第十場・あっという間のTonight

  明転。清四郎、みんなを待つ。出演者、ヨロヨロと入ってくる。



真姫  「おはようございます」


清四郎 「おう、おは……なんだお前らその声は!?」


雁之介 「ふ、不覚を取った」


百合枝 「こ、声がガラガラ……」


清四郎 「何やってんだお前ら!?」


百合枝 「実は、昨日あの後みんなでカラオケに」


清四郎 「カラオケだあ?」


百合枝 「そしたら、予想以上に盛り上がってしまって」


雁之介 「最初二時間だけのつもりが、気が付いたら終電まで」


真姫  「あたしとかおねえなんか朝まで歌ってたわよう」


清四郎 「?」


百合枝 「かおるさんのことです」


雁之介 「なんか二人でカラオケバトルしたら酒も入っていたせいかすっかり意気投合しちまって」


百合枝 「義兄弟の契りとか結んでましたよ」


清四郎 「何やってんだお前ら」


幸子  (入ってきて)「おはようございます、あらみんな昨日は楽しかった?」


真姫  「あ、幸子ママおっはよ~」


清四郎 「?」


百合枝 「幸子さんのことです」


清四郎 「わかるよ!」


真姫  「幸子ママも昨日もうちょっといればよかったのに」


幸子  「お家の仕事もありますからねえ、さすがに終電までは。はい、約束通り作ってきたわよ」


百合枝 「わあい、おにぎりだあ」


幸子  「おかずもいっぱい作ってきたから休憩時間に食べましょうね。なんせ稽古は長丁場だから」


真姫  「やった、ありがとう幸子ママ~」


雁之介 「こりゃありがたい、さすがこういうところは主婦だなあ」


幸子  「毎日稽古のたびに外食じゃあお金かかっちゃうし、栄養も偏っちゃいますからね」


真姫  「えらいなあ、うちの親なんかいっつもスーパーのお惣菜とかだよ~。いいなあ幸子ママんとこの子は」


百合枝 「そういえば娘さんがいるんでしたっけ?おいくつなんですか?」


幸子  「今年中学生に」


雁之介 「へえ、じゃあかわいい盛りだねえ」


幸子  「もうすっかり反抗期で。うちに帰っても部屋に閉じこもってスマホばかりいじってて……」


真姫  「舞台は見に来ないの?」


幸子  「さあ、チケットは渡してあるけど、来てくれるかしらねえ」


真姫  「ね、お腹すいたからおにぎり一個食べていい?」


幸子  「だ~め、稽古が終わってから」


真姫  「けち~」


幸子 「だ〜め」


清四郎 「なんだろう、みんなの結束が強くなってるのはいいことなんだが……」


雁之介 「ま、こうして同じ釜の飯を食ってれば自然とこうなりまさあなあ。だんだんと『劇団』っぽくなってきたじゃありやせんか」


かおる 「おはようございま~す」


真姫  「あ、かお姉おはよ~、って、なんで全然声枯れてないの!?」


かおる 「ふっふ~ん、あれくらいで声を枯らすなんてまだまだ甘いわね」


真姫  「ま、負けた、これがプロとの差か……」


かおる 「ふっふーん、当然じゃなーい。さあ、今日からは『スーパーかおちゃんモード』で毎日ビシビシ行くわよう」


真姫  「おお、やる気満々だ」


雁之介 「さすがジュリエット役になるとちがうねえ」


百合枝 「でも『スーパーかおちゃんモード』になるとどう変わるんですか?」


かおる 「休憩の時にタバコを吸います」


雁之介 「だめじゃん」


かおる 「あ、あと私、事務所やめました」


一同  「えっ!?」


かおる 「あははは、まあぶっちゃけたいして仕事あるわけじゃなかったし、ここらでスパッと区切りをつけて、お芝居に集中しちゃおうかなー、なんて」


清四郎 「そりゃずいぶん思い切ったなあ、大丈夫なのか、生活?」


かおる 「まあ、当面はね。最後に一つオーディション受けて、その後はもう自由よ、ばっちし稽古つけてもらいますからね、先生」


稲村  「……」


清四郎 「じゃあ、稽古始めますか。あ、その前に役の振り分けなんだけど、ユリさん」


百合枝 「はい」


清四郎 「配役ですが、実はユリさんにロミオをやってもらいたいと思って」


百合枝 「え!?」


清四郎 「最初は僕がやるつもりだったけど、いろいろ思うところがあって、今回僕はワキに回って細かい役をやっていきます。ユリさんはずっとロミオの代役をやってくれていたし、大丈夫だとおもう」


百合枝 「私が、ロミオ……」


清四郎 「お願いできるかな」


百合枝 「はい!私頑張ります!きっとクマさんよりカッコいいロミオにしてみせます!」


清四郎 「ケンカ売ってんのかコラ」


百合枝 (自分の言った意味に気づいて)「ごごごごごめんなさいそんなつもりじゃ」


雁之介 「しかしアレだなあ、ロミオをユリちゃんがやるのはいいとして、それにしても男優陣が少なすぎやしないですかい」


幸子  「ああ言われてみれば、いくらなんでもクマさんと雁之介さんだけじゃあ厳しいですよね」


清四郎 「大丈夫、何とかなる、な、ロク……っていねえ!」


百合枝 「最初からいませんでしたけど」


清四郎 「あのやろう逃げやがったな、ロク!出て来い!出てこないと大学時代の恥ずかしい写真をワールドワイドウェブでバラ撒くぞ」


石崎  「やーめーてー!」


真姫  「あ、出てきた」


清四郎 「じゃーん、なんと、制作の石崎君も役者として参加すると言ってくれました~」


一同  「おお~」(拍手)


石崎  「言ってない!言ってませんよ僕は!僕はもう役者はやめたんですから」


清四郎 「そんなこと言ってまたまた~」


石崎  「なんなんですかそのノリは!?」


清四郎 「しかたない、石崎君が大学二年生の時に忘年会で酔っ払ってSMクラブの女王様にお持ち帰りされたときの写真でもアップしようかなっと」(スマホを取り出す)


真姫  「拡散希望」


かおる 「拡散希望」


幸子  「拡散希望」


真姫  「幸子ママもSNSやってるんだ」


幸子  「主婦の必須アイテムです」


百合枝 「そ、そうなんだ」


石崎  「やーめーてー!やります、やりますから勘弁してください!うう、ひどい先輩についてきちゃったなあもう」


雁之介 「これで三人か。まだちょっと心もとないなあ。何かアテはあるんですかい?」


清四郎 「まあ、いざとなったら最終手段を使う」


雁之介 「ほう」


清四郎 「できれば使いたくない」(泣く)


百合枝 「あ、私なんとなく誰のことかわかっちゃった」


清四郎 「よし、それじゃあ新しいキャストで頭から返そう。先生」


稲村  「ん……」



  稲村、立ち上がった瞬間に倒れる。



一同  「先生?先生!」


清四郎 「先生!父さん!父さん!」



  稲村、清四郎に抱き起こされるが意識不明のまま。暗転。闇夜に響く救急車の音。

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