第5話 メッセンジャー!!!
数奇な運命、なんていう枕詞があるが、本当に人生何が起こる解らない。
数えて三年前の春、ギアーズの暴走に巻き込まれて左足を失った私に、わざわざ菓子折りをもって詫びに来たギア社のCEOを名乗る男性はしかし朗らかに告げた。
「うちの下働きのポストに空きがあります。あなたのように意欲のある方は大歓迎だ」
そうして私はギア社グループを結ぶ配達員になったのだった。
まあ実際に働き出す前に、約一年間の血を吐くようなリハビリに耐える必要があった。
私の生身の左足は、当時戒厳令が敷かれていた暴走ギアーズによってミンチにされており、それでもあの規模の事件の当事者としては随分運が良かった方らしい。
切断するまでもなくぐっちゃぐちゃになっていた左足を切除したあと、何の流れなのかそのまま怪しげな手術同意書にサインをさせられた。
ギアーズの施術を勧めてきた医師のほうも何らかの弱みを握られているらしく、始終脂汗を流し視線をきょろきょろと彷徨わせながら何かに怯えている風で、いやいや、いったいどんな社会勢力の暴走に巻き込まれたんだ私は、なんて当時は軽く絶望したものである。
しかしギアーズそのものは最新式の99%安全な義体という触れ込みだったし――100%、とうたわない所にむしろ誠実さを感じた――その当時は私の左足を奪ったのがそもそも暴走したギアーズだという情報も伏せられていた。
そのうえ、冒頭でも述べたようにギア社の特別顧問を自称する男性が丁寧にわびと勧誘に訪れたから、もはやなし崩しと言うやつだったのである。
ギア社顧問の言も自信と確信に満ちていたし、どうせ博打を打つなら勝率の高そうなほうに賭けよう、という私の生まれながらの無鉄砲さがここでも顔を出した。
で、まあ二年前からCEOの勧めに従ってギア社のメッセンジャーをやっている。
肉体労働であると言うほかはむしろ楽で歩合のイイ仕事であった。
ギア社の社長は例の自信満々な言動にたがわず気風のいい人間であるようで、ギア・コーポレーショングループ傘下で彼の陰口を聴くことはめったにない。なんでも半年に一回のペースでグループ傘下の社屋をぐるぐる巡回して社長自ら業務改善に当たっているとの事だ。
これだけの大グループのトップがそこまでやるというのだから、どこまでも庶民感覚の強い人物なのだと思う。
…まあ、その分時折非常識な改革案を提示して直属の部下の胃を締め付けているという噂もなべて流れてはきたのだが。
とにもかくにも私のメッセンジャーとしての仕事は、非常に朝早い時間から始まる。
なにせ一般社員の始業時にはすでに各資料が手元になければ仕事にならないわけで、毎朝五時に起きてニ十分で身支度を終えてはグループ傘下の社屋間を走り回った。
そうした体力仕事において、ギアーズは非常に心強い相棒となった。その新しい左足は、どんなに酷使してもちっとも痛まないし、メンテも最小限で長く動く。バッテリーも小型でもちのイイモノを厳選しているとかで、一週間に一日、休日の日に数時間充電すれば十分に使用に耐えた。
問題はそうしたフィジカル面の話と言うよりはむしろメンタルのほうで、私自身が度々自分の生身の左足を奪った事件のフラッシュバックでパニックを起こすし、夜は体ががたがたと震えてなかなか寝付けなかった。
日常を根元から破壊されたのだから無理もないと思ってほしい。
いつかまたあの時の化け物が自分の命を奪いにやってくる、という誇大妄想かもしれない映像がしっかりとした根拠を持って繰り返し目の前に幻を描くのだ。
その根拠と言う奴が私の欠けた体の一部として常に目に見える位置にあったわけだから、恐怖はなかなか消えなかった。
そんな私の様子を、例の社長はなんというか暇なのか、足蹴苦見舞いに通った。あとで聞いた話だがギアーズの施術者にはほとんどもれなく似たようなアフターサービスをつけているらしい。
なんでも大学院に三度通い直して必要な学問をあらかた修めたとかで、カウンセラーと精神科医の資格も有しているらしい。私の肉体と義肢のメンテナンスに当たる医者・エンジニアともどこの界隈の言語ともつかない専門用語でバリバリ議論を交わしているし、この人は本当に凄い人なんだなと嫌でも思い知らされた。
そんな人が「あなたの働きぶりにはとても感謝している。きっと社会もあなたを必要とするでしょう」なんて繰り返し言うわけだから、嫌がおうにも自己肯定感は高まるし、おまけに会社の人達は皆とても気持ちいい人柄で、何の不満も感じなかった。
そんなわけで勤めて三年目に当たる今年、私は昇級して現場監督に任じられた。
悩んでいる暇なんか、人生にはないんだ。
ただただ自分の幸福の為に行動しなければ…いや、すればいい。結果幸せが手に入る。
単純な話なのだった。
今日も私はアルバイトの配達員の子たちに指示を飛ばしながら、あの時社長に渡された電子名刺をフォルダから呼び出し、ちらちらと眺める。
あの人がくれた勇気を、私はこれからも誇って生きていく。私は、幸せだ。
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