第5話 神話と親和しない
「秀さん。……〈コロニス〉ってギリシャ神話の登場人物にいるって知ってました?」
コロニスはスマホを両手で持っている。
「へ?」
「わたしも今ちょっと検索……。エゴサーチじゃないですよ」
「何も言うてない」
「ふと検索してみたんですよ。〈コロニス〉というのはギリシャ神話に登場する女性の名前だそうです」
ちなみにギリシャ神話とローマ神話は融合しているところがあり、この会話ではギリシャ神話と言ってるけれどもローマ神話だけの話も混じっているかもしれない。
「コロニスは女性? いや、〈コロニス〉という名前が女性名かという質問ではなくて」
「知らなかったんですか? 私の性別」
「いやどっちでもあんまり問題ないかなって」
「ええまあ、別にアライグマと人間という関係だとセクシャルなことは起こりませんわね。初めて会った日にお風呂に入ってるのを見られても別に羞恥心もなかったですよ。一糸まとわぬ姿ですけどそれがデフォルトな動物ですし」
「なんか今日は饒舌やね」
「じゃあ〈コロニス〉がアポロンの愛人だとは知らずに命名したんですね?」
それ以外にプレギュアースの娘、コローネウスの娘、オリオンの妻、ディオニューソスの信者などがいるらしい。どこまで別人なのか同一人物なのかわからない。『
「ほら寿限無が元やから」
「寿限無にギリシャ神話の登場人物がたまたま隠れてたんですね」
「そうそうたまたま」
『寿限無』の名前の中には後半には唐《もろこし》で長生きしたというパイポ王家の名前が入っている。しかしヨーロッパ系の名前は厳密には入っていない。
あと『寿限無』の名前の解釈も諸説ある。念のため。
「厳密じゃないならポパイが入ってますね」
「あ」
パイ
「そうかぁ。ちゃんと検索して意味確認せんといかんかったね。ごめんごめん」
4文字くらいだったらすでに同じ固有名詞が存在してる可能性があることを考えていなかった。
「いや謝らなくてもいいんです。別にギリシャ神話のコロニスが縁起の悪いこともないんで」
「でも殺されてる」
「ギリシャ神話の登場人物はだいたい殺されてますから」
「あ。そうか」
そういえば老衰で生涯終えたギリシャ神話の登場人物って思い出せない。
ふたりで色々検索してみる。
〈コロニス〉というのはカラスを意味する(ギリシャ語?)そうで、〈コロニス〉のエピソードに登場するカラスは人語を話す。
「なんとなく〈コロニス〉って名前が何かを暗喩してるみたいなことになってるような」
「寿限無なんでしょ?」
「そうそう。ギリシャ神話由来じゃなく寿限無由来」
「
「根比べであって
またわけのわからない展開になってきた。
「神話がらみで強引にショートショートの話にもっていくとこれになるなぁ」
▼
『三叉の矛』
海面に男が立っていた。手に三叉の矛を持っている。その姿からわかるように彼は海神ネプチューンであった。
「あっ」
その手から三叉の矛が落ちた。海を沈んでいく。
ネプチューンの象徴である三叉の矛である。なくしたら大変と、海神は海に潜って矛を追いかける。
だが、矛は運悪くケルマディック海溝に沈んでいった。深い海溝に沈むとさすがの海神も追いかけることはできなかった。
海神なんだからどんな深海でも大丈夫なわけではないのだ。
彼は地上勤務もあるし、天上勤務もある。天上なんか気圧がきわめて低い。そういう場所にも対応する能力のために超深海まで潜る能力は切り捨てざるを得なかったのである。
呆然と海溝の底に通じる闇をみつめるネプチューン。
そこへ海溝からなにやら白いものがあがってきた。白い衣を着て、白い髭をはやした老人であった。
老人の手には矛がみっつあった。
「おまえの落としたのは、この金の矛か? 銀の矛か? それともこの普通の矛か?」
「私の矛はそれだが、普通の矛ではない」
「これが普通の矛ではないというのか。お前は嘘つきだ」
老人は話をろくに聞かずに、みっつの矛を持ったまま沈んでいく。「あっ。おいまて」
あわてて追いかけるが、老人はすごい速さでネプチューンの最大潜水深度をはるかに超えた深さまで沈んでいった。
「あーあ」
ネプチューンは少し後悔した。海神の三叉の矛といえど、金や銀のと比べれば見かけは普通の矛だ。認識の違いというものを痛感するネプチューンだった。
▲
「まあギリシャやとポセイドンなんやけどね」
ネプチューンはローマ神話での海神の名前。
「なんでケルマディック海溝なんですか」
「マリアナ海溝にしたら一番深いところで安易かなって」
マリアナ海溝にあるチャレンジャー海淵は世界で一番深い。約10920メートルだそうだ。
ケルマディック海溝は最大水深が約10047メートル。これが第3位。第2位はケルマディックの北隣にあるトンガ海溝の約10800メートル。「なんとなく言葉の響き的にケルマディックっていいような気がした」
「マリアナ海溝もケルマディック海溝も太平洋なんで。ネプチューンが登場するのって大西洋のほうが似合う気がしますけどね。いや世界の海をすべて支配してる神なんでしょうけど」
「そうかぁ、じゃあ大西洋の海溝にしたらいいか」
検索を始める俺。
「大西洋で一番深いのがプエルトルコ海溝か。8605メートル」
「プエルトルコって名前の時点でラテンなイメージですね」
「うん。やっぱりケルマディックでいいや」
「三叉の矛ってトライデントですね」
「トライデントって聞くと巨大ロボットアニメの手持ち武器のイメージが」
「ザンバーとかジャベリンとかの手持ち武器ですね」
検索してみると俺が想像していたアニメロボットはトライデントを装備していなかった。
「いや、玩具にオリジナルで装備されてた可能性あるぞ」
「わたしはわかりませんけども」
「トライデントって名前つく武器もってるロボットはあったけど。これはロボットじゃなくモビルスーツと呼ばんといかんか」
「そのへんこだわる人いますね」
「モビルスーツの場合、必殺技叫ばないほうが多いから武器の名前がわからんこと多々あるよな」
「じゃあトライデントの記憶はどこから来たんですか?」
「三叉だからトライだとしてデントって何?」
接尾語だろうと思われる〈デント〉を検索するとポケモンの名前と
「デンタルのデント?」
「三叉の
「いや刃と歯は違うやろ。ブレードとトゥースやろ」
「
「じゃあ三叉になってるからデントなんかなぁ」
外国語は苦手だ。
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