ライト戯曲・弁天劇場のジュリエットたち

南 群星

プロローグ・第一場……いなせなロコモーション

登場人物


森野清四郎 (クマさん)

佐藤百合枝

森野健太郎 (プーさん)

花咲かおる

稲村慈円

鈴木恵子

坂上雁之介

一之瀬真姫

石崎正一 (ロクさん)

弁天さま

沢井 愛



時と場所


現代の神奈川県藤沢市江ノ電江ノ島駅前にある「江ノ島弁天劇場」





プロローグ



  幕開く。ほとんど素舞台に近いステージ。所々に平台や小道具などが散らばっている。なぜか舞台奥に質素な神棚が祀られている。その神棚の前に女性が一人、うやうやしく礼をしている。ここは神奈川県藤沢市江の島にある小劇場「江ノ島弁天劇場」である。女性は佐藤百合枝ゆりえ、神棚に向かって慇懃いんぎんに二礼二拍手一礼。


百合枝 「弁天さま、弁天さま。この『江ノ島弁天劇場』、ついに、ついに本日が最後の公演となります。どうか、無事に千秋楽を迎えられるよう、お守りください!」



  神棚、ガクッと落ちる



百合枝 「すみませんすみませんすみません」



  百合枝あわてて神棚を直そうともがく。暗転






 第一場




  暗転の中スポットライトが清四郎に当たる。男の名は森野清四郎、この弁天劇場の小屋つき職員にして俳優、演出家である。



清四郎 「本日は『江ノ島弁天劇場』へご来場いただき、まことにありがとうございます。


当劇場の歴史は文政元年、相模の国は藤沢宿、この江ノ島に祀られております弁才天さまへご巡礼に参られた旅の方々をおもてなしするために作られた芝居小屋がその始まりと言われております。


時が下って明治の頃になりますと近代演劇の波がここ江ノ島にも伝わってまいりまして、海外の舞台作品なども上演されるようになりました。特にかの有名なウィリアム・シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』をわが国で初めて上演したのが他でもない当『江ノ島弁天劇場』なのでございます。


日本人初のジュリエットを演じたのは川上音二郎一座の川上貞奴さだやつこ。当時はまだ一介の無名な芸者さんでした。このジュリエット役をきっかけに彼女は瞬く間にその名を広め、ヨーロッパで『マダム貞奴』と呼ばれる世界的な大女優となりました。


続いてジュリエットを演じたのは松井須磨子まついすまこ。まだ俳優養成学校に通う前の話だったそうです。その後も映画女優の原節子や森光子、大竹しのぶや黒木メイサといった後に時代を象徴するような大女優が無名時代にこの劇場でジュリエットを演じ、世界へ羽ばたいて行ったのです。


そしていつしか、この劇場にまつわる『ある伝説』が生まれました。すなわち


『江ノ島弁天劇場でジュリエットを演じた女優は永遠の栄光を得る』


と。以来現在に至るまで、数多くの女優たちがこの劇場でジュリエットを演じてきました。


しかし、その『江ノ島弁天劇場』もついに二百年にわたる歴史に幕を閉じる時がやってまいりました。思い起こせば……」



  舞台袖から森野健太郎がハリセンかついで突撃してくる。森野健太郎、スーツ姿で隙のない着こなし。一人悦に入ってしゃべっている清四郎に容赦なくツッコミ。



健太郎 「すかたーん!」


清四郎 「いてー!」


健太郎 「いつまで遊んどるんじゃこのくそボケがあー!」


清四郎 「なにすんじゃこのバカ兄貴!」


健太郎 「何だとコラ劇場オーナー様に向かって何じゃいその態度は」


清四郎 「ふざけんな、テメーが能無しなおかげでこの劇場が閉館するはめになったんだろーが、謝れ、代々この劇場を守ってきたご先祖様たちと弁天さまに謝れ」


健太郎 「ちっ、うっせーな反省してまーす」


清四郎 「真面目に反省しろゴミクズ」


健太郎 「あー?芝居しか取り柄が無いキモオタニートの貴様にこうして小屋つきの仕事を与えてやった俺様にそんな態度とっちゃっていーの?あ、いーの?そーうじゃあ明日にでももう閉鎖して早速取り壊しますか」(電話しようとする)


清四郎 「おうやってみろやゴルァ」


健太郎 「もしもし解体屋さん?再来月にお願いしてた江ノ島駅の前にある劇場の解体さあ、明日にでもはじめちゃってよ?うん、い~よ~」


清四郎 「まったまったちょっとまてクソ兄貴いやお兄ちゃんいやいやお兄様」


健太郎 「あー?」


清四郎 「まあまあそんなにムキになるなよう。わかってる、ここ数年の劇場の経営状態は確かに苦しかった。八十年代の小劇場ブームの頃に比べれば小屋が予定で埋まる事が少なくなっていってしまったのは営業担当である俺の責任でもある。だからこの「江ノ島弁天劇場」が閉館することに関しては、まあ、仕方がない」


健太郎 「ふん」


清四郎 「だから!だからな、せめてでもこの弁天劇場の長い歴史の最後を綺麗に締めくくれるよう、今こうしてサヨナラ公演の企画を立ててるんじゃないか。これだけは、これだけはやり遂げさせてくれ」


健太郎 「ふふん、反省したか」


清四郎 「反省してまーす」


健太郎 「反省してねーじゃねーかてめーこのやろー」



 二人、ハリセンで応酬



清四郎 「で?」


健太郎 「で?」


清四郎 「どうするんだよ?これから」


健太郎 「今夜はフィリピンパブでジャスミンちゃんとデートだ」


清四郎 「聞いてねえよオメーの予定なんか。劇場だよこの劇場!どうするんだよ?」


健太郎 「うん、まあ一回取り壊すわな」


清四郎 「うん」


健太郎 「更地にするわな」


清四郎 「うん」


健太郎 「マンガ喫茶にしよう」


清四郎 「マンガ喫茶あ!?」


健太郎 「そうだすごいぞ。どこの漫喫にも負けないような蔵書数をほこる神奈川県最大規模のマンガの聖地の誕生だ。あらゆるマンガがよりどりみどりだぞ。『ドラえもん』から『忍者ハットリくん』まで」


清四郎 「めちゃめちゃ狭いじゃねえかなんだよその藤子・F・不二雄縛りは」


健太郎 「『パーマン』もあるぞ」


清四郎 「いらねえよ!だいたいなんでマンガ喫茶なんだよ!今時そんなもん流行らねえだろ」


健太郎 「いいか愚弟よ。この小屋でチンケな仕事しかしていない貴様と違って、この俺様は国立大を出ていくつもの会社を経営している超お金持ちの有能実業家だ。だからこんな場末の土地で金儲けに汲々とする必要はまったくないのだ。どーだくやしいかうらやましいか」


清四郎 「ぐぬぬ」


健太郎 「まあマンガ喫茶がオープンしたら貴様も受付係かなんかで雇ってやろう」


清四郎 「いらんわ、余計なお世話だ!とにかく、サヨナラ公演は絶対にやる。絶対にだ!」


健太郎 「ふーんあっそうがんばってねー」


清四郎 「なに言ってんだよお前も手伝えよ劇場オーナーだろお前」


健太郎 「いやだべんべん」


清四郎 「はあ?」


健太郎 「俺ちゃまは新規事業展開でお忙しいのじゃ。今まではお情けでお付き合いしてやっていたが、もはや俺ちゃまはもう芝居なんてお遊びなどにかまけている暇など無い」


清四郎 「お遊びとはなんだお遊びとは!?」


健太郎 「じゃあ聞くけど役者は?」


清四郎 「これから集める」


健太郎 「スタッフは?」


清四郎 「いつもの面子が手伝ってくれる」


健太郎 「予算は?宣伝は?稽古場のスケジュールは?」


清四郎 「うるさい!とにかくやるといったらやる、絶対にやる!」


健太郎 「そもそも演目は何をやるつもりなのさ」


清四郎 「決まってるだろ、この『江ノ島弁天劇場』最後の公演なんだ。やる演目といったら『ロミオとジュリエット』に決まってるじゃないか!」


健太郎 「え!?」


清四郎 「な、なんだよ」


健太郎 「『ロミジュリ』をやる……?お前が?」


清四郎 「そうだよ」


健太郎 「あんなに『ロミジュリ』を毛嫌いしていたくせに」


清四郎 「い、いいじゃねえかそんなこと」


健太郎 「ふーん、なるほどー」


清四郎 「だからなんなんだよ!」


健太郎 「いやいやいや。なんだな、と」


清四郎 「…………」


健太郎 「ふん、まあ、精々大失敗して大赤字にならないようにがんばるんだな。またお前の借金の肩代わりなんて真っ平ごめんだからな俺は」


清四郎 「おう……」


健太郎 「ただし!」


清四郎 「ん?」


健太郎 「期限は再来月末までの二ヶ月間。そこからは一日も先延ばしできないぞ。もう予定は決まってるからな」


清四郎 「……おう」


健太郎 「ふん。(携帯電話が鳴る)もしもし。あ、ジャスミンちゃん?そうそう僕僕。ごめ~ん今仕事中でさあ~うんうん行く行く行くよ~んきのう約束したじゃ~ん」



  とか何とかしゃべくりながら去る。清四郎、ひとり残されて



清四郎 「よし、やるぞ!」



  と気合を入れたとたんに後ろの神棚がガタッと落ちかかる。清四郎あわてて直そうとてんやわんや。



暗転

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