俺以外のクラスメイトがゲームの世界に行った話

つめえり

ニューゲーム

「絶対に.......ハッピーエンドに、辿り着いてやる............」


「......卒業式....、卒業式までには..........」






 *


 手のひらが真っ赤になっていた。

「手袋…買おうかな」

 霜焼けた手に息を吐きかけながら、教室へと入り、自分の席へと向かう。

 登校してすぐにコートを脱がなければならないのは、この時期は少し辛い。校則だから仕方の無いことだが。外は雪が降っていて、コートと学生鞄が少しだけ湿っている。小学生の頃から使っている小さな傘では、十分な守備はできなかったようだ。

「おはよう、佐々木くん」

 後ろの席から景気の良い、それでいて落ち着いた声で名を呼ばれる。

 滝 龍介たき りゅうすけ。小学校の頃からの友人だ。頭の回転が早く冷静な奴だが、話してみると口調や人当たりは柔らかく、付き合いやすい性格をしている。

「おはよう、龍介」

「今日も寒いな」

「まだ一月始まったばっかだから、もっと寒くなるよな」

「春が待ち遠しい」

「その頃には俺たちも卒業だな……」

 春、三月上旬。俺たちはここ、翠葉みどりば中学を卒業する。

 俺をいれて全員で十四人。俺の住んでいる街は決して都会とは言えないが、とてつもなく不便を感じているというほど田舎でもない。ただ学校は年々生徒数が減ってきているらしく、いつ廃校になってもおかしくないとも言われている。

 まあ、もうすぐ卒業する俺にとってはどうでもいい話だが。

「さ、佐々木くん」

 ふと高い声が隣からかけられ、軽く肩が跳ねる。

「な、何…? 高田たかださん」

 声のした方には、少し俯きがちな高田さんがいた。彼女は高田 桃音ももね。黒髪セミロングの似合うクラスのマドンナだ。というか俺はそう思っている。見た目が可愛いだけでなく、料理や裁縫、運動までできるハイスペック美少女だ。前に龍介に同意を求めたが「好みじゃない」と一蹴されてしまった。

「えっと…、佐々木くんは、アレルギーとかって、あったりする?」

「アレルギー? どうして?」

「あ、えーっと深い意味はないんだけど、ちょ…チョコレートとか…」

「えっ」

「あっ、チョコっ! 食べれますか…!?」

「は、はい! 食べれます!!」

 高田さんの顔がほんのり紅潮している。恐らく俺も同じような顔色をしていたと思う。彼女は「それだけ、聞きたかっただけだから。ありがとう」と言って自分の席へと足速に戻っていった。

「なあ…龍介。脈ありって思ってもいいよな?」

「チョコってことはバレンタインにもらえるかもね」

「いや、心の準備が……」

「はは」

 頭を抱える俺を見て龍介は冷めた目で乾いた笑いを溢した。そのあと小さな舌打ちをして「調子に乗るなよ…」と小声で呟いたのは聞こえなかったことにしておこう。




「ねえ〜せんせー遅くなーい?」

「ああ。授業開始時間から十分以上経過している」

 一限目の開始チャイムがなってからしばらくして、教室内で声が上がった。ギャルっぽい口調の方は青井 乃愛あおい のあ。真面目そうな方は森園 明里もりぞの あかり。この二人は性格と口調がまんま一致している。見た目に関しては、森園の方が何故か高めのツインテールという髪型なのが昔は気になっていたが、今ではもう慣れてしまった。青井の方は外見もギャルっぽい感じだ。

「確かに遅いね…、私呼んでこようか?」

 高田さんが周囲に聞こえるように問いかけると、一番後ろの席に座る田之上 翔たのうえ しょうがスマホをいじりながら口を開く。

「おいおいなんでだよ。こういう時せんせー呼びにいくのは週番の役割だろー? なあ?」

 その言葉で、クラスメイトの視線が一斉に俺を刺した。

 今週の週番は俺だ。

「……行くよ」

 俺は周りと目を合わせたくなかったため若干斜め下を見つめながら席を立った。

「さっさと行けよなノロマ」

 未だスマホから目を離さず、田之上が言う。こいつは中学からの同級だが、素行も口も悪く価値観も合わないため普通に嫌いな部類の人間だ。

「そんなこと、言わないで良いじゃん」

 田之上の心無い言葉に、高田さんが声をあげてくれる。本当に彼女は優しい。でも田之上なんかに高田さんが目をつけられてしまったら大変だ。俺は「大丈夫気にしてない」と、高田さんに聞こえるように言ってから、教室を後にした。



 職員室に行くと、一限担当の先生は自分のデスクに座っていて、俺の姿を確認すると目を丸くしていた。普通に時間割を勘違いしていたらしい。

 俺は先生に「急いで準備して向かうから、先に教室戻っていて」と言われ、再び来た道を歩いた。廊下の窓からは外の雪景色がよく見える。積もったら帰るの大変だな……。

 簡易的な雪見をしていたらいつの間にか自身の教室の前に辿りついていた。

 扉に手をかけ、横にひく。

 次の瞬間、俺の目に映ったのは、信じがたい光景だった。

「な……、え…?」

 それは、誰一人として存在しない、無人の教室だった。

 時が一瞬、止まったような気がした。

 すぐにはっとし、教室の外に出る。そうだ、室名札!教室を間違えただけかもしれない。そう思ったが、そこにはしっかりと『三年一組』の文字が掲げられていた。

 俺の、俺たちの教室に間違いない。

 だったら、みんなは何処へ……?

 こんなドッキリとか仕掛けるような奴らじゃない。そんな協調性持ち合わせてないはずだ。

 しばらくして教材を抱え先生が歩いてきた。教室の外に佇んでいる俺を不思議に思っただろうが、教室内を見て、俺と同じような反応をしていた。

 その後、学級閉鎖のような形となり、しばらくの間学校は休みになった。

 いなくなった俺以外の三年一組の生徒十三名は、未だ行方不明。警察も捜査をしているらしいがまったく手がかりがなく、世間ではオカルト的な噂も多く流れた。俺はというと、外を歩けなくなった。クラスメイトの家族やら友人たちに捕まり、質問攻めにされるからだ。みんな必死なのだ。すこしでも手がかりが欲しいと。俺は「警察に話したことが全てです」とだけ残し、家に引き篭もるようになった。どうしてクラスのみんなが失踪してしまったのかよりも、どうして俺だけ残されたのかと言うことばかりが頭を埋め尽くしていた。



 事件から約一週間後。

 夢を見た。何故夢だと分かったかというと、全体的にがあったからだ。

 俺の部屋だが、どうも物が多い。というより、明らかに俺の趣味では無い桃色のぬいぐるみなどが俺の机に置いてある。そしてどうやら俺は自分の机に向かって座っているようだった。目の前にパソコンがある。俺はよくパソコンを使う。物心ついた時には既にタイピングをしていたくらいパソコンと歩んできた時は長い。机の上はパソコンとキーボード、マウス、マイクなどが設備されている。パソコンは起動していて、何かのゲームソフトが起動しているようだった。

 部屋が薄暗いためか、やけにパソコンの明かりが眩しいと感じる。

 画面には『ニューゲーム』と黒地の背景に白文字で綴られていた。ここをクリックすればいいのか……?やけにリアルな夢だな……。

 と、そこであることに気付く。

 ___手が動かせない。いや、手だけじゃない。足も、視線すら動かせない。夢の中だからか、瞬きもできない。こんなにも意識ははっきりしているのに。

 混乱していると、ポンッという小さな機械音が耳に響く。ここで自分がヘッドフォンをつけていることに気づいた。ニューゲームの文字の下に、マイクの絵が浮かび上がった。

 もしかして、音声入力システムのゲームなのか……?珍しいな。しかし体が動かせないということはそういうことなのだろう。小さく、「あー」と声を出してみる。首から上は視線以外動かせるのか。なんというかVRに近いような気がする。実際にやったことがないから分からないが。首を少し動かせても視線は強制的に画面を見てしまう。強引なゲームだ。俺は溜息を吐くと、マイクに向かって言い放つ。

「ニューゲーム」

 俺の声を認証すると、高音のSEが鳴り、画面が切り替わる。

 そこには、真っ白な部屋があった。

 そして___失踪した十三人のクラスメイトたちがいた。

 え……なんで、…いや、夢だから、そういうことも……ある、よな……。

 全体が見渡せるような定点カメラからの視点のようだ。

 彼らはこちらの存在に気づいてはいないようで、全員俺に背を向けてある方向を見つめている。その視線の先にいたのは、大きなてるてる坊主だった。4、5歳の子供くらいのサイズ感だ。その場にいる全員が、その異質な物体に目を奪われていた。

 すると突然、そのてるてる坊主が宙に浮き、言葉を発した。

『やーっとみんな揃ったね〜! 待ちくたびれたよ〜! さ、___ゲームを始めよう』

 

この言葉が、地獄の始まりだった。

 彼らにとって、そして、俺にとって。





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