第13話 笑顔が似合う騎士様
(つけられている。1人……うまく気配を消したつもりなのだろうな)
騎士団の訓練が終わり、帰路に着いたところでアンティラスは己の背後をつける者を知覚した。魔法でうまく気配を消しているようだが、アンティラスにはその魔法を感じ取ることが出来る。エイヴァが気配を消す時のように、いくつもの魔法を駆使しなければアンティラスには通用しない手だ。これは術の未熟さではなく実践経験の差だろう。
このまま無視をして屋敷に帰っても良いが、万一グレンラグナ家を狙う者であったら困る。早々に方をつけておくべきかと、アンティラスは近場の角を曲がり、瞬く間に移動して己をつけていた者の背後をとった。
黒いローブを頭からすっぽりかぶっている。身体の小ささや手足の細さから、おそらく女性だ。
「もし、お嬢さん。私にご用ですか?」
「ひぃっ!?」
後ろからそっと声をかけると短い悲鳴を上げられた。たった今まで追いかけていた相手が真後ろから声をかけてきたのだから当然か。
「驚かせてしまいましたね。しかし、どうして私をつけていらっしゃるのか気になってしまって。理由をお聞かせいただけますか?」
問いかけるとその人物はフードをとった。やはり女性だ。長い黒髪を下の方で2つに結えており、眼鏡をかけている。色白で口も鼻も小さく、バランスの良い顔立ちだった。
この女性にアンティラスは会ったことがあった。武具のメンテナンスのために時折魔塔からやってきている魔術師だ。
「もしや、魔塔の魔術師様ですか?」
女性は「知っていてくださったのですね」とはにかんだ。
「実は、その……貴方様にお伝えしたいことがありまして、失礼だとは思ったのですが後をつけさせていただきました」
「私に伝えたいこと、ですか。長くなりますか? どこか座れるところを探しましょう」
促すと彼女は頷いてついてきた。警戒心がないので何かを企んでいるとは思えないが、わざわざ気配を殺していたのでアンティラスは油断しないよう気を張った。
少し歩いたところに広場があり、噴水があったのでハンカチを敷いて女性を座らせた。女性はぽっと顔を赤らめて礼を言った。
「お名前をうかがっても?」
「クコット・ハスマリーです」
「ハスマリーさん。私に伝えたいこととは何なのですか?」
「それはあの人の……エイヴァさんのことです。エイヴァさんは貴方様が思っているような人ではありません。自分勝手で、貴方のことだって何とも思っていない、薄情な人なんです」
「貴方は私がエイヴァさんをどう思っているのか知っているのですか?」
え、とクコットは不思議そうな声を出した。
「私は誰にも彼女の話をしたことがありませんので、どうして『貴方が思っているような人ではない』と言い切れるのかと疑問に思ったのです」
「それは、はっきりとは、存じ上げませんけれど。きっと、あの人の魔術師として認められているところとか、気さくで壁がないところとかを好いていらっしゃるのかと思って。それはあの人の一面にすぎないということを知ってもらいたくて」
「お気遣いいただき、ありがとうございます。しかし、ご心配には及びません。多面体で良し悪しあるのが人間ですから、エイヴァさんだって私の知らない顔を持っていることは理解しています。もちろん、それは私にもいえることですから、彼女を失望させないよう努めねばならないと思っています」
クコットは「えぇと」と言葉を探した。
「貴方様は、立派ですね。どんなに悪い面を知っても、あの人への熱が冷めることはないとおっしゃるのですか?」
「そんな気がします。エイヴァさんは完全悪にはなりきれないと思っていますし、案外情に流されやすい方ですから」
エイヴァのことを語るアンティラスの表情は喜びに満ちている。自分では気づいていないが。ただ、クコットの表情が変わったことにアンティラスは気づいた。
「誰が現れても……? 貴方様に、本当の運命の相手が現れても……?」
頭を何かが燻らせようとしている気がする。これは魔法で頭の中をいじられている感覚だ。シャーロットのように劇的だが成す術なくどうにかされているわけでも、ましてやエイヴァの時のように分からないくらい巧みでもない。しかしつたないわけでもないところが惜しい。相手がアンティラスでなければ成功していただろうに。
「私の運命の人はエイヴァさんであってほしいです」
クコットは目を見開く。
「あれ……忘れてない……? 変わってない?」
小さなつぶやきはもちろんアンティラスの耳に届いている。察するにどうやら記憶を消す魔法の類や心を変える類の魔法をかけられそうになったらしい。
(そういえば、先日ミモザという女性がかけられた魔法も記憶を操作するようなものだったな)
事件整理をしたアンティラスは、真犯人の狙いはミモザではなかったという結論に達している。そしておそらく狙いの対象は自分、もしくはエイヴァだということも。
しかし、このタイミングでクコットが現れたのは偶然ではない気がすると、アンティラスの経験が言っている。真の狙いが自分だと仮定すれば全ての辻褄が合うからだ。
実は、女性に狙われたのは1度や2度ではない。アンティラスを狙う者は、1にごろつき、2に魔術師の女性、そして3に貴族といったラインナップである。
「悪戯するのがお好きなのですか?」
それとなく伝えると理解したらしく、頭の中のもやもやが無くなった。聞き分けが良いらしい。しかし自分にどうこうするだけなら許せるけれど、一般人にまで手を出しているとなると見過ごせない。
「私にこれくらいの悪戯をする程度なら構いません。しかし他の方を少しでも害しているようなら、逃しはしませんよ。たとえ被害に遭われた方が許しても。その際はお顔、しっかり覚えさせていただきましたので、お伺いいたします。あぁ、魔術師さんですので念のためお伝えいたしますが、魔法で姿を変えても分かりますからね。貴方の息遣い、表情の使い方、心臓の音、言葉の抑揚、全て覚えましたので」
にこりと微笑むアンティラスには脅したつもりはなく、ただの忠告であり、宣言だった。けれどもクコットには脅しにしか聞こえず、真っ青な顔をして震えた。人を褒め優しく接する際の笑みと変わらない笑みを浮かべているその表情さえ恐ろしいことを、アンティラスは知らない。
恐怖に耐えきれなくなったクコットは立ち上がり、アンティラスに背を向けて逃げようとした。しかし腕を掴まれてしまう。
「逃げるのですか?」
アンティラスにとってはただの確認。クコットにとっては咎められているのと同義。
クコットは必死にアンティラスの腕を振り払い、全力で逃げ出したのだった。
***
研究に没頭しすぎていつもより遅い時間に帰ることになったエイヴァは、はふぅと周りにまで聞こえるくらい大きな息をついて魔塔の1階を歩いていた。外に出たらワープを使って一瞬で帰ろうかな、などと画策する。
もうすぐ出入り口、というところまで来ると。外から誰かが飛び込んできた。
わっと声を上げて飛び退くと、黒いローブを着た人物はエイヴァの脇を通り過ぎ、そしてぴたりと止まった。
ゆっくりこちらを振り返ったその人物はクコットで、今にも泣きそうな顔をしていた
(あちゃぁ。振られちゃったかなぁ。魔法も上手くかけられなかったんだろうな。こっちに噛みついてこないといいけど)
面倒ごとに巻き込まれたくないので、気づかなかったふりをして帰ろうとした。けれどそんなエイヴァの背中に衝撃が走った。
「うわ!? 何!?」
クコットが飛びついてきたのである。エイヴァの背に張り付き、ローブを掴んで啜り泣いているらしい。
「あーらら。上手くいかなかった? 大丈夫?」
仕方がないので後ろを振り返って確認すると、クコットは涙に濡れた顔を上げて言った。
「た、助けてくださいエイヴァさん! このままだと私はアンティラス様に殺されちゃいます!」
「えぇ!?」
男を落とそうとしていたはずなのに、何をどうしたらそうなるのかとエイヴァは首を傾げた。詳しく聞こうにもクコットは泣くばかり。
(ちょっとラスくん。一体全体何をしたらこうなるのよ)
エイヴァはひとまず泣きじゃくるクコットを正面から抱きしめて、背中をぽんぽん叩きながら問いかけた。
「うち来る? あったかいお茶くらいしかご馳走できないけど」
こくり、とクコットが頷いたので、エイヴァはクコットを連れて自分の部屋にワープしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます