第8話 賞味期限切れ作品
「今日はこれ読んでみて」
「はいはい」
もうルーチンになってきたのでコロニスはすぐPCのモニターに目を落として読んでくれる。
まあどれも短いので読むのはそんなに苦ではないらしい。
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まうすうますまうす
なんかマウスの調子が悪い。
マウスといってもネズミではなく、パソコンにつないで使うあれだ。念のため。
マウスはときどきすねたようにポインタを動かさなくなる。中のボールをはずして掃除をしてみるが、それでも不調だ。
そろそろ買い換えるか。
近所の電気店で新しいマウスを買った。ボールがあるのでほこりがつまって不調になったのだろうと思い、多少高いが光学マウスを買った。
早速接続してみる。
おー、なかなか快適。うんうん。これなら。
快適なブラウジングのおかげか、その後の睡眠も心地よかったが、なにか妙な気配に目が覚めた。
机の上で、ボールマウスが光学マウスの上にのしかかって動いていた。
乗っかってるほうがボールマウスだということは、やっぱり玉のあるほうがオスなのか。
数日後。光学マウスが太くなってきていた。手にしっくりこない。
光学マウスはだんだん太くなってゆき、二週間もするとマウスが五つ増えていた。その五つは小指の先ほどの大きさで、出産して元の太さになった光学マウスの乳を吸っていた。
小さなマウスはすぐに大きくなった。もうすっかり親マウスと同じ大きさだ。
そのうち、またマウスはマウスを生んだ。マウスなだけにねずみ算だ。友達にくれてやったりしたが、一つの家庭に二〇個も三〇個もマウスはいらない。結果、うちのマウスは引き取り手も尽きて増える一方になった。
このままでは部屋がマウスで埋まってしまう。
困っていたが、ある朝、部屋のマウスはひとつもなくなっていた。
首をかしげていたが、夕方のニュースでわかった。
『非常に珍しい映像が偶然撮影されました。ごらんください』
画面にはうちからほど近い港が映った。
防波堤の先端に向かい一目散に走るたくさんのマウスたち。
マウスはそのままみんな海に飛び込んで死んでいった。
『ネズミの仲間のレミングなどは、仲間が殖えすぎるとあのように海に飛び込んで集団自殺をする習性がありますが――』
俺は少しあわれに思い、次はトラックボールにしようと誓った。
※
あとがきと解説
レミングに実は集団自殺する習性はないということを近年知った。
多分このショートショートを書いた頃は2005年前後くらいだったと思う。
古い証拠に、ボールが入っているマウスの話をしている。この頃はたぶん光学マウスのシェアが上回りつつあった頃だったはずだ。
レーザーマウスはまだみかけなかった。
ボール式マウスを見かけなくなった現在では、このネタはもう成立しないのかもしれない。「たまありとたまなしがある」「マウス」ということで「繁殖」という構図を他に応用することは多分無理なので、このショートショートを作り直して現代版をつくるのは困難である。
そしてこんな解説をつけている段階で、このショートショートはもう死んでいるのである。海に飛び込んで時代の波に吞まれて死んだのである。
▲
「この『あとがきと解説』を書いたのでも2017年で。本文書いたのは多分そこからさらに十何年か前やった」
俺はこの『まうすうますまうす』を書いた時期を説明した。一応あとがきにも「2005年前後」って書いてあるが。
コロニスの前世はどうもそんなに昔の人ではないらしいから、マウスの中に
今『マウス ボール』で検索するとトラックボールとマウスを両用できるポインティングデバイスが表示される。
「ひょっとしてタイトルは『マウス・トゥー・マウス』もじってるんですかね?」
「そうそう」
『マウス・トゥー・マウス法』(「マウス・ツー・マウス法」という表記もある)はいわゆる人工呼吸法で、口から口へ直接息を吹き込む方法である。
「これはあとがきまで含めてショートショートだと考えるとユニークな作品ですね」
「それを言うてもらえると嬉しい。実は
「30年とか書いたはりましたね。エッセイのやつに」
「やから今の時代性だとちょっともう時期外してるネタがいくつもあったりするんやけども。逆に考えたらそういうのをコロニスにツッコんでもらえたら面白くなるかなーって」
「ツッコミ。私はツッコミポジションでいいんですか」
「あー、あんまりキツいツッコミされるのは……」
「さじ加減がわかりませんわ」
「まあ口論しないようにはしたい」
これまでコロニスと衝突したことはない。しないようにコロニスが気をつかってくれてるんだろうが。
もし仲が悪くなったらどうやって修復したらいいんだろうか。
「で、次のショートショートいこうか」
「はいどうぞ」
▼
『全自動文章作成機』
どうも漢字が書けなくなって困る。毎日ワープロ使って文章を打ってるせいだろう。
と、思ったのは十数年前のことだ。
十年ほど前には簡単な英単語のスペルも忘れてしまった。なぜなら、「いんぐりっしゅ」と打てば「English」に変換できるからだ。カタカナ英語を打てばそのままスペルに変換してくれる。
数年前に至っては、自分が書いている小説のキャラの名前もちゃんと覚えていない。
漢字が書けなくなる原因はワープロが変換してくれるからで、自分が画数ひとつひとつ書かなくなったせいだからしょうがないだろう。しかし、自分のキャラの名前も覚えていないのはまずい。
それもこれも「先行入力」のせいだ。
「オーマカヘレピー」ってキャラがいたとする。すると最初は律儀に「オーマカヘレピー」と打たないといけないが、二回目にはもう、「おー」って打つだけで変換候補に「オーマカヘレピー」が出てくるのだ。それを選択するだけでできてしまうので、私は自分で生み出したキャラ、オーマカヘレピーの名前を「え? オーカマヘペリーだっけ?」とか言ってしまうのだ。これはなんとなく恥ずかしい。モノカキとして恥ずべきかどうかまでは知らない。私は素人モノカキだから。
そして、最近はもう文章の書き方もわからなくなってきた。
フルオートワードプロセッサ(長いので以下「FAWP」)が登場したためだ。「全自動文章作成機」と翻訳すればいいのか。この翻訳もこの「FAWP」で打っている。非常に楽だ。翻訳どころではない。「翻訳すればいいのか」という文章も私が「ほんや」と入力した段階で自動的に生成される。私が長年書いてきた小説やエッセイや日記などの文章を「FAWP」にデータとして与えれば、見事なまでに、わずかなキーワードを与えるだけで文面を完成させてしまうのである。
確かに執筆時間は劇的に減った。遅筆だった私が、構成はあいまいだが、文庫本四百ページに相当する文章を三日で完成させたのだ。しかしこれは私の作品なんだろうか。
しかし心配することはなかった。
小説は滅びた。
「FAWP」のおかげで。
▲
「これもちょっとネタが古いよなぁ」
「そういう並びで出してきたんでしょ?」
「いや、考えずに適当に出した」
「うん。まあ、これも15年くらい前ですか?」
「18年くらい前やね」
「今となってはチャットAIが存在してますからね。なんていうか古いSFの『未来感』が過去のものになるのってそれはそれで味ですね」
「ああ、そういう見方が」
「そうですよ。まあこれを新作として出すのは問題ですけども。実際書いたのは18年前ですからね」
「けどまあ、今でもまだ頭の中にぼんやりと存在する内容をうまいことテキスト化してくれる装置は完成してへんのよな」
チャットAIを執筆援用アプリとして使えないかと色々試してみたが俺の使い方ではうまくいかなかった。ぼんやりした小説の元に明確な輪郭をつけることをAIに頼む方法が見つからないのだ。AIに頼むと俺の望むのとまったく違うプロットを生成してくる。
「あれ?」
「どうしました?」
「いや俺、昔、頭の中の小説のネタがぼんやりしすぎてるのになんか書き始めてることがあった。それでなんか書けてた」
「それは才能なんかもしれませんよ」
「残念ながら今はそんなことはまれにしかできへんけどね」
「書き癖取り戻して10万字書くんでしょう?」
「うーん。今はこうしてコロニスが手伝ってくれてるからなんとかなってる」
「この会話そのまま使って『コロニスといっしょ』書くんですか?」
「ひとりで書けなくなったらどうしよう」
「心配いりませんわ。わたし以外にも助けてくれる人は現れますよ」
「そうかなぁ?」
「そうですよ」
コロニスは俺を元気づけるために言ってるだけのような気がする。嫌な気になる現実をつきつけてもしょうがないもんな。
他に助けてくれる人が現れなければ運がなかったってことだししょうがないか。
とか書いたのが伏線になって『コロニスといっしょ』はヒットしたのだった。
って結末になったらいいなぁ。
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