第5話 条件を飲ませる

 白い生地に花柄の刺繍が施されたカシュクールワンピース。心配だったがシャーロットが送ってくれた服はマトモだった。さすがに公共の場に出るのが憚れるような大胆なものは避けてくれたようだ。


 エイヴァはワンピースに着替えるとワープしてエル・ポワントの近くに出現した。待ち合わせの時間まであと10分。このくらいが妥当だろう。


 エル・ポワントがある建物の前まで来ると、出入り口付近に人が集まっていた。たくさんのご令嬢が頭一つは抜けて背の高い男性を囲っている。


 いわずもがな。中心にいるのはアンティラスだ。どうやらエイヴァを待っている間に囲まれてしまったらしい。


(わぁ騎士様さっすが。ちょっと見てよ)


 面白いのでしばらく観察することにして、向かいのオープンカフェ付近にワープする。こんなことなら帽子も借りればよかった。


 眺めていると、アンティラスは困惑した様子で女性たちの輪から抜け出ようとしていた。こちらをちらちら見ているのでエイヴァに気づいているらしい。助けてあげても良いが、時計を見るとまだ8分前だったのでもう少し観察することにする。


「おひとりですか? 一緒にお茶でもいかがです?」


 するとオープンテラスで紅茶を飲んでいた男性に話しかけられた。風貌はいかにも貴族令息。年齢は三十代後半か。顔は悪くないが、自分を誘うなんて趣味が悪い。


「お誘いありがとうございます。けれど今、待ち合わせ中の男を観察するのに忙しいのでまた今度」


「ははは。面白いことをおっしゃる。お嬢さんが見ているのは……今は私、ではないでしょうか? そうなるとお嬢さんの待ち合わせ相手は私ですね」


 男は立ち上がり、目の前に立つとエイヴァの手を取って頭を下げた。


「お時間ありますか?」


「ありません」


 答えたのはエイヴァではなく、アンティラスだった。


 いつのまにかやってきていたアンティラスは、男の手からエイヴァの手を奪い取り、自分の腕に絡めた。


「お待たせしてしまってすみません」


 白いシャツを淡いオレンジのリボンで締め、ベージュのベスト、襟に花の刺繍の入ったクリーム色の上着、白いパンツ。


 なるほど。エイヴァのワンピースとデザインがよく似ている。まるで一緒に仕立てたようだ。どうやらシャーロットが手を回したらしい。本当に情報が早いんだから。


「普段余裕のある騎士様があわあわしているのを見るのは楽しかったですよ。それにまだ3分ありますので遅れてはいませんよ」


「そう言っていただけると助かりますが。他の男に貴方を取られる前に脱出できて良かった。それから、今日は非番ですので良ければ名前で呼んでいただけますか?」


「ではアンティラス様と」


「長いでしょう。敬称も結構です。ラスと呼んでいただければ」


「じゃぁラスくん」


「距離が縮まったような気がして嬉しいですね」


 にこりと笑いかけられてずるいと思った。この顔とセリフで「いいな」と思わない女がいるだろうか。


 このまま彼の顔を見ているところっと転がりそうなので、エイヴァは先を急かした。


「また囲まれて逃げ出せなくなると今度は本当に遅れちゃいますからワープしましょう」


 アンティラスの返答を聞かずに瞬く間にワープしてエル・ポワントの店前に立った。店員が名前を確認して席へ移動する間に「実は私も来るのは初めてなんです。ご縁がなくて」と耳元で甘い声を響かせられ、神様はどうしてこんな男を野に放っておくんだと思った。


 席に着くと様々なお菓子やセイボリーが並べられた3段にもなるケーキスタンドが運ばれて来て、紅茶が用意された。可愛らしいケーキがたくさん。紅茶の良い匂いが鼻から抜けていく。最高!


「見てラスくん! これ今日のラスくんにそっくり! 食べちゃお!」


 エイヴァははしゃいでいた。アンティラスに色合いがそっくりな黄色と橙色の柑橘類の乗った白いクリームのケーキを頬張る。美味しい!


「私は美味しかったですか?」


 本当に彼を食している手前、なんとなく答えづらかったので愛想笑いをしておいた。


 それから他愛のない話をしながらスイーツやセイボリーをひとしきり堪能して、興奮が落ち着いてきた頃。言いづらいのか、アンティラスが相談について言い出さないので、こちらから聞いてみることにした。


「ところで、相談って何ですか?」


 エイヴァは紅茶を口に含んだ。


「それが、お恥ずかしながら先日どうやら魔法で記憶を抜かれてしまったようで。何事も無ければ良いのですが重要なことを忘れているかもしれませんし、どうにも落ち着かず、抜かれた記憶を取り戻す方法を知らないだろうかとお聞きしたかったのです」


 ごくり、と音を立てて紅茶を飲み下した。


 困った様子で眉を下げるアンティラス。その記憶は私が奪いました、とは口が裂けても言えないエイヴァはそっと視線を外した。


「それは災難でしたね……。ちなみに何時間くらいの記憶がないんですか?」


「ざっと4時間くらいでしょうか」


 4時間!? 7時間くらい奪ったはずなのに!?


 アンティラスの魔法耐性、恐るべし。


「調べてくださった魔術師さんから他に何を聞きましたか?」


「記憶を形にした記憶の玉を取り戻さなければ記憶は決して戻らないということですね。それから、記憶の玉が残っていれば、近づけば頭痛がするだろうと。けれどそれは近づかなければ分からないということでしょう。そこで失せ物探しの魔法のように、探し出す方法はあるのかと聞いたのですが、その方はできることはないとおっしゃられたので、エイヴァさんにもご意見いただけないかなと思った次第です」


 正直に言えば、エイヴァなら失せ物探しの要領で探すことができる。魔塔の十四指にはそれくらい朝飯前だ。しかしそれを言ってしまったら探してくれと依頼されるだろう。そうなっては困る。だが魔塔から番号をいただいている手前、できないとも言えなかった。


 エイヴァは悩んだ。どうしたものか……。


「やはり、どうにもできませんか」


 しょぼんと言われて良心がチクチク痛んだ。


(くそ〜! 顔が良いと甘やかしたくなる〜!! 誰だこの人に二物も三物も与えたやつ〜!!!)


 結果、エイヴァはアンティラスの顔に負けた。


「……私ならどうにかできます。が」


 が、を強調するとアンティラスは目を瞬いた。


「条件があります」


「条件ですか?」


 エイヴァはこくりと頷いて言った。


「その結果何が起ころうとも、決して、私に何も聞かず、何も提案せず、何も咎めないでください。自分自身に対しても、失望しないでくださいね」


「はい?」


 アンティラスは首を傾げるのだった。

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