第3話 俺が毎日書いて……毎日でもない

「それで秀さん自身のおすすめの作品はどれです?」

と同居してるアライグマのコロニス。

「おすすめ?」

「書いた本人なんですからおすすめあるでしょう? ひょっとして『自分の作品は平等なのでに優劣をつけない』というタイプならそれはそれで」

「いや。そんな主義ないない。

 うーん。おすすめなぁ……。書いてるときのテンションと読み返すときのテンションとか、その日そのときにちゃうから、これを読んでもらったらウケるかなとかわからなくて。

 ほら、漫才とか落語とか、舞台の演芸は客の空気感みたいなのでウケるネタが変わるみたいな」

「ああなるほど。お笑い小説的にそういう読み手がどういう心理にあるかでおすすめは変わってくるってことですね」

「うん。まあそれもあるけど、今コロニスに読んでもらうのにベターなのが思いつかへんね」

 ちょっと面倒くさいやつだと思われてるだろう。コロニスはうちに居候してる立場だから強く出られなくて言えなそうだし。

「じゃあ適当に検索してみますね。アカウント? 筆名ペンネーム? 教えてください」

「げどうしゅう。漢字はね、こう」

 PCでタイプしてモニタに表示される。


 どうしゅう


「まっとうな道いかんいかない覚悟ですかこの名前」

「いや本名の秀が自分とミスマッチなんでなんとなくそういう名前にしてみたくなって」

「けど漢字の意味だけ考えるとそんな悪くないですね。じゃあこの名前で検索してみます。えーエゴサーチ的なことしてダメージ受けたとかないですよね?」

「ありがとう気をつかってもらって。まあ俺の見えないところで検索して、あまり詮索しないでくれればいいから」

「わかりました。と。〈小説書きしよう!〉にはアップしてないですね」

 〈小説書きしよう!〉はWeb小説サイトでは最大手である。略称は〈しよう〉。

「うん。あそこはなんか昔、読み専でアカウントとったんやけども。最近もやもやとそこに連載したいとは思ってるんよ」

「向上心ですやん」

「〈ヨミカキ〉にはアップしてるよ」

 〈ヨミカキ〉は大手出版社が立ち上げたWeb小説サイト。〈しよう〉と比べると規模が小さい。

「あ、はい。上のほうからいきましょか。これ、長いですやん。200話もある」

「いや、それはタイトル通りただ書いて十万字に到達するっていう目的の駄文のたまり場ね」

 その作品のタイトルは『俺が毎日書くというだけ』である。

「アップしてあるということは読んでかまわないですね」

「うん。けど無理して読まなくていいから。それ以外はほとんどはショートショートだし」

「じゃあまあぼちぼち読ませてもらいます」

「コロニスはそこそこ頭良さそうだけど、本とか良く読んでた?」

「まあ、読まないときは読まなかったですけど、月に十冊読んだりとかしてたこともあるんで、結局小説だと生涯に四〇〇冊くらい読んだかなぁ。ちゃんと数えてないけど。いやほとんどはライトノベルとか軽い小説ばっかりですよ。漫画は何万冊分かは読んでました」

「漫画も好きだったら、俺のアカウントの電子書籍も読んでいいから。これって厳密には違法?」

「家族間なら合法じゃなかったですかね? というか私は法的にはペット……。いや、飼育許可も出ない特定外来生物やから……」

「家族! 家族やから!」

「ありがとうございます」


 コロニスは『俺が毎日書くというだけ』第1話を開く。



     ▼



     第1話 書く


 書く。

 かくかくかくかく。

 これでも書いているということだ。難しくはない。



     ▲



 無表情でコロニスは第2話のページに移った。



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     第2話 目的


 目的はない。

 ただ毎日書くだけ。


 まあせっかく2話目を開始したことだからもうちょっとなんか書こうか。


 生きる目的って何?

 生きるのは目的じゃなくて、生きてるから目的が必要になる。目的がないまま生きてるのが苦痛だから。

 死ぬのが怖いから生きてる目的が欲しい。

 死ぬことそのものの前の死に至る苦痛のほうが怖い。

 健康な心は死ぬことを考えない。自死のことだけではない。必ず至る死を考えない。それが健康。


 健康第一。

 健康を保持することが生きる目的か。


「健康のためなら死んでもいい」

という古いネタがあるが。

 生きる目的が「健康」であることも本末転倒だ。


 生きる目的はそれぞれ納得いくものを見つければいい。


     ▲



「ふ……む……」

 ちょっと目を閉じるコロニス。黙考というより少し長いまばたきのような。



     ▼



     第3話 前後関係


 ここで書いてることは時系列としては前後関係はあまりない。

 手前の話数で言ったことは後に影響する。

 未来は変えられるが、過去は変えてはいけない。というタイムトラベルものの原則みたいなのも。

 話かどうかもわからない。

 登場人物は私だけ。そしてモノローグだけ。しかし未来には変わることだろう。別の登場人物が出て来ると思う。出す予定が決まってるわけでもないので、最後までモノローグかもしれない。

 未来のことはわからない。

 書いてるやつの胸先三寸だ。

 ではあるが、自分の胸先三寸を見てもないのだ。とにかく書くということだけを目的にしているから。

 「一寸先は闇」というんだから三寸先が見えなくてもしょうがない。



     ▲



 コロニスは「あー」とだけ言って次に進む。

 秀はその表情をときどきのぞきんでいるが無言でいた。



     ▼



     第4話 モノカキ


 モノカキ始めて30年。


 『クマのプー太郎』という漫画に「しあわせウサギ」というキャラクターが登場する。

 彼は「しあわせ探して30年」と言う。30年続けるのはたいしたものである。


 モノカキ始めてから30年というのは別にただ年数が経っただけで、書いた総量はその年数からすると微々たるものである。

 2作ショートショート書いただけの年もある。その年に作品としてできた合計文字数は3000字に満たない。

 ──とか書いてると、自伝みたいな流れになる。


※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。似たようなものがあったりいたりしたらそれは他人の空似かドッペルゲンガーです。ドッペルゲンガーと会ったら死ぬので連れてこないでください。



     ▲



「とりあえず4話まで読んでみました。書いてみようという意気込みにフレッシュさがないような気がしてましたけど昔書いてたんですね」

「うん。まあ。……で、笑えるところあった?」

「ああ、ユーモラスにしようとしてるのは感じる部分はありますけども。まだ4話なんで」

「4話。一応オチつけてるのになぁ」

 ネタなんか当たり外れがあるからしょうがない。

「オチ?」

「ドッペルゲンガーのところ」

「?」

「ほら、ここ」

「ああ、定型文だと思って読み飛ばしてました」

「ああそうかぁ……。この書き方すると読み飛ばされるのか」

 米マーク(「※」のこと。正確には「米印」らしい)をつけている段階で本編と関係ないことであるとみなされる場合もある。逆に内容を理解するためのヒントが入ってる場合もあるんだが。「※」が頭についた文章はあくまで補足であって読まなくても本題は成立すると思われるのか。

 コロニスはそこを読み返す。

「あー。こういうところにもネタ仕込んでたりするんですね」

「フィクションだというお断り定型文だったらなんで1話からしなかったのかとかなると思ってた。そりゃネタ全部解釈してもらえるとは思ってはないけど……」


「作風的にまだ理解できてないんで、別のショートショート見てみます」

 コロニスは〈ヨミカキ〉にアップされてる他の作品をクリックしてみた。



     ▼



     どこかの森



 頭がぼんやりしていた。

 私は森の中でぽつねんと立っていることに気づく。

 いわゆる森林浴な空気の中。マイナスイオンだかなんだかの微妙に湿った森の香りの中、私はパジャマを着たまま突っ立っていた。

 森の木の葉は、つくりもののように鮮やかな緑色でつるつるした感じがあって、レゴブロックのような樹脂でできているような印象を感じた。

 玩具の森のようだ。でも皮膚感覚と嗅覚はリアルな森を感じていた。

 パジャマを着ているぐらいだから当然裸足だが、別に足は痛くない。というか、足の裏が痛くないということに意識が向いたのはずいぶんあとのことだ。

 地面は割合ごつごつしていたように思うので、現実だったら痛かったんだろうと思う。

 そうだ。ここは現実ではない。

 よくある、夢の中の風景だ。

 パジャマで森の中にいるわけがない。なんで自分が森の中にいるのか覚えてもないんだから、これが現実なわけがない。

 でも、夢ってのは不思議なもので、そのへんの整合性を冷静に理解しない。


 話がそれるが、いつぞや、近くの道路にF-1マシンが置いてあった夢を見た。

 F-1マシンは巨大で、全長12メートルはあり、横幅は道路幅の半分以上を占めた。

「うわー。F-1だぁ。カッコイイなぁ。意外とでっかいんだなぁ」

とか思って見ていた。

 が、目が覚めて冷静に考えると、そんなにF-1マシンが巨大なわけがないし、だいたいどうやってそこに運んできたのかと。公道走れる大きさじゃないってのに。


 というような具合で、夢の中では冷静な判断ができないのだ。なぜなら、寝てるからだ。

 寝ぼけてるからだ。

 だから、今会話してる相手が突然別人に変わってても違和感なく会話続けたりするのだ。寝てるからしょうがない。脳が正常に活動していないのだ。

 脳が現実と違う世界に――。


 そうか、今、私がいるところは、別世界なんだ。

 納得した。

 かなり問題はあるが、この瞬間の私は、啓示を受けたかのように瞬時に合点した。

 なぜなら寝てるからだ。

 真理に到達した(と思い込んだ)私は、この異世界に召喚された理由を求めて、城を目指した。

 なぜ城だと思うか。寝てるからだ。


 私は森の中をさまよい歩いた。

 夢の中というのはなぜこんなに歩くのがだるいのか。空気が濃いというのか、まとわりつくようで、まるで布団の中にいるかのようだ。いやきっと布団の中なんだろうけどね。

 がんばって森を抜けようとするが、なかなか進まない。

 夢なんだからこのまま終わるのかと思ったら、そこに騎馬がいた。

 くすんだ銀色の鎧をまとった騎士がそのバイザーをあげた。

 美少女だった。16歳くらいだろうか? 色白で碧眼、唇がややぽってりしている。髪は兜に隠れてよくわからないけど金髪だ。見えないけど金髪だと思い込んだらそういう設定になったっぽい。

「ここはどこですか?」

「幻覚の森だ。ここに入り込むのは危険だから。さあこっちへ」

ってすでに森は終わりだった。

 そういや彼女も森の深くに入ったら幻覚にやられるんだろうからなぁ。彼女も私の幻覚でない保証もないけど。いや、彼女も含めて私の夢だ。


 彼女に案内されて城に入った。

 いきなり王との謁見である。


 なんか全部レンガみたいな大きさにした灰色の石を組み合わせただけの城に見えた。床はまばらな大きさの石でできた石畳だ。

 王との謁見の間は、そんな石畳に直接座らされた。

 王は教壇みたいに一段高いところに、高価そうで、でも座り心地は悪そうな椅子に座っていた。

「投獄しろ」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」

 というわけで、説明もされずに私は投獄された。


 うーん。困った。

 私がこの世界にやってきた理由がわからないではないか。

 私は王に召喚されてこの世界を救う救世主なんじゃないのか。メシアじゃないのか。

 メシ? そういえば食ってないなぁ。どうせ夢なのに腹減ったなぁ。

 ちゃんと食べ物出るかなぁ。

「食事だ」

 さっきの美少女騎士が、軽装な服装で、食べ物を持ってきてくれた。革の胸当てをしている。一応最低限の防護はしてるのか。

 トレイに乗ったコッペパンとスープ。

 スープはぬるくて、パンはぱさぱさ。しょうがないか。囚われの身だ。

「不満そうだな」

「まあ、いきなり牢屋にぶちこまれては」

「ははは。大丈夫だよ。心配ない」

「なんで?」

「今のきみには説明しても意味がない」

「なんで?」

「寝てるから」

「あっ、そうかぁ」

 なるほどね。一本取られた。

 食事が終わると、しょうがないので、横になった。

 床に何かを敷きつめてシーツをかぶせたような寝床だ。固すぎるが、でこぼこした石畳に寝るよりは遥かにましだ。

 横になるとすぐ意識がなくなった。


 はっ、と目覚めた。

 変な夢を見た……、と思ったらまだ牢屋の中だった。

 ぼやーっとした頭が晴れてくる。

 ああそうか。

「おーい。すいませーん」

 呼びかける。

 夢の中では美少女騎士だったはずの、大柄で金髪碧眼の地味な顔の女の子がやってきた。

「正気になったか」

「はいすっかり」

 私の服装はこの世界に普通の貫頭衣だった。パジャマなんてこじゃれた服装じゃなかったのだ。

「あんな森の中に入るからだ」

 女の子に言われた私は、

「ちょっとってみたかったんです」

「ラリる目的で森に入って出てこれなくなったやつもいるのに」

「いや、ちょっとだけならいいかなぁって。森の中にいた私は、異世界からこっちにやって来たんですよ」

「他人の夢の話は支離滅裂で退屈だ」

「いや、あなたがすごい美少女騎士に見えてたんですよ」

 彼女は渾身のしかめっ面をして追い払うような手つきをして言う。

「その話も聞き飽きてる」



     ▲



「うん。普通に面白いやないですか」

 コロニスの口調はなんか安心したような感じだった。

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