第二場・我らパープー仲間

明転



  長机に椅子を並べて森野清四郎と石崎正一、沢井 めぐみが座っている。石崎正一は清四郎のかつての演劇仲間であり、制作や演出助手などを担当している。通称「ロクさん」とりたてて人目を引く風貌ではないが、穏やかな人物である印象。沢井 愛は舞台監督。黒ずくめの作業着の寡黙な人物。



清四郎 「受験者は全部で……五人か。少ないな」


石崎  「まあ、急な呼びかけでしたからねえ」


清四郎 「これじゃあ『オーディション』って言ったってほとんど来てくれた人をそのまま採用するしかねえな」


石崎  「ところで、一応受験者の人たちからメールとかで経歴を送ってもらってますけど、本当に読んでおかなくていいんですか?」


清四郎 「いい」


石崎  「ほんとに?」


清四郎 「いいよ。先入観のない状態で見たいし、それに……」


石崎  「それに?」


清四郎 「どうせみんな合格だし(トホホな顔)」


石崎  「ですよねえ(トホホな顔)ではお待たせしました、①番の方どうぞ」



  最初の受験者が入ってくる。小柄で眼鏡をかけた女性。台本の他にも何冊か本を抱えている。



百合枝 「よ、よろしくお願いします(緊張している)」


石崎  「はい、よろしくお願いします。ではまず簡単な自己アピールをお願いします」


百合枝 「は、はい!佐藤百合枝です、えっと、あの、鎌倉女子大学英文科大学院一年生です。(とても緊張している)」


清四郎 「はいはい」


百合枝 「…………」


清四郎 「…………」


百合枝 「……え?」


清四郎 「いや、他には?」


百合枝 「ああああ、はい、えっと、あの、なんていうかそのわたわtw☆(ものすごーく緊張している。持っている本を落とす)あわわ、す、すみません」


清四郎 「(苦笑)いやそんなに身構えなくてもいいですよ。オーディションって言っても雑談に毛が生えたようなもんですから。その本はオーディション用?」


百合枝 「あ、いえ、あの、待ち時間の間に読もうかと思いまして」


清四郎 「そんなに?」


百合枝 「い、いえそんなたいした量じゃ。もう読んじゃったし」


二人  「えっ!?」


石崎  「(小声)そんなに待たせてましたっけ?」


清四郎 「(小声)いやあ、三十分くらいだったと思うけど……。大学では演劇を?」


百合枝 「い、いいえ、えーと、あれです、シェイクスピア愛好会に入っています」


清四郎 「へえ、シェイクスピアが好きなんだ」


百合枝 「はい!子供のころからずっと大ファンで、それが高じて大学も英文学科を専攻しました」


石崎  「へえすごいねえ、生粋のシェイクスピアマニアなんだ。どの作品が好きなの?」


百合枝 「『タイタス・アンドロニカス』です!」



  清四郎と沢井ずっこける



石崎  「ふーん、知らないなあ。どんな話なんですか?」


百合枝 「娘がレイプされて証拠隠しに手首と舌を切り落とされた事を知った父親が復讐するために復讐相手である女王の息子を殺してその肉をパイにしてその女王に食べさせる話です。(だんだん饒舌になる)元はローマの詩人セネカが書いた『テュエスティス』という悲劇がモデルといわれていますが、それをシェイクスピアが十七世紀初頭のエリザベス朝の頃流行した残酷劇に仕立て上げたのがこの作品です。そのあまりの残酷性から別作者説も出るほど異色の作品ですが、過ちを犯して破滅する王様やあえて悪行を良しとする悪の化身のような人物など、後の『リア王』や『オセロ』などの悲劇作品の原型とも取れる作風が伺えます。現代ではほとんど上演されることはありませんが、1999年に『羊たちの沈黙』で有名なアンソニー・ホプキンス主演で映画化されています。またアニメの『新世紀エヴァンゲリオン』でアメリカ第七艦隊の戦艦に『タイタス・アンドロニカス』という艦名が使われて……」


石崎  「…………」


清四郎 「…………」


百合枝 「…………すす、すみませんお芝居と全然関係ない話でしたごごごごめんなさい!」


清四郎 「い、いや、シェイクスピアに対する情熱の深さが良くわかりました。じゃあさっそくですが、お渡しした台本から指定してあるシーンの台詞ををちょっと読んでみてください」


百合枝 「(また緊張しだして)はは、はいっ!えーっと(ふざけんなこの野郎と思う位すごい棒読み)『おお、ロミオ、ロミオ、あなたどうしてロミオなの?お父様と縁を切り、ロミオというその名をお捨て下さいまし。それがかなわぬと申されるならば、どうか私を愛するとご宣誓ください……』」


石崎  「…………」


清四郎 「……えーと……佐藤さん、舞台のご経験は?」


百合枝 「あ、ありません」


清四郎 「朗読とか、読み聞かせとかでシェイクスピアをおやりになっていたとか?」


百合枝 「す、すみません、私、映画とかお芝居を見るのは好きなんですけど、自分でやったことはなくて」


清四郎 「はあ」


百合枝 「でも、でも!私シェイクスピアが本当に好きで、一度でいいから自分でシェイクスピアのお芝居に出てみたくて、それにこの弁天劇場がなくなってしまうって聞いたから、せめて思い出作りのためにもと……」


清四郎 「(ちょっと不機嫌に)思い出作り?」


百合枝 「あの……ダメ……ですか?」


石崎  「(あわてて)いやいや、募集要項には『経験不問』って書いてありましたから、大丈夫ですよ~。ほら、クマさん!」


清四郎 「あ、ああ、うん、失礼。結果は後日改めてご連絡します。どうもお疲れ様でした」


百合枝 「あの……ありがとう……ござい、ました……(しょんぼり帰る)」


石崎  「……クマさん、なんでわざわざ 『後日』なんて言うんです?どうせ全員合格するんだからその場で言えばいいじゃないですか」


清四郎 「うん、まあな……」


石崎  「『思い出作り』って言われたからムカッとしたんでしょ?」


清四郎 「いや、別にそういうわけじゃ……」


石崎  「まったく相変わらずそういうところだけはプロ意識が高いというか無駄に生真面目というか……いいじゃないですか別に自分が楽しむためだけに芝居をする人がいても」


清四郎 「わかってるよ」


石崎  「もう昔みたいにそんな理由で劇団員と喧嘩とかしないで下さいよ」


清四郎 「わかったわかったよ……では②番の方どうぞ」


かおる 「(超アニメ声)は~い」



   三人してイヤな予感に包まれる。花咲かおる登場。ツインテールにハイソックス、フリルのかわいい衣装。



かおる 「よろしくおねがいしま~す♡」


清四郎 「ど、どうも、では軽く自己アピールをお願いします」


かおる 「はいっ、高円寺プロダクションに所属しています花咲はなさきかおるです、趣味はフラワーアレンジメント、特技は歌とダンスです。キャッチフレーズは『君のハートにきゅんきゅん☆だよっ』です」



   三人、やや引く



かおる 「過去の出演作品は『まじかるプリンセス☆ミミちゃん』のネネお姉さん役とか、『超機動電磁ロボ・アルファオメガ』のマリーナ姫役とかがわりと有名かなー?あと『ほっとアイスくりーむ』っていうユニットで歌手活動もやってます。あ、去年『どきどきドッキリエリア51』っていうCDドラマが出たので良かったらぜひ聴いてみてくださいねっ。聴いてくれないとかおちゃん激おこぷんぷんだよ~ぷんぷん(決めポーズ)」



   三人、ドン引き



石崎  「わ、わかりましたありがとうございます。えっと……そうですねえ、どうして今回このオーディションをお受けに?」


かおる 「はいっ、私、今まで『声優』っていうジャンルで活動させていただいていましたが、演技者としての自分の幅を広げたいと思いまして、諸先輩方のアドバイスをいただいて、これまで経験の無かった舞台演劇を一から学ぶことにチャレンジしてみようと思い、今回応募させていただきました」


石崎  「なるほど(小声で)意外に受け答えはしっかりしてますね」


清四郎 「(小声)さすがに事務所に所属してプロとしてやってるだけはあるな。期待できそうだ」


石崎  「じゃあ先ほどお渡しした台本から指定してあるシーンの台詞を読んでみてください」


かおる 「は~い。(ふざけんなこの野郎と思う位すごいアニメ声)『おお、ロミオ、ロミオ、あなたどうしてロミオなの?お父様と縁を切り、ロミオというその名をお捨て下さいまし。それがかなわぬと申されるならば、どうか私を愛するとご宣誓ください……』」


清四郎 「…………」


石崎  「…………」


かおる 「えへっ」


清四郎 「あ、ありがとうございました、結果は後日改めてご連絡しますので。どうもお疲れ様でした」


かおる 「ありがとうございました。よろしくお願いしま~す(ルンルンと去る)」


石崎  「……クマさんだからわざわざ後日連絡しなくても」


清四郎 「わかってるって!だけどしょうがないだろう」


石崎  「なにが『しょうがない』ですかもう」


清四郎 「いいから次だ次」


石崎  「はいはい、では③番の方どうぞ」



  冴えない面持ちの女性がふらふらと俯いて入ってくる。鈴木恵子、スーパーの特売チラシの入ったエコバッグを手にしている。どことなく元気がない



石崎  「ではまず簡単な自己アピールなどを」


幸子  「鈴木幸子です、よろしくお願いします……」


清四郎 「…………」


石崎  「…………」


幸子  「…………」


清四郎 「……あの、他には?」


幸子  「は?」


清四郎 「いや、特技とかいままで演じた役とか何かアピールできることがあったら」


幸子  「わたし、特に人に自慢できるような事が無くて……」


清四郎 「はあ」


幸子  「わたし、不器用で要領が悪いもんですからカルチャーセンターで色々やってみたんですけど、どれも長続きしなくて……」


清四郎 「はあ。で、では、どうして今回このオーディションをお受けに?」


幸子  「抜け出したかったんです。今の生活から……」


清四郎 「ほうほう」


幸子  「もう私、うんざりなんです、夫は毎晩残業で帰ってこないし、休みの日は家でゴロゴロしてるだけ。子供も部屋に閉じこもって会話はまったくなし。ただひたすら料理して、洗濯して、掃除して、買い物して、毎日毎日毎日毎日おんなじ日々のくり返し、こんな生活がこの先何十年も続くのかと思ったらもう耐え切れなくて……」


清四郎 「なんか人生相談みたいになってきたな」


幸子  「だからほら、やっぱり『生きる張り合い』っていうか、『刺激』っていうか、なにかこう、非日常的な空間に身を起きたい瞬間ってあるでしょう……」


清四郎 「ふんふんわかるわかる」


幸子  「主婦が浮気とかアルコールにはまるのって、そういうことなんでしょうねえ……」


石崎  「やばいやばいやばいやばいダメダメダメ」


幸子  「そんなこと考えてたら、なんだか不安になっちゃって、そんな時にネットでここの応募を目にしまして……」


石崎  「ひとつ新しいことにチャレンジしてみようじゃないかと」


幸子  「はい、ここの『伝説』は有名ですから……」


石崎  「ああ、『この劇場でジュリエットを演じるとスターになる』って奴ですね」


幸子  「はい……」


石崎  「そうですか。鈴木さんは演劇のご経験は?」


幸子  「ありません……」


二人  「は?」


幸子  「わたし、なにをやっても不器用で……」


清四郎 「ま、まあとりあえずちょっとお渡しした台本を読んでみてください」


恵子  「はい(ふざけんなこの野郎と思う位すごい根暗読み)『おお、ロミオ、ロミオ、あなたどうしてロミオなの?お父様と縁を切り、ロミオというその名……』」


清四郎 「はい、はい!もう結構ですだいたいわかりました!結果は後日改めてご連絡しますので、どうもお疲れ様でした!」


幸子  「はあ、失礼します……(去る)」


石崎  「クマさあ~ん」


清四郎 「言うな、何も言うな!次!」




   今時のギャル風な格好の少女が入ってくる。一之瀬真姫まき、ものめずらしそうに周囲を見回しながら




真姫  「へえ~、劇場の裏側ってこんなふうになってんだあ。あ、ち~っす」


清四郎 「ち~っすっておま……」


沢井  「どうどう(なだめる)」


石崎  「はいはいはいえーと一之瀬真姫さんね、では簡単に自己アピールなどを」


真姫  「えっとお、134号線とこにある『アンジュ』っていう喫茶店でバイトしてる?一之瀬真姫でえす。趣味はあ、ボードとかあ、あとカラオケ?レパートリーはわりと広くてえ、演歌とかも結構歌えますよお」


清四郎 「……先に聞いておくけど演劇経験は?」


真姫  「ないっす」


清四郎 「ねえのかよ!」


石崎  「まあまあまあまあ……」


清四郎 「ロク!お前どういう募集の仕方してんだよ!」


真姫  「なにこのおじさんいきなりキレだして超こわいんですけどお」


石崎  「どうどう、落ち着いて落ち着いて。で、演劇経験がないのにどうして今回オーディションを?」


真姫  「そう!聞いてくださいよ~、アタシも二十歳すぎちゃってもうババアじゃん?親とかも『もういい加減フラフラしてないでまじめに生きなさい』とか言ってくるしい、彼氏?いたんですけどお、こないだケンカしちゃってマジ別れしちゃってえ、そいつから『お前つまんねえ女だな』とか言われちゃってえ、それってマジむかつくじゃないすかあ?だから一念発起とかしちゃってここらで女優デビュー?とかしたらマジいけんじゃね?と思って応募しました」


清四郎 「もうどこから突っ込んでいいのやらマジわからんけどもういいや、とりあえず台本読んでみて」


真姫  「は~い(ふざけんなこの野郎と思う位すごいイントネーション)『おお、ロミオ、ロミオ、あなたどうしてロミオなの?お父様とみどり?じゃねーやえんを切り、ロミオというその名をお捨て下さいまし。それが……あー』」


清四郎 「『叶わぬ』」 


真姫  「『かなわぬと申されるならば、どうか私を愛するとご……ご……』」


清四郎 「『ご宣誓』」


真姫  「『せんせいください……』」


清四郎 「はいありがとうございました、結果は後日(舞台袖に追い出し、石崎をにらんで)ロ~ク~」


石崎  「僕のせいじゃない!僕のせいじゃない!」


清四郎 「はあ、最後の人どうぞ」


雁之介 「へいっ、失礼いたしやす」



  勢い良く入ってくる男性。きびきびと動く好漢。坂上雁之介がんのすけ、ちなみに本名である



雁之介 「坂上雁之介と申しやす。どうかお見知りおきのほどを」


石崎  「はいどうも、では自己アピールを」


雁之介 「へい、あっしは生まれも育ちも東京神田、将門様のお膝元で生を受けやして、三つの頃から芝居三昧、旅から旅への風来坊をはや四十幾年も続けておりやす、チンケな旅役者風情でごぜえやす」


清四郎 「へえそりゃあすごい、俺なんかよりずっとキャリアをお持ちですよ、こりゃ頼もしい」


雁之介 「おそれいりやす。で、この江ノ島弁天劇場さんにも何度かお世話になりやして手前のつたない技芸を披露させていただきやした」


清四郎 「あ~そうでしたか、それはそれはどうも」


雁之介 「で、この度こちらが惜しまれながらも小屋をお畳みなさるというお話を風の便りに聞きやしてねえ、あっしはいてもたってもいられなくなりやして、せめて最後のご奉公にもう一度、あの弁天様のご舞台でなにかお手伝いさせていただけやしないかと、こうしてはせ参じた次第でございやす」


清四郎 「そうですかそうですか!ありがとうございますありがとうございます!あなたのようなベテラン俳優さんにお手伝いしていただけるとはこちらも心強い!ぜひよろしくお願いいたします(深くお礼)ではさっそくですが少し台詞を聞かせてもらえませんか?」


雁之介 「へい。では(ふざけんなこの野郎と思う位時代劇調)『他人の傷跡を笑う者は、あ、傷の痛みを知らぬ奴だあ。まて、あの窓から射し込めるあの光はなんぞや?あの方角は東、さすればジュリエットは、あ、た~いよ~うだあ~』


清四郎 「ちょちょちょちょっとすみません!えっと坂上さん、お芝居を長らくやられていたと」


雁之介 「へい、旅芝居の役者として全国津々浦々廻って参りました」


清四郎 「ちなみにどのようなお芝居を」


雁之介 「一番良くやったのはやっぱり『忠臣蔵』でしょうかねえ、それこそ内蔵助から吉良上野介、浅野内匠頭、堀部安兵衛とあらゆる役をやりました。他には『清水の次郎長』の石松や大政小政もやりましたねえ。あっしは女形は不得手なもんでそちらの方はてんででしたが、殺陣や見栄ならお任せ下せえ」


清四郎 「あー……そうでしたかーあれですね、いわゆる『大衆芝居』っていうやつですね……ははははは」


雁之介 「で、稽古はいつから始まりやすかい?」


清四郎 「あははは、それはまた後日改めてご連絡いたしますのでとりあえず今日のところはお疲れ様でしたあはははは(追い出す)」




  清四郎、石崎、沢井と三人になり気まずい沈黙



石崎  「あの、その、えーっと。どうします」


清四郎 「わーっはっはっはっはっは!」


石崎  「わあびっくりした」


清四郎 「やる」


石崎  「は?」


清四郎 「やる、こうなったらやってやる、素人だろうがギャルだろうが時代劇だろうがやってやる、この面子で、やるぞロクさん!愛ちゃん!」


石崎  「あ~あヤケになっちゃった」


清四郎 「なってない!やるといったらやるぞ!よっしゃ打ち合わせだ行くぞロクさん」


石崎  「はいはい、じゃあいつもの居酒屋でいいですね」


清四郎 「おう、(神棚に向かって)弁天さま、どうか舞台の成功を……」



  言い終わる前に神棚が落ちる。



暗転

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