第7話 動物愛護とネーミング
「そんなわけで読んでみて」
いつものようにPCに表示した自作ショートショートをコロニスに示す。
「今回は前置きなしですか」
言ってすぐコロニスは読み始める。
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『祖父と剥製』
うちのタンスの上にはコブラとマングースが対決してる姿の剥製がある。
もう古い。いや、センスが古いんじゃなくて、剥製自体が古くなっているのだ。コブラのウロコもマングースの毛も抜け落ちて貧相である。
だが、これを買ってきた祖父がとても気に入っているので捨てられない。買った当時は近所の人たちを呼んではこの剥製を自慢してただ酒飲ませていたとかきく。自慢された人は迷惑だっただろう。
今では祖父はこれに関して思い出が多すぎて捨てられないというのだ。何十年前だかに買ったときけっこうな金額を払ったそうだが、それから運気が良くなったそうだ。計算するとバブル期だっただけだ。あんただけが景気良かったんじゃねぇよ。
今日も祖父は起きてきたらコブラとマングースの前に立って10秒ほどじっと見る。その顔は無表情だが、これは毎日欠かさず行う日課、彼の儀式だった。毎日これをやられたらおいそれと捨てようなどとも言えない。
「あのコブラのうろこが全部落ちたとき、俺の命も終わるんだ」
祖父はたまに冗談だか本気だかわからないことを言う。って、あのうろこ全部落ちるまであと五十年くらいかかるんじゃないか? あんた最長寿記録打ち立てる気か。
祖父はあと半年で八十歳になる。米寿の祝いに何欲しい? と言うと「剥製を修復して欲しい」と。
修復を繰り返したらコブラのうろこは再生を続ける。永久に生き続ける気か。
まあ本人の希望なんだからと、けっこうな大金がかかるんだが修理に出そうと手続きをしようとしたその日、祖父は急死した。
コブラのうろこはまだたくさん残ってるのに。けど、その毒牙が二本とも落ちていた。うろこじゃなくて毒牙が命だったのか、とわけのわからないことを思う。
祖父の四十九日が済んでから、コブラとマングースの剥製は処分した。
ただ、コブラの毒牙は油紙に包んで祖父の位牌の下に置いてある。
▲
「コブラとマングースを対決させる見世物というのが昔はあったんよ」
ハブとマングースというパターンもあった。要は毒蛇対マングース。
「あったということだけは知ってます」
「最近では動物愛護の観点でそういう見世物はなくなってるけど」
ちなみに検索してみるとハブ対マングースのショーは平成12(西暦2000)年に動物愛護法が改正されて禁止になったらしい。
「アライグマが特定外来生物になったのは平成17(西暦2005)年だそうです」
コロニスは俺がノートPCでハブ対マングースのことを検索している間にそれをスマホで検索していたらしい。
こう言われたときどうリアクションしたらいいのか難しいのでコロニスの目を無表情に見た。
「えーと」
コロニスは目をそらしてスマホをタップし出した。
俺はなんか言わないとと、
「コロニスはこうして話し合えるから、普通のアライグマとは違う。というかアライグマだとも言えない……」
いやアライグマだとも言えないっていうのもコロニスに悪いかもしれないので言葉に詰まった。
なんか妙な沈黙の時間が一分くらいあった。本当は数秒だったのかもしれない。
「このショートショート。面白いですよ」
「よかった」
「これまでのはだいたい安定して面白いです。このままショートショートを紹介していく形で十万字埋める形でやっていくんですか?」
「うん。なんか無理があるような気はするよ。何かのピースが足りてない気がする」
「ショートショートの本数的にはいけそうなんですか?」
「あかんかったらどんどんショートショートの質が落ちていく」
「それでいいんですか?」
「コロニスとの会話の方のストーリーに重点置いていって、コロニスといっしょに話を考えていく方向性で」
「じゃあ合作ですね」
「アップするときは連名にする?」
コロニスの耳がぴくりとする。
「やめときます。アライグマだとバレるきっかけになるおそれがあるんで」
「そうやね。じゃあコロニスはSNSのアカウントとかないん?」
「ありますよ。完全に読むだけですからこちらから発信はしてません」
「そういうことなら俺がフォローしたりもせんほうがいいね。
けどまあ、アライグマがSNSやってるってアカウントだったらウケるかもしれない」
「やりませんけど、まあもしもやったらの話ということで」
よほどやりたくないらしい。
「アライグマが自撮りとかアップしてるって設定のSNSアカウントでね。『本当は飼い主が撮影してる』みたいな……。特殊な事情がないと家庭でアライグマ飼えんから問題かぁ」
「猫なら問題ないんですよ。猫に生まれ変わってたら。いやけど猫やとこんなに自在にスマホ操作できないし……」
コロニスはフリック入力で文字を打ってみせる。
前にも書いたが、アライグマの前足は発達していて人間の手に近い。
「猫でもキーボードは打てると思う」
昔、犬がキーボードタイプして人と意思疎通するって映画があった。
「まあそうですね。キーボードなら。けど家事できないですよ猫だと」
「家事やってくれるからコロニスがアライグマなことには感謝してるよ。もちろんそれ以前にコロニスに感謝してるよ。ありがとう」
「いえまあ。居候の身ですから」
コロニスはぺこりと頭をさげた。
「〈会話する猫〉ってのはあんまりインパクトがないし」
「フィクションではそうですね。猫とか犬だと身近すぎてこすられすぎてるんですわ。そのへんアライグマにしとくと、特定外来生物扱いであることとかが物語のフックになって、フィクションの登場キャラとしてならいい塩梅なんですよ」
「なんかコロニス。登場人物設定の分析してくれてる」
「まあそうですね。この話ではわたしが主役ですからね。タイトル決まってましたっけ?」
「『あらいぐまタスケル』って仮のタイトルにしてたけど」
「それは嫌ですよ」
コロニスがうちに来た初日に〈タスカル〉とか〈タスケル〉とかは安直すぎるって話したよな。
「ほら、『あらいぐまタス
だいたいアライグマを、コロニスを助けたのはうちに招いたことだけで。それからあとは対等に(と思ってる)暮らしている。だからこのタイトルだとタイトル回収済んだ後のほうが話が長いということになる」
「まあ、大ヒットライトノベルのタイトルでもそのタイトルが言ってることも割と冒頭で終わってることはありますけどもね。
ダジャレのほうでいうと、自分で思いついたものでも検索してみたらすでに使われてたりすることがたびたびありますね」
「うん。『電話に出んわ』とか『猫が寝込んだ』とか何万人が思いついたダジャレだか。これで『寿限無』の中にギリシャ神話の登場人物の名前があったってのが既出ネタだったらきついよなぁ」
「既出だったんですか?」
「いや検索した限りはなかった」
ダジャレに著作権はないけども。
「あ、タイトルの話な」
「なんか150文字くらいある長いタイトルですか?」
コロニスは俺の話が脱線しても指摘しない。
「いや、サブタイトルつけることは後で考えるけど、一旦シンプルなタイトルをつけようかと思って
『コロニスといっしょ』
ってのにした」
「シンプルですね」
「まあ、サブタイトルつけるとしたら
『コロニスといっしょ アライグマと共同生活しながら小説書いたらこんなんなりました』
って」
コロニスの表情が読めなくなった。その顔が一瞬、知性のない野生動物のものに見えた。
「あ……。いいんじゃないですかね」
言ったコロニスの目は知性の光があった。
いやさっきのは気のせいだろう。うん。そうに違いない。
そんなに悪いタイトルじゃないと思う。まあネーミングセンスはないのは自覚してるけれども。
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