうございます!じゃああとはかおるさんに……」



  電話しようとしたところにばったりとかおるが入ってくる。



かおる 「げっ」


百合枝 「ああかおるさんちょうどよかった、いま……」


かおる 「な、なによ、私は悪くないんだからね!本当はこんなとこにまた来るつもりなんか無かったんだけどたまたま忘れ物しちゃったから取りに来ただけよやっぱりお芝居に出たいなんて思って来たわけじゃないんだからね勘違いしないでちょうだい。まあ、あなたたちが『どうしても出て欲しい』っていうのなら考えてあげてもいいけど……」


真姫  「ツンデレだ」


健太郎 「本物のツンデレだ」


幸子  「初めて見た」


かおる 「ななな、なによう」


雁之介 「まあまあまあ、細かいことはどうでもいいから、とりあえずみんなでこの台本コピーして稽古の準備しましょうや」



  一同ぞろぞろと退場。百合枝一番最後についていく、すれ違いざまにソデから顔を出している弁天さまに気づく。



弁天  「ぐっ」(サムズアップ)



  百合枝、微笑む。退場。



暗転

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