第6話 ブレイドシフト

 ギア社傘下の軍需企業に背任された私の、本日が配属式だった。私の右腕に収まるそれは、軍需産業に進出したギア社が新しく考案した戦闘用義肢、ギアズ・ブレイクシリーズである。

 その物々しい様に、先輩傭兵達が鼻白む気配が伝わる。参列した技師が得意げに鼻を上げた。これから己の発明した物で更なる血が流れる事を理解しているんだろうか?


 しかしてそんなことにはまるで無関心なように式次第は進行し、そうして私は正式に兵士となった。これから血と臓物を浴びる毎日が始まるのだ。




『お姉ちゃん、本当に大丈夫なの?』


 もはや何十度繰り返したか分からない問答を、その日も電話越しに妹と交わしていた。


「大丈夫とは言えない。運次第だね」


 私もその何十度の例に倣って、繰り返してきた言葉を反芻する。事の次第は数年前にさかのぼる。私と妹の最愛の両親が、物言わぬ肉塊となって我が家に帰ってきたのである。

 つまらない事故だったとの事だ。両親の乗った車の手前を走っていたトラックから数トンある荷物が落下して、なすすべがなかったらしい。ほとんど苦痛もなく逝ったでしょう、という鑑識の言葉が唯一の救いだった。


 当時ハイスクールを卒業したばかりだった私は、ジュニアスクールに入ったばかりの妹とともに、天涯孤独の身となった。


 だが、悲しんでばかりもいられない。まず施設に入るかこのまま二人で稼いでやっていくのかを、自分たちの意思で選び取らなければならなかった。

 当時私たちが内見した孤児院の設備はそれはもう酷いモノで、子供が何十日も着古したようなカビの生えた衣服を着て走り回り、カーペットには何のものともつかないシミができて異臭を放っていた。どこの施設も今や孤児でいっぱいで、こうした劣悪な施設にしか空きがないのだそうだ。


 妹はそれでも私に迷惑をかけまいと意地を張ったが、私の腹は決まっていた。

 そうしてあらゆる伝手で就職口を探して、その末にたどり着いたのがギア社のモニター兼雇われ兵士という職だったのである。



『嫌だ…お姉ちゃんまでいなくなっちゃったら。もう…』

「善処するってば。お給金は良いんだから文句は言えない、神様にでも祈っておいて」


 今日が、この第八部隊に配属されてから初めて経験する初陣の日であった。

 我ながら妹を慰める言葉として適切ではない、が、甘えたことばかりは言っていられない。これから私は人を殺しに行くのだ。この右腕に施術されたギアーズで人を切り刻み、正真正銘ただの人殺しのろくでなしになる。なり果てる。

 そんな自分に妹の悲しみなど、釣り合うわけがないのだった。


 電話口でべそをかき始める妹をちょっと笑って、「じゃあ切るよ」とだけ言って通話を終了した。


 通話が終わるのを律儀に部屋の外で待っていたらしい上官が、軽いノックとともに控室に入ってくる。


「家族との別れは済んだか」

「そんなもの、もうとっくに」


 目を合わすこともせずに答えた私をちょっと下目遣いに見た上官――事前の説明によるとこの隊の隊長らしい――は、軽く咳ばらいをしてから顎で私を促す。のろのろと腰を上げて、すでに隊列を組んでいる味方の元へと向かった。あとからついてくる隊長も、私も、ずっと無言だった。


 私たちはこれから、殺すか死ぬかだ。


 そんな事実を愕然と突きつけられている気がした。

 そうして初めての戦場が始まった。



 簡単に言えば、それは当初抱いていた私の認識を悪い意味で上回っていた。弾丸と怒号と悲鳴がひっきりなしに飛び交い、かわすも守るもなく運が悪ければ一瞬で命がなくなる空間。それが戦場だった。

 殺さなければとか、生き延びなければとか考える暇すらなく、ただただしゃにむに右腕を振り回しながら駆けずり回った。自分の中に潜んでいる、どうしても自らの命を優先して周りを喰いつくしてしまうような、そういう獣に始終人格を乗っ取られていた。


 そうして気が付くと私は、やはり血まみれの臓物まみれになって、死体の山の上でぼんやりと空を仰いでいた。


 ああ、青が綺麗だ、と思った。

 じわじわと目の裏が熱くなり、何かが両目から零れだし、そしてそれが涙だと理解する間もなく、隊長が後ろから毛布で私を包む。


「よくやった。帰るぞ」

「どこに? どこにですか…」

「地獄だ。行くも帰るもな。俺たちにはもうそこしかない」


 後で報告に訪れた二等兵の話によれば、私の、正確には私の右腕に鎮座している戦闘型ギアーズの実践投入は、華々しい戦績という形で実を結んだそうだ。これから、このギアーズは正式に軍の装備として採用されて、より多くの血が流れるのだろう。全て私のせいだ。


 その日から、眠る度に血まみれの誰かに侵される夢を見て目が覚めるようになった。

 その誰かは数えて十の戦場を超えるころには、両親の顔と声を真似るようになった。


 壊れていく。

 壊れていく。


『お姉ちゃん、絶対生きて帰ってきて』

「大丈夫よ、私は死なない」


 その日も妹との通話を終えて、迎えに来た隊長に続いて進行する。

 死ねるわけがないのだ。私は。もう。

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