第七場・ふたりだけのパーティ
暗い舞台。百合枝が独りでうずくまって泣いている。そこへ袖からひょこひょこと弁天様の姿をした女性が登場する。百合枝、女性に気づくが本人は気づいていない。おもむろに神棚にお供えしてあるお饅頭を食べだす。
弁天 「あ~おいしい。やっぱりお饅頭は『紀の国屋本店』のが一番よねえ。あの子もわかってるわあ」
弁天様、隣の百合枝をまったく意に介さずもくもくとお饅頭を食べる。百合枝、不審者(?)に向かってためらいながら
百合枝 「こんにちは」
弁天 「はいこんにちは」
百合枝 「…………」
弁天 「…………きゃあああああああ!」
百合枝 「きゃあああああああ!」
弁天 「み、み、見られちゃったどうしましょうどうしましょう」
百合枝 「すすすすすみませんあのそのわたし……」
弁天 「っていうかなんでこの子なんで見えてるのかしら、『あの子』にも見えてないのに」
百合枝 「すみませんすみません、私、見てません、見てませんから!」
弁天 「ほんとに?」
百合枝 「はい、お饅頭食べてるとこなんか見てません」
弁天 「見てるじゃないやだー!」
百合枝 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
弁天 「いい?このことは誰にも秘密よ!ずえーーたいよ!」
百合枝 「ははははは、はいっ!」
弁天 「あーもうびっくりした。ねえあんた」
百合枝 「百合枝です、佐藤百合枝」
弁天 「百合枝ちゃんね、悪いけどお茶かなんか無いかしら?無駄に騒いじゃったから喉かわいちゃった」
百合枝 「は、はい(ペットボトルのお茶を持ってくる)すみませんこんなのしかないですけど」
弁天 「あらいいのよう、ありがと。まー便利な時代になったもんよねえ、昔はこんなものなかったわあ」
百合枝 「はあ、あの……」
弁天 「ん?」
百合枝 「えっと、この劇場の方ですか?」
弁天 「とんでもねえ、あたしゃぁ弁天さまだよ」
百合枝 「はあ?」
弁天 「な~んちゃってうそぴょ~ん」
百合枝 「どうしようあぶない人だ」
弁天 「あ、申し遅れました、わたくし、森野清四郎の母でございます。いつも息子がお世話になってます」(座を正して挨拶)
百合枝 「あ、クマさんのお母様だったんですか!しし、失礼しました(ぺこり)……あれ?クマさんのお母様って亡くなられったって……」
弁天 「はい、二十年ほど前に死にました、そりゃもうぽっくりと」
百合枝 「へ?それって……」
弁天 「さて突然ですがここでクイズです、草木も眠る午前二時、こんな時間にどろどろどろと出てくるものはいったいなんでしょう?」
百合枝 「ゆ……」
弁天 「ゆ?」
百合枝 「ゆ……ゆ……」
弁天 「ゆーふぉー♪」
百合枝、混乱して一緒にピンクレディーを踊りだす・
百合枝 「させるなっ!」
弁天 「おお、ノリつっこみ」
百合枝 「ちがーう!あの、その、ほほ、本当に幽霊なんですか?」
弁天 「そうみたいねえ、まあ、なんていうか、この劇場の守護霊?みたいな」
百合枝 「はあ」
弁天 「おかげでなぜかこんなコスプレみたいなカッコしちゃってるけど。センスないわよねえ、『弁天劇場』だからって弁天様だなんて」(カラカラと笑う)
百合枝 「はあ、なんか幽霊って割にはノリが軽いな~」
弁天 「でも不思議ねえ、旦那にも息子たちにも見えてないのに、なんで赤の他人のユリちゃんにだけ見えてるのかしら?」
百合枝 「さあ」
弁天 「あれじゃない?イタコの素質とかあるんじゃない?」
百合枝 「やめてください!私そういうの本当に苦手なんです~」
弁天 (歌いだす)「イタコの~い~たろ~うちょっと見な~れえば~♪」
百合枝 「自由だなあ」
弁天 「で、あんたはどうしたのよ?」
百合枝 「へ?」
弁天 「女の子が独りっきりでこんな時間にこんなとこにいて、危ないじゃないのよ」
百合枝 「今何時って言ってましたっけ?」
弁天 「草木も眠る午前二時」
百合枝 「やだ!私そのまま寝ちゃったの?もう、みんな帰る時に声くらいかけてってよ〜」
弁天 「なになになんかあったの?修羅場?修羅場?おばちゃん話聞いてあげるわよ」
百合枝 「はあ、じつはかくかくしかじかで」
弁天 「ふ~ん、なるほどねえ、そりゃあ大変だわあ」
百合枝 「私、もうどうしていいかわからなくって」
弁天 「ふ~む。ねえユリちゃん、ユリちゃんはこれからどうしたいわけ?」
百合枝 「私は……やっぱり『ロミジュリ』をやりたいです」
弁天 「そんなつらい思いをしても、でもやっぱりやりたいの?」
百合枝 「はい」
弁天 「ふ~ん、わかんないなあ、なんでそんなにこだわるのか。やっぱりこの劇場の伝説のため?ジュリエットやったから有名になれるなんて、あんなのただの迷信よ、有名にならなかった人だって沢山いるんだから、あたしみたいに」
百合枝 「伝説なんて、どうでもいいんです」
弁天 「ほうほう」
百合枝 「私、『百合枝』っていうんです」
弁天 「さっき聞いたわよう」
百合枝 「私の名前、ジュリエットからつけられたんです」
弁天 「あらそうなの」
百合枝 「パパ……お父さんがシェイクスピアの大ファンで、それで」
弁天 「でもそりゃあダメねえ、だってジュリエットって十四歳で死んじゃうのよう。かわいい愛娘につけちゃダメだわよ」
百合枝 「あはは、そうですよね。こんどお墓参りに行った時に文句言っておきます」
弁天 「あら……」
百合枝 「別に役者でも演劇関係者だったわけでもないんですけどね。なぜかシェイクスピアだけは大好きで」
弁天 「ふーん」
百合枝 「でね、ある年、私のお誕生日のプレゼントに小学生向けのシェイクスピア全集をプレゼントしてくれたんです。でも私まだ子供だったから『こんなのいやだ、お人形さんがいい』ってわがまま言っちゃって」
弁天 「あらら」
百合枝 「本当は『お父さんごめんなさい、ありがとう』って言いたかったんです。でも私、引っ込み思案だから結局言い出せなくって、そしたら、お父さん……」
弁天 「…………」
百合枝 「もし、ジュリエットを演じることができたら、もしからしたらどこかでお父さんも見ていてくれるかなあ、なんて。ダメですねえいい年して父親離れできなくて」
弁天 「あらそんなことないわよう、うちにだって母親離れしてないのが一人いるわよう」
百合枝 「え?ああ、あはは」
弁天 「なるほどねえ。そんな話聞いちゃったら応援しないわけにはいかないわねえ。でも慈円さんもあれでアレだからなあ。よし!ここは私が一肌脱ぎましょう!」
百合枝 「え?」
弁天 「ちゃらららら~ん♬」(衣装を脱ぎだす)
百合枝 「…………」
弁天 「……こら」
百合枝 「は?」
弁天 「そこは『自分が脱ぐんか~い』ってツッコむとこでしょうが」
百合枝 「すすす、すみません」
弁天 「だめねえ、そんなんじゃ本番でがっつり笑い取れないわよ」
百合枝 「いや笑い取る必要ないですから」
弁天 (なにやら神棚をゴソゴソさぐって)「あったあった、なにか書くものある?」
百合枝 「?はい」(台本にさしてあったシャープペンシルを渡す)
弁天 (神棚から取り出したパンフレットらしき印刷物に一筆書いて)「はい、これを演出家さんに渡してみて」
百合枝 「はあ」
弁天 「必ず『弁天さまから』って言うのよ」
百合枝 「?」
弁天 「大丈夫、ちゃんと通じるから。あと……」
百合枝 「あと?」
弁天 「みんなには、ユリちゃんが自分で一人ひとりもう一度説得してみなさい、ちゃんと自分の思いを伝えればきっとみんなわかってくれるわ」
百合枝 「でも……」
弁天 「思いを伝える」
百合枝 「え?」
弁天 「お芝居ってね、そんなに小難しいことじゃないの。『私はこう思っています』『あなたはどう思っていますか?』っていうやりとりを、ほんのちょびっとだけ一生懸命になってやっているだけなのよ。上手い下手なんか関係ないの。そういう心のやり取りをなんて言うか知ってる?」
百合枝 「さあ……」
弁天 「『愛』っていうのよ」
百合枝 「……なんか、真顔で言うと恥ずかしくなってきちゃいますね」
弁天 「でしょ?でも昔ね、小山内薫っていう人は大真面目にそう言ったのよ。『相手の気持ちを想い、相手に気持ちを伝える。これが愛の行為でなくて何であろうか』ってね」
百合枝 「思いを、伝える……」
弁天 「そう、まずはユリちゃんの思いを相手に伝えてみなさい。全てはそこからよ」
百合枝 「はい……はい!わたし、やってみます!」
弁天 「がんばってね」
百合枝 「ありがとうございます」
弁天 「よ~し、じゃあ景気づけに一杯やりますかあ。ユリちゃん、冷蔵庫からビール持ってきてビール」
百合枝 「え?いやでも私お酒は……」
弁天 「なにいってんのよう水臭いわねえつきあいなさいよう。あ、ついでにサラミとチーかまも持ってきてねえ」
百合枝 「あるかなあそんなの」
弁天 「あるからあるから。隠したって知ってるんだからあ」
などといいながら酒盛りが始まる。
暗転
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