第4話 引っ掻き回す友人


「相談に乗ってもらいたいことがあるのですが、今度お時間頂戴できませんか? 先日のお礼も兼ねて、ご馳走させていただきます」


 月に二度ある騎士団への武具メンテナンス出張を終え、魔塔に戻ろうとしていたエイヴァを呼び止めたアンティラスは、そう申し出た。騎士団員も魔塔の魔術師も見ている前で、だ。


(下心がない騎士様らしいけど)


 目立つから困る。ちらとあたりを確認すると、みんなが聞き耳を立てていることが分かった。なんだか視線も痛い。殺意さえこもっている気がする。


 それもこれもこの若き騎士団長様が大のつく人気者だからだ。


 先ほどまでアンティラスは魔塔の女性陣に囲まれていた。従来から騎士団への出張は女性陣の争奪戦が起こりがちなのだが、近年はアンティラスのおかげで倍率が以前の比ではないくらい高くなっている。十年以上通っているエイヴァとエイヴァの先輩にあたる男性のベテラン魔術師を除けば抽選。そして運良く当たった者はもれなく騎士団長様にアプローチ。しかしアンティラスは丁寧に接しつつも一度も女性の誘いに乗ったことがなかった。もちろん自ら誘うことも。それが、相談があるとは言え、こうして誘ってくるとは。


 事件だ。みんなはエイヴァがどんな反応を見せるのか注目しているわけだが、こんなのどんな答えを出そうと誘われた時点で詰みである。


「ご相談ですか。私でよければ聞かせていただきますね。けれどお礼はかえって申し訳ないので結構です。そのかわり、魔塔までご足労いただいてもよろしいですか?」


 ひとまずどこにも火を焚べないよう、事務的に答えておく。2人で会わない、特別ではない、下心はないということを周りに示しておかなければ。


「エル・ポワントのケーキをご馳走できればと思ったのですが」


「エル・ポワントのケーキ!? 食べたい!」


「ふふ。では都合の良い日を教えてくださいますか?」


 し、しまった。思わず飛びついてしまった。


 エル・ポワントといえば貴族御用達のカフェサロンである。高級なお茶と美味しいお菓子が楽しめるのだが、一見さんはお断りの会員制カフェサロンのため、憧れても入れないのが現状だった。


 そのエル・ポワントだなんて! 断れるわけがない!


 そういうわけで、その場で予定を合わせて今度の週末にエル・ポワントに行くことになった。まんまとエイヴァはお菓子に釣られてしまったのである。


 しかし問題はそんなところに着ていく服がないことだ。貴族御用達の会員制カフェサロンに着ていく服って何なんだ。


 困ったエイヴァは、十年来の友達を久しぶりに訪ねることにしたのだった。


***


「久しぶりエイヴァ」


 突然の訪問にも快く応じてくれたのはシャーロット・コールマン侯爵夫人(25)。シャーロットはかつて魔塔でエイヴァと共に働いていた同僚だ。3年前結婚を機に魔塔を出ており、現在はコールマン侯爵夫人だが旧名はシャーロット・モンゴメリー伯爵令嬢。生粋の貴族である。


「急にごめんシャー。時間作ってくれてありがとう。子育て忙しいでしょうに」


「乳母がいるから助かっているわ。持つべきものは金よ」


 金の巻き髪に苦労のくの字も知らなさそうな白く美しい肌の愛らしい容姿。見た目は砂糖菓子のような女性だが、結構な跳ねっ返りで、親の反対を押し切って魔塔に入っている。こういうところがあるからエイヴァと親しくなったのだ。


「服を貸して欲しい、だったわね。どこに来ていくのか聞いても良いかしら?」


「エル・ポワント」


「まぁ! 一緒に行くのはどんな殿方なの?」


「どうして男だと?」


「貴方、エル・ポワントでお茶会するような女友達いないでしょう」


 よく分かっていらっしゃる。


「それで、どんな方なの?」


「黙秘します。そういう情報集めるの得意でしょ。自分で調べな」


「そういうこと。分かったわ」


 あー、いろいろバレたな。エイヴァは心の中で額を抑えた。久しぶりで忘れていたけれど、この友人はかなり頭が切れて察しが良い。特に心を読むのが得意だった。おそらくエイヴァの返答から『自ら話したくはないけれど知られる分には問題ない相手』くらいは理解しただろう。


「服は後で家に送ってあげる。だから今日は私の愚痴に付き合ってくれないかしら? 久しぶりだからいろいろ話したいことがあるのよ!」


「愚痴を聞くのはいいんだけど、何で服は今日貸してくれないの?」


 嫌な予感がする。


「それはもちろん。誘ってくださった殿方を悩殺できる服を選びたいからに決まっているじゃない! 殿方の好みの調査は任せておいて」


 バチンとウインクされ、さすがにエイヴァは頭を抱えた。


 面倒なことになってしまった。誰かこの友人を止めてくれ。


「別の人に頼めば良かった」


 ぽつりと呟いたエイヴァにシャーロットは「私以外に女友達いないでしょう」と鼻を鳴らすのだった。


***


「まぁ! そんなところに登って! 危ないでしょう! 困ったわ」


 エイヴァと約束を取り付けてから3日後。アンティラスが騎士の仕事のひとつである街の巡回をしていると、女性が木を見上げて声を出していた。つばの大きな白い帽子をかぶっており、顔は見えない。白いワンピースを着た体は小柄で、金髪の巻き髪が背の半分まで流れている。


「もし。お困りですか? 私でよければ、力になりましょう」


 アンティラスが声をかけると、女性は顔を上げて愛らしく笑った。


「あら、ありがとうございます騎士様。仔猫が木に登って降りられなくなってしまったようですの。助けてくださる?」


 女性が指をさすので視線を向けると、確かに3メートルほど上に白い仔猫らしきものがいた。


 アンティラスはにこりと笑ってみせた。


「ご心配には及びません。あちらは魔法で映し出されたもののようです。貴方が憂うことはありませんよ」


「あら。どうして分かったの?」


「生き物の気配がいたしませんので」


「ということはこちらに近づいてくる前から分かっていたのかしら?」


 そうだと頷くと女性は不思議そうな顔をした。


「分かっていながらどうして来て下さったの?」


「私が声を拾える範囲に来てからお声をかけ始めましたので、案に私を呼んでいるのかと思ったのです。違いましたか?」


「……そうですわ。噂に違わず優秀でいらっしゃるようですわね、アンティラス・グレンラグナ卿」


 女性がどうして自分を呼んだのかは定かではないが、話が長くなりそうだと感じたアンティラスはベンチをすすめた。女性は応じてくれ、アンティラスが敷いたハンカチの上に腰を下ろした。


「どうして私を呼んだのかお伺いしても?」


「意外とせっかちですのね」


 すみません、と謝ると律儀なのねと言われた。


「わたくしも夫と子を持つ身ですから。そんなに長くお時間を頂戴するつもりはありませんのでちょうど良かったですわ。単刀直入に言います。わたくしの親友エイヴァとはどうなりたいのかしら?」


 思わず「え」と口の中で弾けた。


「どうしてそんなことをお聞きになるのです?」


「しらばっくれないでちょうだい。今度エル・ポワントでデートをするでしょう。柔和な堅物と噂の卿がそんなところに女性を誘われたのですから下心があるのは丸分かりです」


 アンティラスは恥ずかしくなって顔を押さえた。


 そんなに分かりやすかったのだろうか。だとしたら問題だ。下心丸出しの男なんてはしたないとエイヴァに失望されたらどうしよう。


「ご心配なさらずとも、エイヴァは頭が回るくせにこっち方面には鈍感ですから、一周回って『人前で誘って来たのだから下心はないだろうな』と解釈しているはずですわよ」


 この女性は心が読めるのだろうか。それとも自分が顔に出したのだろうか。いずれにせよ、侮れない人のようだ。エイヴァを人前で誘ったことを知っている。


「そう、ですね。おっしゃる通り、今度の約束が終わった後も、2人でいろんなことができればと思っています」


「お付き合いをなさりたいと?」


「あわよくば」


「ご結婚をなさりたいと?」


「エイヴァさんさえ、良ければ」


 女性はふぅんと鼻を鳴らした。


 何なのだろうか。探られているような気がする。そもそもエイヴァの親友だと言った彼女がエイヴァのことを案じてちょっかいを出す男を探りに来たのだからそれはそうなのだが。アンティラスが感じていることはそれとは違う。


 直接頭の中を弄られているような感覚がするのだ。


「……読めない人」


 アンティラスは首を傾げた。女性はこちらの話です、と言って続けた。


「週末のデートの終着点はベッドかしら?」


「えぇ!?」


 何を言い出すのだこの人は!


「そう。ベッドには連れて行かないのね。初めてでベッドインは不誠実ですもの。お茶をしたら解散かしら?」


「あの、ちょっと意味が……」


「まぁそうよね。貴方の思っている通り。エイヴァは押しすぎても引きすぎてもだめだから、その日は解散なさるのが適当。駆け引きは上手にしないといけませんわ」


「えぇ……」


 アンティラスは困惑した。話していないのに会話が成立している。いや、自分の頭の中と直接会話をしている、が適当か。


「あら、また読み辛く。卿は魔法耐性が強いようですね?」


「はい。まぁ」


「申し上げそびれましたが。わたくし魔塔所属の魔術師でしたのよ」


「なるほど。よくわかりました」


「聡いのですね。得意分野は恋や愛のあれこれ。占いと称して悩める紳士淑女を助けておりました」


「そうですか。素晴らしいことですね」


「それで、卿はエイヴァがどんな下着をつけていたら興奮なさるの?」


「えぇ!? 何を急に」


「そういう相談にも乗っていたという話です。女性だって男性を喜ばせたいものなのですよ。だからよくどんな下着が良いかと相談され、男性のところへ調査に出かけたり、市場調査でどんな下着があるのか見に行ったりしていました。エイヴァも一緒に。2人で下着を試着したりして吟味したものです」


「エイヴァさんが……」


「ま、大胆♡赤の総レースなんて♡」


「えっ!? な!?」


「必要な情報は手に入りましたので。それでは」


 女性はすっと立ち上がった。


「まっ!」


「それでは週末のデートをお楽しみに」


 ひらひらと手を振りながらそそくさと去っていく。


 追いかけたとして、何ができるわけでもない。アンティラスはベンチで項垂れた。


 あれは絶対に魔法で頭の中を読んでいた。あの感覚は間違っていなかったのだ。気づいてからは意識して追い出していたのに、思ってもみない話題を出されて動揺してしまった。白昼堂々あんなことやこんなことを口に出されるとは。


 まずい。非常にまずい。頭で考えたあれこれをエイヴァに晒されでもしたら終わる。幻滅されるかもしれない。早急に手を打たねば。


 アンティラスはひとまずあの女性の身元を探ることにした。

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