第7話 アンジュラ
「これが私かあ」
ギア社のプロモーションビデオを見てひとりごちる。照れと疎外感が半々といった気持ちだ。ビデオには、ギア社が超次世代機として発表した「アンジュラ」――天使型ギアーズシリーズを身にまとった私がふわふわと宙を浮遊する様が映っている。
担当は一夜で人気者だなんて言ってたけど…私なんかが本当に皆にもてはやされる事などあるのだろうか。
ギア社が発表した医療義肢シリーズ「ギアーズ」は、それはもう画期的な駆動系統と神経接続により非常にソフトな使用感を発揮する、というタレコミで、医療業界に一気に普及した。その間十年もかからなかったらしい。
ギア社が次に目を付けたのがタレント業界であったそうで、げいのーじんにギアーズを施術して貰って広告塔になってもらおう、と、まあそういう計画なのだそうだ。
これも私の担当についたマネージャーの言である。
そうして、ギア社が発表した「アンジュラ」シリーズのモニターに選ばれたのが、当時地下アイドルとしても鳴かず飛ばずだった私なのだった。
「ギア社のCMにもなって、君の知名度も上がる。双方に恩恵があるんだ。つまりWin-Winってやつだね」
こんな小娘の元にわざわざ企画の説明に現れたその男は、よく回る口でそんなことを言っては爽やかに笑う。
担当曰く、この人が渦中のギア社を取り締まっている代表取締役、CEO、社長!!! なのだという事だ。それにしては随分気さくな人物だと思ったが、まあ他に社長の知り合いがいるでもないし、世の権力者とはこんなものなのかもしれない。
社長は私の手を固く握って完璧な作り笑顔で――そこは私も職業柄よくわかった――微笑むと、「必ず成功させてみせるよ」なんて都合のいい事を宣う。しかし、そこまでのやり取りでこの人物の底の深さは十分に知れた。
これは勝ち馬という奴だ。乗るに限る。
「はーいっ、よろしくお願いしますぅ」
私の打算120%の笑みに、企み200%の笑みで答えると、社長君は一瞬だけ顔を曇らせる。
その表情の意味が解らずスルーしてしまったが、この決断がこののち自分の人生を大きく狂わせていく事になるのだった。
一週間かけて撮影、制作したプロモーションビデオが流れてからこっち、街は「天使」の話題一色になった。改めてギア社の傘下に属する事になった私は、担当から「しばらくは家から車へのドアToドアでお願い」と言い含められ、今日も事務所の控室に缶詰めになっている。
仕方がない、あれからギア社にも事務所にも、私の行く先々にファンとフォロワーと野次馬が大挙して押し寄せ、私が顔を出そうものなら一斉にフラッシュをたく。
今は我慢の一手だよ。
担当が手に汗握りながら熱弁する。
「ねえ、今日発売の〇〇社の炭酸水が飲みたいんだけど」
「ダメ。そこギア社との関係が微妙な企業だから。□□社のエナジードリンクなら無限にそろえてあるよ」
「死んじゃう…」
ギアーズの施術によって疑似翼が与えられたって言うのに、どこにも飛んでいけないなんてね。
今、私の顔の横で、その疑似翼は、コンパクトに自らのボディを格納してパタパタと羽ばたいている。可愛い…よな。確かに可愛い。あの合理性の塊みたいな社長君が企画したとは思えないくらいファンシーなギアーズだ。この企画に携わってる人間は誰もかれも正気じゃない。…私もね。
「トイレ行ってくるー」
「五分で戻ってね」
追いかけてくる担当君の一言を振り払うように駆け出した。
事務所の廊下を突っ切る。そのまま非常階段に躍り出た。
私を指さして大声で何か叫んでいるファンの子たちが見える。
「展開。コード0142」
私の声紋を認証して、ギアーズがその翼を大きく広げた。
飛び立つ。
舞い上がる。
「まあ君を見た時から何かやってくれるだろうなとは思ってたよ」
後々、お叱りを頂戴しにギア社の社長室に出向くと、社長君は別に咎めるでもなくそんなことを言った。なるほど、私が耐えきれなくなって脱走する事も全て見越したうえで、それも含めてプロモーションにしてしまったわけか。
大いなる菩薩の手の平の上で転がされていたことに気づいて、でも私はワクワクしていた。
あの大空を駆ける感覚。頭の輪っかとリンクして羽ばたく翼で飛び回った空が、今も私を呼び続けている。
「あの…社長、すみませんでした!」
「ああ、いいよ、いい」
これ以上ないほどに青くなって頭を下げる担当君を尻目に、社長君は爽やかに笑う。
「これからもよろしく頼むよ、二人とも」
「は、はい…っ」
「おっけー、まかせてぇ」
そんなこんなで私はトップアイドルの道を駆け上っていく事になるのだけれど、そんなことで私の自由は曲げられない。翼を与えられたなら、飛び立つしかないのだから。
今日も空は高く晴れ渡り、そしてそこにちらほらとアンジュラたちが舞うのだった。
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