バッファロー VS 杉花粉

洞貝 渉

バッファロー VS 杉花粉

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが発生した、とメディアが最初に発表した時、人類の誰もが半笑いで受け流していた。情報を発信したメディアでさえ、小ネタの面白話程度にしか考えていなかった。


 はじめ、バッファローは二百頭くらいの群れだったのが、月日を経て四百頭に増え、八百頭に増え、千六百頭に到達したころには人里を襲うようになった。


 人間をもっとも多く殺している生物は蚊らしい。

 だがしかし、今は違う。

 今はバッファローだ。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが、大陸を、人類を蹂躙していた。


 かつて、文字通り空を覆いつくすほどの数がいたリョコウバトさえ食い尽くし、絶滅へと導いた人類だが、バッファローの群れには手を焼いていた。なにせ数が多く、どこからわいて出てくるのか、殺しても殺してもますます数が増えるばかりである。


 大変なことになっている、とはいえ大陸から海を挟んだ島国からすると、どこか他人事であった。

 数えるのも馬鹿らしくなる大量の水牛の群れがこちらに向かってきているらしい、と聞いた時もまだ余裕があった。

 バッファローの群れが海に飛び込んだ、泳いだ、溺れた、溺れた仲間を足場にしてさらに泳ぎ、溺れ、足場を伝い泳ぎ、泳ぎ……。


 気が付いた時には、もう、何もかもが遅かった。

 

 大陸を蹂躙するほどの数のバッファローからすれば、島国を征服することなど朝飯前だ。

 あっという間に島国はバッファローだらけになった。

 我が物顔で島国のありとあらゆるものを破壊していく水牛たち。

 建物、畑、公園、青春、だらだらと続く名ばかりの会議、不純な三角関係、気になるあの子との親密な時間……。


 バッファローの群れに異変が起きたのは、破壊対象が杉林に突入した時だ。

 先頭を走るバッファローの一匹が、大きく体を跳ね、勢いよく口から息を吹きだした。くしゃみをしたのだ。

 続いて周囲にいたバッファローたちも、一匹、また一匹と盛大にくしゃみを連発し出す。くしゃみに気を取られ、動きが鈍ったバッファローたちは後続のバッファローたちに突き飛ばされ、踏みつけられ、絶命した。

 そして後続していたバッファローたちも少し間をおいてから、くしゃみをし出し、後続に突き飛ばされ……。


 島国を除く世界中がこの現象に注目し、祈った。

 杉花粉による花粉症が、バッファローどもを自滅に導いてくれますように、と。

 対して島国中が目を血走らせながらこの現象にやきもきし、祈った。

 バッファローの群れがなんとか杉を駆逐しきってくれますように、と。


 バッファローが杉をなぎ倒し、杉花粉がバッファローを自滅させていく。


 人類の最後の希望であり、同時に島国の憎き敵である杉は容赦が無かった。

 天文学的個体数を誇るバッファローの群れを花粉という粒子状物質で包み込み、じわじわと弱らせ、数を削っていく。

 とはいえ、バッファローも負けてはいない。途中からバッファローは破壊対象を完全に杉のみに絞り、杉を根元から引きちぎって、踏みつけ、粉々にしていった。



 島国中の杉という杉が消滅するころ、またバッファローも個体数を二桁まで減らしていた。


 世界はこの事態を祝福した。島国はほとんど杉以外の被害もなく、災厄を退けたのだ。

 島国もこの事態を祝福した。これでようやく春という季節を心から喜びの感情で迎えることが出来るようになる。

 わずかに残ったバッファローたちは島国で丁重に保護……ではなく前代未聞の災厄を次の世代に伝えるためのサンプルとして、バッファロー園を設立しそこに収容され、その後は二度と荒ぶることなく島国の人間から丁重な扱いを受け……ではなく厳しく監視されながら余生を過ごすこととなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バッファロー VS 杉花粉 洞貝 渉 @horagai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ