第14話 ウヅキ
君が僕の後にちょこちょことついてくる。生まれたばかりの雛鳥が、親に対してそうするように。
「ごめん、歩くの早かった?」
忙しく足を動かしながら汗をかく君に気づいて立ち止まって待つと、君は乱れた息を整えようと大きく肩を上下させながら深呼吸する。
「こっちこそ、ごめんね。私のせいで予定に遅れそう」
「仕方ないよ」と言いそうになってから、「全然問題ない、ゆっくり景色見ながら行こう」と言い換えた。ホッとしたような笑みを見せる。
君の心臓が機械仕掛けのそれになってから、僕たちの距離感は変わったね。だけれど僕は、今も変わらず君のことが。
彼女が僕の住む街に越してきたのは、小学校も中学年頃に達した頃だったと思う。
出会った頃の君は、まさに快活を絵に描いたような少女で男の子顔負けの運動神経とテラテラと光るおでこを武器に、街の子ども達のグループを瞬く間に牛耳った。
一方僕は、晴れた日にも外に出ずに家にこもって本を読んだりネット通話に興じるような子どもで、君とはそもそも活動の文化圏が違っていた。
そんな僕に君は、手を差し伸べてくれたんだった。
僕を仲間に入れてくれた君たちのグループに対して、最初はうまく心を開けなかったけれど、僕は本当に嬉しかったんだ。
自分の運動神経やコミュニケーション能力の低さはよくわかっていたし、その当時の僕は生意気にもそんな自分の境遇をすっかり諦めていた。どうせ僕なんてこんなもんだ、誰とも関わることなく、日陰で生きていくのが似合いなのだと。
そんな僕の思惑を拳一つでぶん殴って壊してくれた君のおかげで、僕も時々は外で君たちに混じって草野球やケイドロに興じるようになったし、あまりにも外が暑い日や雨の日には、僕の家に君たちを招いて一緒にテレビゲームやカードゲームで余暇を潰した。
穏やかで満ち足りた日々だったと思う。
しかし中学に上がる頃には、お互いなんとなく疎遠になってしまって、君は女子のグループになんとか溶け込もうとするようになったし僕は僕でまた元通りの引きこもり少年に戻ってしまった。
そんな何もかもが一変したのが、あの出来事だった。
君が交通事故に遭ったのだ。
道路に飛び出した幼子を君が庇った、という噂が、高校生になっていた僕の耳にも聞こえてきた。それまで君と君とのあの毎日を忘れよう、忘れようと努めていた僕の中に、にわかに燃え上がったのがその感情だった。
失いたくない。できれば、僕の手で守っていたい。
集中治療室の中で何本もの太い管に繋がれてようやく命を保っていた、あの時部屋の窓越しに見た君の姿を僕は目に焼き付けた。…この未来は避けられたかもしれなかった。僕がもっと早く、君の存在を気にかけてさえいれば。
そんな若さゆえの盲信を日々真剣に煮詰めていた。
そうして退院してきた君は、心臓と体の一部の臓器を機械のものと入れ替えた、不自由な体になっていた。
当時一緒だった高校でも君の噂でもちきりで、興味本位で君にバカな質問を投げかけてくる厚顔無恥な生徒もたくさんいたね。その度に僕はそいつをボッコボコに殴り倒してやりたい衝動に駆られながら、黙って君の前に立ち塞がった。
君はいつも困ったように微笑むだけで、あの頃のような燦々とした笑顔をその顔に讃えることはもうなくなっていたけれど、それでも僕の中で、君の存在がすくすくと育った。
そうして僕たちは自然に恋人同士になって、同じ大学に進み、サークル活動や学科もそこそこに、方々の身体障害者サロンや講習会に赴くようになっていったんだった。
君はあれからずっと辛そうにしている。僕が君に献身的に尽くせば尽くすほど、君はそれを申し訳なく思うらしかった。
けれど、僕はそんな君の困惑も込みで、君を愛していた。
僕は結局、君をずっと自分の手の中に包んでおきたかったのだと思う。どこにも逃げられないように足を鎖で繋いで、心は僕しか写さないように他の誰も視界に入れないようにして。
その願いが叶ったのだから、僕は有頂天だった。
「別れよう」
ある冬の日、君はその言葉を絞り出した。ずっと言いたかったことを意を決して口にしたというふうだった。
そうして何も言えなくなる僕の前で、ハラハラと涙を流し、何度も何度も詫びる。
そうか、僕は君に触れている資格など、そもそもなかったのだ。
僕は君にとって、ずっと、ただ障害だった。
そうして今度こそ本当に君を失った僕は、心の隙間を何かで埋めようとひたすらにあらゆる活動に手を出した。手当たり次第にサークルに参加して、それまで興味もなかったコンパにも足げく顔を出し、それでも埋まらない予定は全て、旅行に費やして。
そうして全てを尽くしてから気づくんだ。僕には、君しかいなかった。
今日も木枯らしが吹く街を、一人歩く。あの頃後をついてきた君は、もういない。
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