第六場・ポカンポカンと雨がふる

  明転。読み稽古続行中。相変わらず台本を持ったまま。みなうんざりした様子。



稲村  「ちがう、なんで平板で読むんだヘタクソ!」


真姫  「ふい~ん、平板って何ですか~」


稲村  「役者やっててそんなことも知らねえのかバカヤロウ!日本語ってのは英語と違って強弱じゃなくて音の高低で抑揚が決まるんだ、でたらめな日本語でセリフを汚すな、もう一度!」


清四郎 「ちょ、ちょっと先生、今日はもうだいぶ稽古が続いてみんな疲れてるし」


稲村  「だからなんだ」


清四郎 「みんな演劇初心者だし、まだ稽古の進め方とかにもなれてないんです」


稲村  「初心者だからなんだ、手加減しろってか?ふざけんな、板の上に立ったらプロも初心者も関係ない」


清四郎 「それはそうですけど……」


稲村  「『初心者だからセリフとちりました』『初心者なんで芝居間違えました』って、お前はそう言うのか?役者の仕事にはな『努力賞』なんてものはないんだ、どんなに頑張っても本番の舞台の上で間違えたらそれは失敗作なんだ、『初心者なのによく頑張りましたね~』って褒めてくれるやつはどこにもいないんだよ」


真姫  「だってあたしらあ、仕事でお芝居やってるわけじゃないしぃ」


稲村  「屁理屈こいてんじゃねえ」(手元にある台本を投げる)


真姫  「ちょっとお、なにすんのよお!」


雁之介 「まあまあまあちょっとここは落ち着いて。一応仕事で芝居やってる身から言わしていただきゃあ、確かに先生のおっしゃるとおりです。しかしね、ここまで極端にセリフにばかり偏った稽古だとねえ。多少は『形』から作る芝居も入れてった方が芝居作りも効率いいと思いますよ」


稲村 「芝居はセリフだ、言葉が全てなんだ、一音でも落とすヤツは舞台から去れ!大衆芝居役者風情が偉そうに演劇論なんか語ってるんじゃねえ」


雁之介 「なんだと?」


石崎  「ちょちょちょちょっと先生言い過ぎですよ」


稲村  「ちょっとかじったくらいでいっぱしにプロになった気になるんじゃねえ(かおるに)お前もだ」


かおる 「はあ?」


稲村  「アイドル声優だかなんだか知らねえが、気持ち悪い作り声でとってつけたような型にはまったセリフばっかり吐きやがって、中身が空っぽじゃねえか、お前らみたいな演劇のエの字もわかってねえような連中が幅をきかせてやがるからこっちも迷惑してんだよ」


かおる 「なによそれ、ちょっと声優の仕事を馬鹿にしないでくれる?」


稲村  「セリフ一行まともに言えないヤツラがいっぱしに意見すんな、役者は黙って演出の言うことにしたがって芝居をすりゃあいいんだ、それすらできないようなヘタクソは舞台に立つな!」



  清四郎、いきなり机を蹴飛ばす、一同緊張。



清四郎 「いいかげんにしろ!アンタちっとも変わってねえじゃねえか!なんでそんなに頑なに自分の方法論だけを押し通そうとすんだよ、いろんな人がいて、いろんな芝居のアイデアを持ち寄ってきて、それを選んで整理してまとめるのが『演出』ってもんだろう?なんで人の意見に耳を傾けてくれないんだよ!?」


稲村  「演出のプランに役者が合わせる、たとえ自分の生理に合わない解釈であっても、演出の意見に合わせて芝居を変える。それが役者だ。できないのなら何時間かけてでもできるようにするのが役者の仕事だろうが」


清四郎 「……そうやって死なせたのかよ」


稲村  「あ?」


清四郎 「そうやって母さんを死なせたのかよ、!」


百合枝 「父さん?」


清四郎 「あの時だって母さん、無理して無理して、それでもあんたが連日母さんを追い込んで、そのせいで母さんは、母さんは……」


石崎  「み、みなさん、今日はもう遅いですからこのへんで……」


真姫  「あたしやめた」


石崎  「え?」


真姫  「こんなボロクソに言われて物まで投げられて、冗談じゃないわよ」


かおる 「私も、この人がいるならもう来ないわ。いくらなんでも失礼です」


雁之介 「さすがにねえ、自分が今までやってきた事を頭ごなしに否定されちゃあねえ」


百合枝 「そ、そんなみんな、まってください、それじゃあ舞台が……」



  みんなぞろぞろと帰っていく。



百合枝 「待ってください、幸子さん……!」


幸子  「みんながやらないっていうのなら、すみませんが……」(去る)


百合枝 「待って、クマさん、待って、お願い……」



  清四郎、黙って去る。独り取り残される百合枝。遠くで雨の降る音が聞こえてくる。



百合枝 「どうして……どうして……」



  雨音は止まない。



暗転

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