第11話 性別が逆ならうまくいっていたかもしれない
潜入捜査をしている間、エイヴァは娼館の人々から雑用や相談をすすんで受けていた。エイヴァなりの等価交換のつもりだったのだが、男体で行っていたのがいけなかった。
「エイヴァ〜荷物運んで♡」
「はいは〜い」
魔法があれば重い荷物もなんのその。
「やぁん! 怪我しちゃったぁ。エイヴァぁ」
「はいはい。治してあげるからこっちおいで」
魔力を神聖力に変えれば些細な傷も治せてしまう。
「抱っこしてエイヴァ♡」
「私もおんぶ!」
「次は私〜」
「君たち! 魔法で身体が軽くなる感覚が面白いだけでしょ! というか僕に群がらないでよ」
エイヴァがやってくると、周りには女性たちがわらわらと集まった。女性たちはぴっとりエイヴァの身体にくっついたり頭を撫でたりキスをしたりやりたい放題だ。曰く、男の見た目で中身は女のため、気安く接するのにちょうど良いらしい。しかしアンティラスは数人“本気”がいることを確信していた。明らかにエイヴァを見る瞳がうっとりしているのである。
(同性まで虜にしてしまうなんて)
アンティラスは心の中で唸った。今は女体だからか、他の積極的な女性たちに負けたくないという気持ちが湧く。
「エイヴァさんは私のお客様です!」
女性たちをかき分けてエイヴァに飛びついた。女性に優しくいつでも紳士に、とは言っていられない。そうして遠慮をしていたらこうなってしまったのだから!
絶対に渡さないという気持ちでぎゅっとエイヴァに抱きついていると、優しく頭を撫でられた。
「ラスちゃん可愛いねぇ。お部屋行く? 2人きりがいい?」
恥ずかしくなってきて遠慮がちにこくりと頷くと、エイヴァは手を引いて部屋まで連れて行ってくれた。
「ふぅ。彼女たちはいつも元気だなぁ。部屋を借りさせてもらっているかわりにお願いを聞いているけど、結構大変だ」
部屋に入ったエイヴァはどさりとベッドに座って息を吐いた。アンティラスが知る限り、エイヴァはずっと彼女たちの相手をしているので疲れるのも無理もない。
「マッサージでもしましょうか?」
「お願〜い」
エイヴァがごろんとうつ伏せに転がったので、アンティラスは馬乗りになってエイヴァの背中を揉み始めた。
「ラスちゃん上手だねぇ。お嫁さんにほし〜」
女性だったらこんなに簡単にお嫁さんにしてもらえるのか! とアンティラスは思った。そしてもし自分が女性でエイヴァが男性だったとしても、エイヴァを伴侶にしたいと思うだろうとも。
エイヴァには頼り甲斐がある。優れた魔法が使え、国家組織である魔塔の魔術師。主導もできれば後方支援も得意で、思いやりもあって信頼も厚い。さらに見目愛らしいとくれば、放っておくのはもったいない。
となるとやはり問題は自分の方にあるのだとアンティラスは考える。
「エイヴァさん。私に足りないのは何でしょうか?」
「ラスちゃんに足りないところなんてないよ。むしろ溢れてるくらい」
「ではどうして私ではいけないのですか?」
「私の方の問題だからだよ。だからラスくんはそのままでいいの。そのままのラスくんを受け入れてくれる人を見つければ良いだけ」
願わくばそれはエイヴァであってほしい。
(しかし、エイヴァさんは私を受け入れてくれないわけではなさそうだが)
こうして無防備な背中を晒しており、一夜だって共にしているのだから。ではエイヴァが言う問題とは何なのだろうかとアンティラスは考える。
「ありがとうラスくん。もう良いよ」
マッサージを止めるとエイヴァは身体を起こし、枕を挟んでベッドボードに身体を預けた。
娼館の女性たちを見習ってエイヴァの隣に身を寄せぴっとりくっつくと、背中に腕が回ってきて頭を撫でられた。
「甘えん坊さんなの? 可愛い」
優しい笑顔に胸がきゅうっとした。撫でられるのが気持ち良い。もっと触ってもらいたい。もっと、近くで。
アンティラスは足を投げ出していたエイヴァの上に馬乗りになって向かい合った。
「……こらラスちゃん。恋人でもない男の人に跨るんじゃありません」
少しだけ怒っているような、無表情。
「もっとエイヴァさんの近くにいたいのです」
「ダメです。降りて。襲われちゃっても知らないから」
「……襲うのは私かもしれませんよ?」
首を傾げて見せるとエイヴァは声をあげて笑った。
「襲っても良いけど、私が本気で抵抗したら怪我するのはそっちだからね?」
「そうでしょうか。私はこれでも国家騎士団長の座に着いている身です。女性1人くらい、簡単に組み敷いてしまえますよ」
甘い! と声を大きくしたエイヴァが指を鳴らすと、彼女の身体は元の女体に戻った。自身も身体の変化を感じ、男に戻ったのだと実感するのと同時に、エイヴァに飛びつかれてアンティラスは後ろ向きに倒れ込んだ。
「ほら見ろ! 私の勝ち!」
得意げに笑う彼女を愛おしいと思う。なんて可愛い悪戯なんだろう。
「ふふ。すぐに逆転できますよ」
「私、気づいたの」
エイヴァを退かせようと彼女の身体に伸びたアンティラスの手が止まった。
「何に気がつかれたのですか?」
「ラスくんって、弱体魔法耐性というか、魔法耐性強めでしょう? それって、貴方が魔術師まがいのことをしているからじゃないかって。意識下なのか無意識下なのかは分からないけど」
「魔術師まがいですか?」
「そう。ラスくんってけっこう魔力量多いでしょ? それから誰かに魔力操作能力も高いって言われたことない?」
幼少期に世話になった家庭教師に言われたことがあったので頷く。
「だったら魔防壁を張ったりして防いでいるのかなと思ってね。それなら魔法を使えなくしちゃったら、ラスくんの威力は半減するのかなぁと。こんな風に」
胸に人差し指を突き立てられる。
「私を退かして起き上がってごらん」
言われた通りにしようとエイヴァの身体を掴んだ。しかし全く腕に力が入らず、それどころか身を捩ることさえできず、アンティラスは驚いた。
「やっぱり動けない! 私の考えは間違ってなかった!」
嬉しそうにはしゃぐエイヴァ。アンティラスは初めての経験に内心狼狽えつつも、エイヴァを賞賛していた。自分をここまで動けなくしたのはエイヴァが初めてだった。それに己の強さを解明してくれたのも。
震えた。恐れではない。歓喜だ。アンティラスは自分を自分以上に理解しているエイヴァを決して離してはならないと思った。
こんな女性は二度と現れない。
「なるほど。そうですか。けれど一本食わされたままでは男が廃りますよね?」
にこりと微笑み、エイヴァの腰を掴むアンティラス。
彼女の細い腰を折らないよう充分注意しながら、ぐっと力を込めて一気に上体を起こした。
「……あれ?」
あっという間に体勢が逆になり、ベッドに倒されアンティラスに見下ろされたエイヴァは目を瞬いている。
「迂闊でしたねエイヴァさん。ネタバラシをしてしまってはいけませんでした」
自身の強さの半分が魔法によるもので、エイヴァが魔法によってそれを防いだというのなら。魔法ではないものでエイヴァの魔法を打ち破れば良いだけのこと。アンティラスには剣気という、絶好のものがあった。
「あっそうか剣気だ! 剣気で封印魔法を弾き飛ばしたのか!」
賢い人だ。
「ご想像にお任せします。しかしエイヴァさん。どうしますか? このままでは私に襲われてしまいますよ?」
彼女の同意がない状態で襲うつもりは毛頭ないけれど。
「どうもしないよ」
エイヴァはそんなアンティラスの気持ちを見透かしているのかいないのか、余裕の表情だ。
時折、この余裕たっぷりな人をぐちゃぐちゃにしてしまいたいという衝動に駆られる。どろどろに甘やかしてやりたいのに、喉も涙も枯れるまで泣かしてやりたいとも思うのだ。
こんなことを思うのはエイヴァに対してだけ。エイヴァを愛さなければ、アンティラスは己の中にこんな感情が住んでいることも知らなかった。
人はアンティラスのことを清廉潔白だという。普段自分でそうは思わないが、ただ、人を愛することに対してだけはそうかもしれないと思ったことがある。
(馬鹿な話だ)
そんなわけはなかった。こんな感情を抱いている人間が清廉潔白だなんて。
アンティラスは己がただの男……いや、ただの雄だったことを自覚した。
「抵抗しないと、本当に襲われちゃいますよ?」
エイヴァの頬にそっと手を添える。エイヴァの身体は少しも逃げなかった。けれど肯定もしない。
エイヴァの気持ちが分からない。いっそのこと暴れてくれれば良いのにと思いながら、アンティラスはエイヴァに顔を近づけた……。
「待って!」
唇に唇が重なる寸ででエイヴァの手が滑り込み、アンティラスは口付けする機会を逃した。
しかし。
「きた! またミモザに黒魔術がかけられた! 今弾かず均衡を保って防御しているところ! これから弾くから、ラスくん魔力を追える?」
一瞬で空気が変化し、そんなことはどうでも良くなってしまった。
(魔法を防御し弾くのでなく、同等の力で拮抗させて捕らえておくなんて。しかも対象の見えない間接魔法で。どこまですごいのだこの人は)
などと感想を抱いている場合ではない。
「できます」
端的に答えると、エイヴァは「よし!」と言って身体を起こした。
「私もできる限りついていくけど、私には構わず全力で追いかけていいからね!」
「了解です」
「じゃ、行くよ!」
パチンとエイヴァが指を弾き、アンティラスは意識を集中させて魔力を探した。
数メートル先で滞っていた魔力が弾かれ、急速に持ち主のところへ戻っていく感覚がした。
アンティラスは本当にエイヴァに構わず、すぐさま窓から飛び出して全力疾走で魔力を追った。
ほとんど暗がりの夜の街中を、捕らえた魔力だけをたよりに疾走する。
そうして約3分後にアンティラスは足を止めた。外に該当の魔力は感じられない。人の中に戻ったようだ。おそらく呪詛を引き連れて。黒魔術を施した人物は己に呪詛が返り、身悶えていることだろう。
「ふぅん。まぁ、さすがにこれぞまさしくっていう悪党の居住地じゃなくて、普通の家だよね」
エイヴァが隣に立つ。必ず着いてこられると思ったから、アンティラスはエイヴァのことを気にしなかった。それだけ彼女のことを買っているのである。
「事情を聞きに行きますか?」
「そうだね。悪い奴なら捕まえちゃってねラスくん」
アンティラスはもちろんですと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます