第14話 色仕掛けで焼き切る
エイヴァは今回の事件の火消しに奔走した。
まず、記憶を奪うことになってしまった男性は、もともと魔塔に記憶を消去してもらう依頼をしに来ていた。しかし高額で依頼を諦め、帰宅しようとしたところをクコットに無償で良いから中継点にと提案されており、共謀ということで解決。
ミモザにはクコットとともに謝りに行った。マーガレットやその他、娼館の女性たちにこっ酷く叱られたが、結局ミモザには傷ひとつないこと。それからエイヴァがお願いを聞いて回っていたことが効いて、1週間程度2人で奉仕をすることで水に流してくれることになった。(エイヴァはここぞとばかりに巻き込まれた)
そういうわけで事件の被害者はいなくなり、事件そのものが消失したのだが。すっかりアンティラスに怯えさせられたクコットは落ち着かず、毎日エイヴァの元で啜り泣くのだった。どうやらアンティラスは被害者が許しても自分は許さないという旨を伝えてきたらしい。
(そんなこと言われたらいたいけな女の子はビビるに決まっているでしょ……)
おかげでエイヴァが事件を無かったことにするために奔走するはめになったのだが、事件が無かったことになってもアンティラスをどうにかしないことにはクコットは落ち着かなさそうだった。
しかし、アンティラスをどうすれば良いというのか。
「ラスくんはただ真面目なだけだから、人を傷つける悪いことをしたら、その人が許してくれても自戒し続けなきゃならないって意味で言っただけだと思う。だから捕まるとか、心配しなくていいよ」
「それは、もちろん悪いことをしたので自分を戒め続けるつもりです。でも、あの人に一生監視され続けるのは違うと思いませんか? 外に出るたび、あの人に見られているかもとか、知らない間に見つけられて監視されているかもと思うと恐いんです。見た目を変えても仕草や息遣いで分かると言われて……」
エイヴァは心の中で唸った。
怖いって言っておいたのに。エイヴァが怖いと言いながら恐れていなかったから、みんなも大丈夫だろうと思ったのだろうか。そんなことを言われたら恋の熱も冷めるというもの。いっそのことクコットが頭のネジの外れた女性だったら歓喜したかもしれなかったが。
アンティラスとしてはこれだけビビってくれたのたら万々歳かもしれないけれど、助けを求められたエイヴァは悩まされている。このまま放っておくのはあまりにも可哀想だ。
(私が一肌脱ぐしかないかぁ)
***
「相談に乗ってもらいたいんだけど」
エイヴァは丸い透明な水晶ごしに映る友人、シャーロットにそう切り出した。この水晶は魔法玉といって、離れたところにいる人物と意思疎通ができる代物だ。
「直接話しに来ないのは私に心を読まれたくないから? ということはグレンラグナ殿関連かしら」
本当に、この友人は分かってくれすぎる。
「まぁそういうことなんだけどさぁ……」
エイヴァはかいつまんで現在起こっていることを話した。具体的な人物が分かりそうな言葉は避けたので説明が分かりにくかったかもしれないが、シャーロットは正しく理解してくれた。
「あの方に忘れさせるなんて可能なのかしら?」
「さすがにもう魔法は使えないから、気を紛らわせるしかないかなと思ってるんだけど」
「どうやって?」
「色仕掛け」
魔法玉からうふふ、と上品な笑い声が漏れる。
「自分に惚れてる男に色仕掛けなんて、悪い女ね」
「乗ってくれると思う?」
「どうかしらね。あの方、公私混同しないでしょう」
だよなぁ、とため息を吐く。
「でも、やり方次第かもね」
「ほんと!?」
エイヴァは前のめりになった。さすがシャーロット! だからこそエイヴァはシャーロットに相談したのである。
「どろっどろにしてやればいいのよ」
……雲行きが怪しい。
「頭の中がプツッとキレるまでベッドで貪り合いなさい。そうしたら他の女のことなんてどうでも良くなるわ」
「なんか思ってたアドバイスと違う……」
「色仕掛けするんでしょう? それくらいやらないとあの方は落ちないわよ」
「蛮族すぎない?」
「理性があったら色仕掛けなんてできないわ。諦めるのね」
「ぐうぅぅぅ」
もっともなことを言われて唸る。理性があって踏み込めないなら、理性を飛ばすために酒でも飲むかという考えに行き着いた。
1人で飲むのはおかしいので、アンティラスにも酒を勧めて……と考えていると、シャーロットに問いかけられた。
「というか、彼を受け入れる覚悟、したの?」
「……まぁ、ね」
たっぷり数十秒考えてから答えた。
したといえばした。していないといえばしていない。アンティラスのことを好きかどうかと聞かれたら、好きだと答えられる程度には自覚している。けれど付き合うのかと聞かれると答えられないのが現状だった。
「貴方の気持ちは分からないではないけれど。早いところ決着をつけた方が良いと思うわよ。まぁ、わたくしは必ず貴方の味方になってあげるから、好きなようになさいな」
どんなことがあっても味方になってくれる人がいることがどれだけありがたいか。エイヴァはじぃんと熱くなった胸を抑えて「ありがとう」と感謝を伝えた。
「お礼は成功してからで構わないわ。必勝のアイテムを贈呈してあげるから、頑張って♡」
シャーロットは最後に不吉なことを言って通信を切った。
***
エイヴァはこの間の事件について話したいことがあると言ってアンティラスを家に呼び出し、お馴染みのダイニングキッチンに通した。机の上には簡単な食事と酒を用意。グラスに赤ワインを注いで乾杯し、しばらく他愛無い話をして自分に酔いが回ってくるのを待った。
ボトルを5本空けたところでいつもより身体が重くなり、頭も鈍ってくると、エイヴァはようやく本題を切り出した。
「この間の事件、“被害者がいなくなった”ことは知ってるよね?」
アンティラスはただ「えぇ」と頷いた。真面目な顔だ。
「じゃぁ、ぜーんぶ忘れてくれない?」
2拍の間にアンティラスはどれどけの思考を巡らせたのか。
「……できません」
だろうな、と思ったエイヴァは当初の予定通り色仕掛けで落とす作戦に移行した。
「……じゃ、私が忘れさせてあげるね」
アンティラスはまた記憶でも抜かれると思ったのか、警戒を強めて剣気を纏った。
エイヴァはくすりと笑い……瞬く間にワープした。
「!?」
ワープ先はアンティラスの膝の上。対面で跨り、腰を落とす。そうして彼の胸に手を当てた。
「……恋人でもない異性の上に跨ってはいけないのではありませんか?」
冷静な声が出ているが、手から伝わってくる鼓動は驚くほど速い。
「恋人ならいいんだから大丈夫」
一瞬だけ目が見開かれる。
「……酔っていらっしゃるんですか?」
「酔ってるけど、素直になるために飲んだから。お酒のせいじゃないよ」
「貴方をそうさせたのは先日の事件と関わりが?」
どうやら今までアンティラスを避け続けてきたエイヴァが突然態度を変えたので疑心暗鬼になっているらしい。
きっかけはクコットではあるが、気持ちはずっと前から同じだ。むしろどんどんアンティラスのことが可愛く見えてきているので困っているくらいである。
しかしアンティラスにその気がないなら引き下がろうと、エイヴァは腰を浮かした。
「ラスくんはもう私のこと好きじゃないんだね。だったら……」
「違います!」
「ひんっ」
引き止めようとしたアンティラスに腰を掴まれ、エイヴァは思わず声を上げてしまった。自分でも変な声が出てしまったことが恥ずかしくて、髪を寄せて赤くなった顔を隠しながら呟く。
「ちから、つよすぎ」
アンティラスの顔がみるみるうちに真っ赤になる。色の白い人だから、耳まで赤くなってしまっているのが愛おしかった。
「す、すみません!」
両手を顔の横に挙げて無実を訴えるアンティラス。
エイヴァはいたずらっぽく笑って、アンティラスの耳の後ろから金糸のような髪を指に絡めて梳きながら、彼の耳に唇を寄せた。
「だいじょうぶ。ラスくんの好きにしていいんだよ」
目を合わせて微笑む。
「ベッド、連れてって」
アンティラスは唇を引き結び、無言でエイヴァを抱いて寝室まで連れていくとベッドに寝かせた。
「……酔っていらっしゃるからですよエイヴァさん。寝て、目が覚めたら、またお会いしましょう」
酔ってなんかない。……いや、酔っているが、判断力が鈍る程ではない。身体の感覚だってしっかりしている。
この堅物騎士様め。角なる上は。
「服、脱がして。これじゃ、寝づらいから」
両手を上げてひらひらさせる。アンティラスは仕方がないといった様子で、エイヴァの服を脱がしてくれた。
「!!」
途端、アンティラスが固まった。
「どうかなぁ。普段はあんまりこういうの着ないんだけど……」
エイヴァが身に着けているのは真っ赤なレースの下着だった。言わずもがな、シャーロットが送ってきたものである。
送られてきた当初は、なんて大胆なものを送ってくるのだと驚き呆れ、クローゼットの中にしまい込んだのだが。いざ当日となり、やっぱり同じ堅物騎士様を落とした親友のすすめだからと着てみた。
しかしアンティラスの反応はいまいちだ。じっとこちらを見つめたまま何も言わない。
(に、似合ってないよねぇ)
だんだん恥ずかしくなってきたエイヴァは真っ赤になって髪を寄せて顔を隠した。
「そんなにいっぱい見ないで……ちょっと、恥ずかしいよ……ッ!?」
両手首を掴まれ引きはがされると、顔の横に固定された。
いつの間にかアンティラスが馬乗りになっている。
「……絶対、後悔しないでくださいね」
「!?」
そうして貪るようなキスをされた。
さすがは百戦錬磨のシャーロット。彼女の策は適格だったらしい……なんてことを考える余裕はなく。
アンティラスの唇が口、顎、首、鎖骨……と下がってくにつれて身体が感度を増していき、熱くなってくる。けれどそれ以上に彼の唇が、触れてくる手が熱く。熱を意識すると余計に敏感になってしまい、おかしくなってしまいそうだった。
でも、まだエイヴァにはやらなければならないことが残っている。
膝裏に手が添えられて足を持ち上げられ、ぐっと彼の身体が近づいてきた。
今だと思って魔法をかける。
「……ゥン!?」
思わずといった様子でアンティラスが熱い息を吐いた。
「な……に……?」
落っこちそうなくらい大きく見開かれた目が、エイヴァを見降ろしている。
「私の感覚とラス君の感覚を繋げてみたの。どう? 私の感覚……分かる?」
アンティラスをどろどろに溶かすことを目標に掲げた時、明らかな体力差をどうにかせねばならないと思って講じた策だ。女性と男性では回数が違うともいう。そんなのフェアではないから、いっそのことこっちの感覚をアンティラスに転送してしまえというのがエイヴァの考えだった。もちろん、アンティラスの感覚がエイヴァに伝わることはない。そんなことをしたら確実にエイヴァはものの数十分で気絶するだろうからだ。
アンティラスが頭を下げる。記憶を奪ったときのように勝手に魔法をかけたから、また怒らせちゃうかな、とエイヴァは不安になったのだが。
「……こんなに気持ちが良いと思ってくださっているんですね」
ふっと笑われ、腹がきゅっとした。アンティラスが思わず身もだえる。
「あぁ……もう、まずい……ッ」
血管の浮いた逞しい腕が顔の横に突かれ、ベッドが軋んだ。ふーっふーっという荒い息に、こちらを見つめる瞳はギラついており、飢えた獣のよう。
甘さなんて、美しさなんて、これっぽっちもない。
ぞっと背中を走ったのは、恐ろしいくらいの興奮だった。
これからめちゃくちゃにされる。分厚い筋肉に押し潰され、熱い唇に貪られ、助けを求めても頭が焼き切れるまで、止まらない。
震える手で外側からアンティラスの手首を掴んだ。
「や、優しくしてね……?」
不安そうな顔がアンティラスの加虐心を煽ったのは言うまでもない。
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