第6話 自らの罪を自らで暴く

 終業後、エイヴァが魔塔のロビーにあたる場所で待っていると、アンティラスが騎士仲間を連れてやってきた。記憶をなくした日に一緒に飲んでいた人物らしい。


「こんばんは。シドゥリと申します。今日はよろしくお願いします」


 ぴしりと気をつけをして頭を下げる身体の大きな男。確か第6騎士団の副団長シドゥリだ。歳はおそらくアンティラスと同じくらいだが、アンティラスが女性的な容姿をしている分、並んでいるとシドゥリはかなり年上に見える。第6騎士団は団長がアンティラスのため、全体的に年齢が低い。


「こちらこそよろしくお願いします。そんなに緊張しなくても、とって食ったりしないからリラックスして」


 シドゥリは、はいと言って背筋を伸ばす。当分は何を言ってもこのままだろう。


(まぁ、魔塔だからなー。気を抜いているといろいろ盗られるからこのくらいが良いか)


 エイヴァもアンティラスもいるので滅多な魔術師は近づかないだろうが。近づかなくても奪うことができるのが魔塔である。特に若い男性騎士となると、女性魔術師はタダでは返さないはずだ。


 念のためアンティラスとシドゥリに魔法を防御する魔法をかけ、エイヴァは二人についてくるよう言って歩を進めた。


 エイヴァが魔塔から与えられている研究個室に入り、二人にも入るよう促すとアンティラスから耳打ちで礼を言われた。


「ありがとうございます。魔塔に入った際、頭の中や心の中を探られているような感じがしていたのですが、エイヴァさんに会ってからなくなりました。防御魔法をかけてくださったんですよね?」


 さすがは最強騎士様。感覚も優れているようだ。


 エイヴァは右手の人差し指と親指で丸を作って応じた。自分のお客様なのでこれくらいは当然ということで、特段お礼を言われるようなことではないからだ。


「ソファに適当にかけてください」


 そう言って部屋の扉を閉め、外から魔法で攻撃されないよう魔防壁を張る。


 部屋には階段を数段上がったところに本が山積みにされたデスクと壁を埋め尽くす本棚があり、普段エイヴァは大半の時間をその場で魔法の研究に費やしていた。おかげで部屋にはどこもかしこも本が積まれており、申し訳程度に来客用の二人掛けのソファが二つ、ローテーブルを挟んでキチキチに置かれている。


 二人はローテーブルを囲うソファに並んで座ってくれた。アンティラスは長い足が収まりきらなかったらしく膝を抱えており、シドゥリは広い肩幅がアンティラスの居場所を奪うので肩を丸めていた。申し訳ない。エイヴァはその向かいのソファに胡坐をかいて座った。こちらは足を降ろせるスペースがないからである。


「お時間も遅いのですぐ終わらせますね。シドゥリ様、アンティラス様から事の詳細は聞いていますか?」


「はい。俺の記憶を使って団長の奪われた記憶を探す、と言われました」


「そうです。……アンティラス様は現在記憶を抜かれていて、それを取り戻そうとされています。そこで私に依頼が来たわけです。私なら無体物にも失せ物探しの魔法が使えますから」


「すごい」


 シドゥリが目をキラキラさせてくれるものだから、憂鬱な気分が少しだけ晴れた。


「無体物探しの中でも、記憶は割と簡単な方です。何故なら本人に記憶がなくても、別の人間にはしっかりと記憶が残っているからです。シドゥリ様の中に残っているアンティラス様の記憶の片鱗から、アンティラス様の記憶を探すというわけです」


「どうやって?」


「アンティラス様が無くした記憶……無くした時間のことを話してくれますか?」


 シドゥリがアンティラスの顔を見た。アンティラスが取り戻したい記憶の日時を伝えると、シドゥリは顎に手を当ててぽつぽつと話してくれた。


「あの日、団長の虫の居所が悪かったのか何なのか、俺たちはいつもより団長に長くしごかれていて……」


「シドゥリ。そこは覚えています。飛ばしてください」


「了解団長。それで……へとへとになって汗と土で汚れた身体を洗い流している最中に、ライカンが娼館に行こうと誘ってきたので、よければ団長もと、誘って行くことになったんですが……」


「ほう」


「違いますよエイヴァさん! 行っていません! 行くことになんてなっていません! 断わりました! シドゥリ! 酒場に出かけるところから話しなさい! いいですね!?」


 必死に弁明するアンティラスに、シドゥリは「了解団長」と答えると何事も無かったかのように話を続けた。


「団員のほとんどと歩いてオソレビアンコに行きました。団長はいつものように皆の話を聞きながら時折相槌を打ち、しこたま酒を飲んでいました」


 しこたまねぇ。だからあの日、あんなことになってしまったのだろうかとエイヴァは思った。


「アンティラス様、お酒を飲んでいる時の記憶はありますか?」


「いえ。皆と出かけてオソレビアンコに着いたところまでしか覚えていないのです」


「お酒で記憶が飛んでいる可能性は?」


「おそらくないでしょう」


「団長が本気を出せば店の酒が全部なくなるんですよ。以前、地方へ遠征に行った時のことです。ごろつきに絡まれて飲み対決になったんですが、団長は店の酒を全て飲み干して圧勝したんです。相手は完全に潰れて動けなくなって。でも団長はけろりとしていて、素面だったんですよ」


「へぇー。アンティラス様お酒強いんだ」


 アンティラスはまた余計なことをと言わんばかりの顔で額を押さえている。


 酒が強いとなると、どうしてあの時酔った拍子になんてことが起こったのか甚だ疑問なのだが。考え出すと逃げ出したくなるのでエイヴァは疑問を頭から追い出した。


「ではお酒を飲み始めたところから記憶がないとして。シドゥリ様、何かそのあたりの時間にアンティラス様が取った行動で覚えていることはありませんか? アンティラス様が言った言葉でも大丈夫です。ただし、特別なことでお願いします。その日のその時間にしか引っかからないような記憶じゃないと、失せ物探しの魔法が別の日のことを拾ってしまうかもしれないので」


 シドゥリは「特別……」と呟きながら眉間にしわを寄せて考え始めた。


 そうして「あ!」と何かを思い出して手を叩いた。


「帰りのことなんですが、団長、いつもは真っすぐ帰るのにその日は寄り道したんです。一人で歩いている女性がいて、その後ろをつけている男が3人もいて、慌てて追いかけていきました。さすが団長、紳士だ」


(それたぶん私だー!!)


 そういえばミンクの酒場からオソレビアンコの前を通って帰ろうとしていた気がする。


「そうなのか? 知らなかった。女性は無事に帰れただろうか」


「ラスのことだからちゃんと送り届けただろう。ライカンみたいに送り狼にはならないだろうし」


「彼奴と比べないでくれ」


 エイヴァは親し気に話す二人の会話を聞きながら冷や汗をかいていた。やっぱり記憶を戻さない方が良いのではないだろうか。いっそのこと記憶の玉を壊して二度と戻れなくした方が彼のためなのではないだろうかと思えてきた。そうすればエイヴァも焦る必要は無い。


 しかしどうにもそれは申し訳なさすぎる。


 魔術師というものは人間の道理を外れやすい。不老長寿に子どもの時分には成長が遅い。それなりの魔力を持って生を受けた胎児は母体に平均で約1年留まるものだ。そのかわり頭脳の発達は早く、4カ月で魔法を操り始め、9カ月で2単語以上を用いて話せるようになる。そうやって常人とは違う道を歩み、さらには魔法を手に入れることによって、魔術師は人の道を外れてしまうのである。息をするように他人を侵害してしまうのだ。


 勝手に心を読むシャーロット。無断で人の記憶を抜き出したエイヴァのように。


 エイヴァは自分の利益だけを考えてアンティラスの記憶を抜いたことを深く反省していた。アンティラスのためとも思ったが、結局は自分のためでしかない。なぜならアンティラスから記憶を消して欲しいと言われておらず、こうしてアンティラスは失くした記憶を探そうとしているのだから。


「……ではその記憶を使いましょう」


 覚悟を決めたエイヴァはペンで失せ物探しの魔法陣を書いた紙をテーブルに置き、シドゥリの前に滑らせた。


「シドゥリ様。その記憶を思い浮かべながら、紙に触れてください」


 シドゥリは全く警戒せずに紙に触れると目を閉じた。エイヴァも目を閉じ、シドゥリの頭の中に侵入する。そうしてシドゥリの頭の中にあった記憶を掴み、魔法陣へ転写した。


「はい。もう大丈夫です。これで、アンティラス様の記憶を探す魔法陣が出来上がりました」


 エイヴァはシドゥリの手から紙を抜き取り、アンティラスに渡した。


「魔法陣の期限は3日間になっていますので、お早めにお探しくださいね」


 にこりと笑い、二人の帰りを促すために立ち上がる。


 二人は察してくれ、すぐさま立ち上がって扉の方へ向かってくれた。


「本当にありがとうございましたエイヴァさん。このお礼はまたさせてください」


 部屋を出たところで振り返り、屈託ない笑顔で申し出るアンティラス。


 あぁ、良心が痛い。けれどそれももうすぐで終わるのだ。断罪の時は近い。


「……お礼はいりません。理由はすぐに分かると思います」


 アンティラスは不思議そうな顔をしたけれど、エイヴァは「それではまた」とひらひら手を振って扉を閉めてしまった。


 扉に背をつけ、天井を仰いで息を吐く。


(次に会う時、争いにならないといいけど。……彼とは喧嘩したくないなぁ)


 大きく吐いたため息は、重たく沈んで床に落ちた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る