第三場・ラッパとおじさん

  出演予定者全員集合、演出席に清四郎と石崎、沢井が座る



石崎  「えー、お待たせしました。江ノ島弁天劇場サヨナラ公演『ロミオとジュリエット』、本日から稽古を開始します。私は演出助手と制作方面一般を担当する石崎です。こちらは舞台監督の沢井愛です。僕のことは気軽に「ロク」と呼んでください」


雁之介 「ロク?」


石崎  「説明すると長いんですが、名前が『正一』なんです。『正しい』に漢数字の『一』」


雁之介 「ほうほう」


石崎  「ほら、よく投票で『正』の字を書いて数を数えるでしょう、『正一』という字が「六票』って書いてあるみたいに見えるじゃないですか。それで昔から

『ロッピョー』って呼ばれてて、それがさらに縮まって」


雁之介 「ロクさんか」


石崎  「です」


清四郎 「説明が長いわりにはくだらねえ理由だなおい」


石崎  「ひ、ひどいや、『ロッピョー』って最初に呼び出したのクマさんじゃないですかあ!あ、すみません紹介が遅くなりました、今回の演出と主演を務めます森野清四郎です」


清四郎 「森野です、クマさんです」


百合枝 「森の、クマさん?」


清四郎 「クマさんです」


雁之介 「なんて安直なんだ」


清四郎 「よく言われます。えー、皆さんもご承知のとおり、本番まではほとんど時間がありません、今日から集中的にビシビシと仕上げていきますのでよろしくお願いします」


全員  「よろしくお願いします」


清四郎 「では本読みから」


百合枝 「あの」


清四郎 「はい?」


百合枝 「出演者って、これだけですか?」


清四郎 「そうです」


百合枝 「でも、全然足りないですよ、『ロミオとジュリエット』の登場人物は全部で二十六人、口上役の人も入れれば二十七人もいます」


清四郎 「確かに。ですからその二十七役をここにいる六人で兼ね役として割り振っていきます。まあだいぶアレンジが加わることになりますが。大丈夫です、『劇団鳥獣戯画』というところではたった三人でシェイクスピアの作品を上演して高い評価を得ています」


百合枝 「知ってます!私見ました!鳥獣戯画さんって『ガラスの仮面』に出てくる『劇団一角獣』のモデルになったとこですよね」


かおる  「え~、そうなんですかあ、わたし『ガラスの仮面』のアニメ出てましたよ〜」


百合枝 「ホントですか!?すごい!」


かおる 「まだ駆け出しの頃だったけど、なつかしいわ~」


清四郎 「(咳払い)」


二人  「す、すみません」


清四郎 「え~、なので、頭から読み合わせをしていきながら役の振り分けを行います」


幸子  「はいはいはい、はい……」


清四郎 「なんですか?」


幸子  「役の振り分けとかはどうでもいいですけど、『ジュリエット』は誰がやるんですか?……」


清四郎 「う……」


かおる 「あ~、そうですよう~『ロミオとジュリエット」』っていったらジュリエットが一番の花形ポジションじゃないですか~」


真姫  「あたしもお、ぶっちゃけジュリエットやりたいな?と思って参加したわけだし?ジュリエットじゃなきゃ意味ないんじゃない?って感じ?」


幸子  「私もジュリエットがいいです!舞台の上まで普通の人の役なんてイヤです!絶対イヤです」


清四郎 「ジュリエット役はまだ決まっていません、本読みをしながら適役と判断した人にジュリエットをお願いすることになります」


かおる 「そうなんですか~、やっぱり、ここは一応『プロ』の声優としてやってる私がジュリエット役としてふさわしいと思いま~す」


真姫  「え~」


かおる 「なによう」


真姫  「だってジュリエットって十四歳って設定でしょう?こう言っちゃ悪いけどぉ、ちょ~っと無理があるんじゃないんですかあ、年齢的に」


かおる 「(一瞬殺気)あ?」


真姫  「ん?」


かおる 「かおちゃんは永遠のじゅうよんさいだも~ん♪」


真姫  「きもっ」



  花咲、一瞬顔を引き攣らせたあと後ろを向いて何かをブツブツつぶやいている。



百合枝 「あの、じゃあジュリエット役はさらにオーディションしていくって事ですか」


清四郎 「そうです」


真姫  「え~、それってめんどくさくないですかあ」


清四郎 「とにかく!ジュリエット役はまだ未定です、逆に言えば誰にでもチャンスがあるとも言えます。稽古の全てがジュリエットになるためのオーディションだと思ってください。その結果違う役に振り分けられても、たとえそれが女性役じゃなくても恨みっこなしで全力を尽くしてください。いいですか?」


全員  「はい!」


清四郎 「では本読みを開始します。最初の口上は飛ばして、一幕一場の途中から行きます。端の人から順に読んでいってください。どうぞっ」


百合枝 「(棒読み)『おい、指なんか噛みやがって、俺たちを馬鹿にしてるのか?』」


幸子  「(ド暗)『確かに指がみしちゃあいるがね』」


百合枝 「(棒読み)『俺たちを馬鹿にしてやがるのか?』」


幸子  「(ド暗)『いいや、指がみしちゃいるがね』……」


真姫  「(漢字が読めない)『グレゴリ……』」


清四郎 「『グレゴリ』は役名だから読まなくていいの」


真姫  「あれ。……(漢字が読めない)」


清四郎 「『喧嘩(けんか)』」


真姫  「『けんかを売ってるのか?』」


幸子  「(ド暗)『喧嘩なら買ってやるぞ、おれは立派な主に仕えている身だ。貴様なぞに負けはせぬ、抜け!』……」


雁之介 「(時代劇調に)『控えい控えい!双方刀を納めい、己の所業、承知しては、あ、お~るま~いな~』」


かおる 「(超アニメ声)『さあさあ、俺が相手だ、ペンヴォーリオ、命はないぞっ』」


雁之介 「『拙者は仲裁をしておるのだ、刀をひけい、そなたも仲裁を手伝え』」


かおる 「『仲裁などごめんこうむる、その言葉を聴くだに忌まわしい。地獄とか、モンタギューとか、お前の名と同じようになっ』」


清四郎 「ストップ!ち、ちょっとまってくださいね(頭を抱える)えーっと、ペンヴォーリオとティボルトのところもう一回」


雁之介 「へいっ『控えい控えい!双方刀を納めい、己の所業、承知しては、あ、お~るま~いな~』」


かおる 「『さあさあ、俺が相手だ、ペンヴォーリオ、命はないぞっ』」


雁之介 「『控えい控えい』」


かおる 「『さあさあさあさあ』」


雁之介 「『控えい控えい』」


かおる 「『さあさあさあさあ』」



  かおると鴈之介のやり取りの周りで百合枝、真姫、恵子たちがてんでに「喧嘩だ喧嘩だ」「槍だ」「棍棒だ」「モンタギューを倒せ」「キャピュレットを倒せ」と騒ぐ



清四郎 「ストップ、ストップ、すとおおおおおおっっっぷ!!!」



  清四郎、さらに頭を抱える。そして泣く。しくしくしく。みんなは好き勝手に互いの芝居の評価をしはじめる。



真姫  「どうどうどう?わりといけてるんじゃない?ウチら」


幸子  「やってみると男役もけっこう面白いもんですね……」


雁之介 「う~ん、もうちょっと杉良太郎スギリョーっぽいほうがかっこいいかなあ」


かおる 「ねえねえ百合枝ちゃん、もうちょっと感情こめないとダメよう、お芝居はね、『少し大げさかな?』っていうくらいがちょうどいいのよ〜」



清四郎、我慢の限界を超えてついにキレる。



清四郎 「ふざけんなゴルァ!かおる!てめえはそのアニメ声なんとかしろ!アニメじゃねえんだアニメじゃあ!幸子さんはとにかく声出してください声、何にも聞こえねえよ!真姫!お前はまず本を読む練習をしろ、漢字読めなすぎだ小学生かお前は!ガンさんは、今までそういうお芝居をやってきたからそうなっちゃうんでしょうけど、これはシェイクスピアですから、シェ・イ・ク・ス・ピ・ア!わかる?時代劇じゃないから!ユリさん!」


百合枝 「は、はいっ!」


清四郎 「お前は『読むな』」


百合枝 「は?」


清四郎 「お前のはただ字面を読み上げてるだけだ、目で見たものがそのまま口から出てるだけなの、わかる?」


百合枝 「は、は……」


清四郎 「あと緊張しすぎ!もっと落ち着いてしゃべれ!」


百合枝 「は、はい~」


かおる 「なにそれ~、なんで百合枝ちゃんだけそんなにダメだしが丁寧なのよう」


真姫  「っていうか、さりげなく呼び捨てだしぃ」


雁之介 「生まれて初めてだなあ、『ガンちゃん』なんて呼ばれたなあ」


清四郎 「呼んでねえよ『ガンちゃん』なんて!」


恵子  「ヤッターマンみたい、ふふふ……」


清四郎 「うるさい!お前らダメだ!ダメダメだ!お前もお前もお前もお前もどいつもこいつもみーんな、みーんなダメダメだあ!!!はあはあ……わかりました。今週は台本は無し!」


全員  「え?」


清四郎 「今週はみっちり、演劇の基礎の基礎の基礎からたたっこんでやる!覚悟しやがれ!」


全員  「え~!?」



  場面転換。音楽とともに基礎訓練がはじまる。清四郎を筆頭に、百合枝、かおる、恵子、真姫、

雁之介リトミック体操を始める。



清四郎 「それ1,2,3,4,5,6,7,8」


全員  「1,2,3,4,5,6,7,8」



場面転換。今度は発声練習をはじめる。



清四郎 「あめんぼあかいなあいうえお、はいっ!」


全員  「あめんぼあかいなあいうえお!」


清四郎 「うきもにこえびもおよいでる、はいっ!」


全員  「うきもにこえびもおよいでる!」


清四郎 「かきのきくりのきかきくけこ、はいっ!」


全員  「かきのきくりのきかきくけこ!」



  場面転換。続いて筋トレ



清四郎 「はいっ、腕立て伏せ!1,2,3,4,5,6,7,8」


全員  「1,2,3,4,5,6,7,8」


清四郎 「はいっ、腹筋!1,2,3,4,5,6,7,8」


全員  「1,2,3,4,5,6,7,8」


清四郎 「はいっ、スクワット!1,2,3,4,5,6,7,8」


全員  「1.2.3.4.5.6……ひぃ~!」


清四郎 「ラスト、ダアアアアア~ッシュ!」


全員  「とりゃあああああああああああああああああ!」


清四郎 「役者の基本は一に体力二に体力、三四も体力五も体力!体力があって初めて正確な発声と滑舌が生まれる、わかったか!」


全員  「はい!」


清四郎 「では次、早口言葉!ユリさん!」


百合枝 「はいっ!『なまむぎなまごめなまたま……』」


清四郎 「全然ダメー!真姫!」


真姫  「はいっ!『となりのたけやぶたけかけてけ……』」


清四郎 「日本語しゃべれ日本語!幸子さん!」


幸子  「はいっ!『きくくりきくくりみきくくり……」


清四郎 「もっと声出せ声!ガンさん!」


雁之介 『(流暢に)拙者親方と申すは、お立ち会いの中に御存知のお方も御座りましょうが、 御江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて青物町を登りへおいでなさるれば、欄干橋らんかんばし虎屋とらや藤衛門とうえもん、只今は剃髪ていはつ致して、円斎えんさいと名乗りまする。 元朝がんちょうより大晦日おおつごもりまでお手に入れまする此の薬は昔ちんの国の唐人、外郎ういろうという人、我がちょうへ来たり、帝へ参内の折からこの薬を深くめ置き、用ゆる時は一粒ずつ冠のすき間より取り出す。ってその名を帝よりたまわる……』」



  一同驚愕。そのままダンスレッスン。



清四郎 「リズムを身体に叩き込んで!音を聞いて!笑顔!」



  フィニッシュ。全員へたりこむ。



幸子  「はあっ、はあっ、ほ、本当に一週間基礎訓練だけだった……」


百合枝 「はあっ、はあっ、や、役者ってやらなきゃいけないこと、こんなにあるんですね」


雁之介 「ふう~っ、稽古三昧にはなれっこだけど、勝手がちがうとさすがに疲れるね」


真姫  「はあっ、はあっ、こんなに筋トレ、部活でもやってなかったよ~」


かおる 「いや~ん、筋肉痛で足パンパン~」



  健太郎、差し入れを沢山抱えて登場



健太郎 「やあやあやあみなさん毎日稽古お疲れ様~がんばってますか~」


清四郎 「うわ、なにしにきやがったんだよ邪魔すんなボケ」


健太郎 「やだなあ清四郎くん、かわいい弟ががんばってるのを応援してあげるのは兄として当然じゃないか」


清四郎 「(本気で心配して)おいどうしたんだ、何か変なものでも食ったのか?ちゃんと病院行けよ」


健太郎 「まあまあまあ、みなさんよかったら食べてください」


百合枝 「ありがとうございます!」


真姫  「わあ、江ノ島名物『たこせんべい』だあー、あたしこれ超すき~」


幸子  「磯の香りがお口の中に広がって、お茶うけにぴったりですね」


かおる 「う~ん、おいしくって何枚でも食べれちゃう~」


雁之介 「お祝いや贈り物にぴったりだねえ、江ノ島名物たこせんべい」


全員  「(客席に向かって)宣伝乙」


健太郎 「あ、自己紹介が遅れました、清四郎の兄でこの劇場のオーナーをやっております、森野健太郎と申します」


真姫  「オーナーさん?じゃあお金持ちなんじゃん、よ~っく見たらまあまあイケメンだし、あたしちょっと狙っちゃおうかな~」


健太郎 「黙れクソガキ」


真姫  「なあっ!?」


健太郎 「かおるさあ~ん、お会いできて光栄です、あなたのようなご高名な声優さんに出演していただけるとは、劇場オーナーとして鼻が高いです」


かおる 「わあ、ありがとうございます~、うれしいです~」


清四郎 「なるほどお目当てはこれか」


健太郎 「あ、僕のことは気軽に『プーさん』って呼んでください」


かおる 「プーさん?」


健太郎 「僕のあだ名なんです、子供の頃からの」


清四郎 「クマさんです」


健太郎 「プーさんです」


清四郎 「二人合わせて」


健太郎 「CHAGE&飛鳥です」


清四郎 「なんでやねん」


石崎  「アンタらホントは仲いいんじゃねえの?」


かおる 「プーさんだってやだかわいい~」


健太郎 「やだなあかわいいだなんて照れるなあ」


清四郎 「や~いプー太郎~」


健太郎 「何だとコノヤロウ」


かおる 「プ~さ~ん☆」


健太郎 「は~い☆」


清四郎 「うぜえ」


健太郎 「いやいやいや、ご出演されている作品は全部拝見しました、なんでしたっけあれ、女子高のパソコン部4人組の日常をダラダラと描いてるやつ……」


かおる 「『でんおん!』」


健太郎 「あ~それそれ、僕好きだったなああの役、もうの作品でしたっけねえ」


かおる 「(頬ピク)え、ええ」


健太郎 「いや~、あの頃はもう大人気で毎日レギュラーがばんばん入ってましたよねえ、すごかったなあ。最近はぱったり見なくなりましたが」


かおる 「(頬ピクピク)え、ええ」


健太郎 「いやいや、それにしても可愛らしい、もうホントに『アイドル』って感じですねえ」


かおる 「やだ~、ありがとうございます~」


健太郎 「とても四十五歳には見えません」


かおる (頬ピクピクピク)


真姫  「なによあれ感じわる~い!あたしのほうが若くてかわいいっつーの!」


清四郎 「仕方ない、あれはそういう男なんだから」


真姫  「なにそれ~」


清四郎 「あいつは『ロリ熟女』専門だから」


真姫  「『ロリ熟女』?」


清四郎 「いい年してフリフリとかぬいぐるみとかで『かわいい』アピールをしてる女性にたまらなく興奮する性質なんだ」


真姫  「変態だ」


幸子  「変態ね」


百合枝 「変態ですね」


健太郎 「それではみなさん、稽古がんばってくださいね~(去る)」


かおる 「熟女……(また後ろを向いてブツブツつぶやく)」


清四郎 「さ、みんなも俳優の基礎訓練の大切さと大変さはよくわかってくれたと思う。本番までの間もこういった基礎訓練は毎日欠かさず行ってください」


全員  「は~い」


清四郎 「では、明日からいよいよ立ち稽古に入ります。まだ台本を持ちながらでもかまいませんが、決定している役の台詞はなるべく早めに覚えておいて下さい」


全員  「はいっ!よろしくお願いします!」



  一同去る。清四郎、奥の神棚に向かって



清四郎 「弁天さま弁天さま、いよいよ立ち稽古が始まりますが、正直言って不安でいっぱいです。どうか、無事に稽古が進みますよう私たちをお守りください」



  一瞬神棚が落ちやしないかと身構える。落ちない。



清四郎 「ほっ」



  とした瞬間に落ちる。



清四郎 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」



暗転

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