第7話 不戦勝?
エイヴァがリビングダイニングで椅子に座って待っていると、玄関に気配が立った。困惑しているのか何なのか、気配を漏らすぐらい動揺しているらしい。無理もない。失った記憶を追ってきたら知り合いのところに、それも探すのを助けてくれた人物の元へ辿り着いたのだから。
このまま玄関に立たせておいて重ね重ね無礼を働くわけにはいかないので、エイヴァは扉を開けた。
「どうぞ」
目を大きくして驚くアンティラスを招き入れる。
前回はお茶も出さなかったので、今回はお茶をすすめた。魔法ではなく手で入れたお茶だ。
アンティラスは礼を言い、唇を結んだ。何と言おうか迷っているようだ。
エイヴァは自分に入れたお茶を一口飲むと、アンティラスの前に小箱を置いた。アンティラスがこめかみを押さえる。おそらく頭痛が襲ったのだろう。
「……記憶探しの前に私が言った条件を覚えていますか?」
「はい」
「絶対守ってくださいね」
小箱を開けてやる。
中には虹色に輝く玉が入れられていた。アンティラスから抜いた記憶の玉だ。
エイヴァが「手を」と促すと、アンティラスは右手をテーブルの上に出してくれた。記憶の玉をアンティラスの手に握らせてやる。
しばらくすると記憶の玉はアンティラスの体に吸収されていった。
アンティラスの掌には何もない。目は大きく見開かれており、微動だにしない。
記憶は戻ったはずだが、何の反応もないとかえって不安になる。アンティラスはあの夜のことを思い出して、今、どう思っているのだろうか。
気になったけれど、聞く勇気はなかった。だから条件をつけたのだ。
「……お詫びします。その……夜のこと。それから、記憶を奪ったこと。ずっと秘密にしていたこと。本当にすみませんでした」
エイヴァは深く頭を下げた。頭を上げるまでにたっぷり時間を使う。
そうしてゆっくり頭を上げたエイヴァへ、アンティラスが言葉をかけようとした。
「あ……「さ! これでおしまいにしてください! 本当に、本当に申し訳ないと思っているんです! いくらでもお詫びはいたしますので! どうか許してください!」
アンティラスが話せないように捲し立てる。
「お……「何も言わないでください! 何も言わずにここを去って、何もなかったことにしてください!」
「そんなこと、できるわけないではありませんか! エイヴァさん! どうか話をさせてください!」
「何が起ころうとも、決して、私に何も聞かず、何も提案せず、何も咎めないでくださいと言いましたよね!?」
「そうですが! ずるいです! こんなに重要なことを隠された状態で出された条件なんて無効でしょう!」
ごもっとも。エイヴァだって同じことをされたら理不尽だと抗議するだろう。けれどこれは譲れない。エイヴァは何としてでも無かったことにしたかったのである。
「ダメです。魔術師との口約束は“契約”。うっかり魔術師の私と“契約”した騎士様の負けです。そういうわけで、騎士様には強制退場していただきます!」
エイヴァは指を鳴らし、アンティラスに強制退場……ワープの魔法をかけた。
しかし。
「い・や・です!」
「な!?」
(抵抗された!? ワープの抵抗なんて聞いたことないんだけど!?)
あろうことかアンティラスは抵抗した。エイヴァが周りの空間を歪めるほどの強いワープ魔法をかけても居座り続けるのである。
「お話! 聞いていただけるまで! 帰りません!」
「なんっっっで飛ばないのよ〜!!! 魔法耐性強すぎか!?!?」
(こいつ〜!!! なんって人なの!?)
こうなったら! とエイヴァは対象を変えた。
「貴方が出ていかないなら私が出ていきます!」
まるで夫婦喧嘩をして家出をするように、エイヴァは(家主にもかかわらず)自分がワープすることにした。
咄嗟にアンティラスが手を伸ばしたが、今度ばかりは空を切り、エイヴァはその場から消えたのだった。
無事ワープして部屋を抜け出したエイヴァは、ある屋敷の上空に飛んでいた。なりふり構わず降下して屋敷への侵入を試みる。
(うっわ、グレンラグナ邸より強力な結界が張ってある! ちくしょ〜!)
突撃したが見えない壁に阻まれて、エイヴァの身体は空中で停止した。いつもなら結界を壊さないよう隙間を開けて侵入するのだけれど。これだけ強い結界の隙間を開けて侵入する余裕は今のエイヴァにはなかった。
「ごめんシャーロット!!」
バリンッ
容赦なく結界を破り、エイヴァはコールマン侯爵邸に侵入した。
ゆっくり下降していくと、バルコニーからシャーロットがこちらを見上げているのが見えたので、彼女のいるバルコニーの手すりに着地した。
「真昼に侵入者と思ったらエイヴァ! 貴方、どういう了見で結界を破って入ってきたの!? 頭が割れるかと思ったじゃないの!」
眉を吊り上げていてもシャーロットの顔は愛らしい。
エイヴァは本気で怒る友人に構わず抱きついた。
「シャーロット! お願い匿って!」
「何!? どうかしたの!?」
シャーロットは途端に焦ったような表情になり、エイヴァの背を叩いた。
「……ドラゴンの尾を踏んづけちゃったかも」
「ドラゴン?」
***
魔法の付与と解除の狭間でアンティラスの身体には潰れるのではないかというくらいの負荷がかかっていた。そのせいで反応が遅れ、エイヴァを逃してしまったのである。
「……っ!」
アンティラスはすぐさまエイヴァの部屋を飛び出した。
(魔力残滓を追えばまだ追いつける!)
意識を集中させ、エイヴァの魔力残滓を探す。エイヴァの部屋から続く魔力残滓を捉えることができれば、どこへ向かったのかも分かるのである。しかしそれは広い空に漂う蜘蛛の糸を見つけて掴むようなものだ。魔力を自在に操る魔術師にさえ難しいのだが。
(これだ!)
アンティラスはエイヴァの魔力残滓を掴んだ。そうして魔力が向かう先に全力疾走した。
街ゆく人々の合間を人の形をした疾風が通り過ぎる。
生まれた時から備わっているアンティラスの潜在魔力は極めれば優れた魔術師になれるぐらいだった。しかしアンティラスは剣の道に進んだ。その結果、魔力に剣気が上乗せされ、アンティラスは最強と囃されるようになったのである。
アンティラスは刹那の間に音を追い越す。
エイヴァの元まであと10秒。
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