第8話 ポッドリーディングス

 携帯端末に小型のヘッドギアを同期させると、放送を始める。いつものルーティンだ。

 今日の獲物は…あの人!


「はーい、おはにゅー! 本日の放送では、医療業界で目覚ましい売り上げを誇り、株価なんかも爆上がりの我らがギア社、CEOさんを直撃するよ!」


 そう、ついにこの日がやってきた。私の恩人であり神様であるギア社CEOさんの取材。


「君…」

「何を隠そう私の右足もギア社製精密義肢、ギアーズです! この製品の凄いとこはなんと言っても」

「君ね…通行証がないとここは通せないから…」


 私の隣でごてごてとパワードスーツを身にまとった警備員らしき男性が何か言っていたが、無論そんなことで私の野望は止められはしない。

 ウィキを参照して作り上げた完璧なPR文を読み上げると、画面に視聴者からのコメントが流れ始める。


――うぽつ。

――うぽつ。

――ギア社かあ。

――旬の企業だけどちょっとお堅いよね。

――っていうかミーナちゃんギアーズ施術者だったんだ。


「…そうなの! ちょっと前に渋谷で起こった作業現場の崩落事故に巻き込まれてさあ。あの時は絶望したなー」



 そう、その時右足を失った私の前にさっそうと現れ、ギアーズという希望の光をともしてくれた人こそ誰あろう今回の取材相手、CEOさんなのだった。

 リハビリの時は冗談じゃなく死ぬかと思ったが、一年越しに踏みしめた大地はとても悠然と、広々としていて、私はだからまた歩き出そうと思えた。自らもCEOさんの恩に恥ずかしくない人間になり、いつか対面で「ありがとう」を言う。

 それが私の夢。


――いい話ダナー。

――泣ける。

――警備員うるさい。



 その時になって私に詰め寄ってきていた警備員がついに実力行使に及ぼうとする。背中から伸びるアームで私の両腕を拘束し、握りしめていた携帯端末を無理やりはぎ取ろうと…。


「…どうしたの、何の騒ぎだい」


 聞き覚えのある爽やかな声音に振り返ってみれば、高級外車の後部座席から降り立ったばかりらしいその人が、優雅にこちらに歩いてくるところであった。


「し、社長…!」

「CEOさんっ」


――おっ。

――真打登場じゃね。

――警備員ざまあ。

――写真で見るよりイケメンだな。


 その場の状況を最小限の目線で察したらしいその人は、ちょっと思案してからコートの懐に手を突っ込む。ほどなく名刺入れを取り出し、そこから一枚名刺を抜き取って実にスマートな仕草で目の前に示して見せた。


「君は二年半前にギアーズの施術を受けた子だね、元気でやっているようで何よりです」

「お、覚えて…下さってたんですか…」

「君の配信、いつも楽しみに見てるよ。取材なら別口で応じるから、とりあえずこの場は納めてくれないか。警備員の彼も可哀そうだろう」

「…はい…」


 私も、警備員も感じ入って何も言えなくなるその場で、彼は私の手に名刺を握らせると軽く手を振って去って行った。ああ、やっぱりこの人は完璧だ。




 数日後、十五分だけフリータイムで取材に応じる、という約束を取り付けて、私は再度ギア社の社屋門の前に立っていた。例の警備員が目ざとく私を見つけて、しかしCEOさんから言付かっているらしく口惜しそうに舌打ちをする。

 受付で預かったIDを掲げて、迎えに立った秘書らしき女性の後について社屋を上へ進む。

 エレベーターの扉が開いた先、最上階のフロアに、社長室に続くだだっ広い応接室が拓けた。


「こちらです。社長はすでにお待ちになっています、お進みください」


 うやうやしい秘書の言葉でおずおずと脚を踏み出す。ギアーズの足元にも、そのふかふかのカーペットの質感が異常な高級感を感じさせた。幾つか置かれている調度品も、一つ数億を下るまい。

 自分はそれだけの場所に立っているのだ。



 私がソファに腰掛けたのを見計らって、秘書は社長室のドアをとんとんと綺麗にノックした。ほどなく扉が開き、あの人が爽やかな笑顔をのぞかせる。


「やあ、来たね。せっかくだから君のチャンネルでわが社を広報してもらおうと思ってね、真剣に取材を受けることにしたんだよ」

「…光栄、です…っ」

「まあ、短い時間だけどよろしく」


 その後、ソファに対面で腰掛けての対談の動画は過去最高の再生数を記録し、今まで認知されなかった層にも私のチャンネルは周知され、チャンネル登録者数が六倍くらいに膨れ上がった。今までも決して少ないわけじゃなかったのに。


 何もかもが夢み心地で、実感が伴わなかった。

 やっぱり…やっぱりCEOさんは凄い人なんだ!!





「マスコミ対策は万全です。配信者業界のインフルエンサーにも数名粉をかけておきました。広報の効果は絶大かと」

「ああ、ありがとう」


 社長室に報告に現れた広報課の職員に、社長は丁寧に礼を告げると、下がらせる。彼と一対一になった私は、また彼が無茶を言い出す気配を感じて身構え――かけて、無駄だと悟ってむしろ脱力した。

 直属の秘書である私にだけは本心と本音を語ってくれるのだから、本来であれば「可愛い人…」なんて思う所なのだろうが、この蟒蛇の正体はあんまりにもあんまりなていだからなんとも言い難い。


「そうだ、わが社も一つくらい広報のチャンネルを作ろうじゃないか」


 そうして安定の思い付きを述べ奉る社長を宥めながら、心の中で盛大にため息を吐くのだった。

 建前は大人、本音は子供…。

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