第4話 戦場のジョーカー

 戦場が私の唯一の居場所だった。

 そもそも生まれた時から、自国は同じ国に住む異なる主義思想の民族間での紛争に明け暮れていて、私は幼い頃から銃とナイフを握って育った。

 生まれて初めて母親に説かれた人生訓は、「人を信じてはならない」だった。実際この国で、誰かに期待したり必要以上に親しくしたりなどしていては、瞬く間に命がなくなっているだろう。


 そんな土地で育ったものだから、「人は殺せば死ぬ」という理屈以外に信じられる事もなく、まるで先進国のエスカレーター式の人生のように私も少女のみぎりから兵役に志願した。



 ただただ戦場を走り回り、銃弾に倒れる隣人たちを踏み台に、その日その日をギリギリで生き延びた。軍隊でできた友人も、次の戦闘であの世に旅立ってしまうなんてことが当たり前のようにあった。

 だから人の命に重さがあるなんて到底思えなかった。


 だって、銃弾一発、ナイフの一振りでもその心臓に浴びれば散ってしまうものなのだから。


 そんな精神で生きていたことに我らの神が怒りを覚えたのだろうか。ある時送り込まれた戦場で、ついに私の番がやってきた。そこら中に仕掛けられていた対人地雷を踏み抜いてしまったのである。


 戦場において重要なのは、相手の兵士を殺すことではない。出来る限りの重傷を負わせて生かし、仲間に回収させる手間と恐怖を与えることだ。

 そんなわけで対人地雷ってやつは、人を殺傷するようには出来ていない。脚一つ、運が悪くてもせいぜい半身を消し飛ばす程度の威力しかない。

 しかしその時は、何の導きだったのか、周囲に埋められていた他の地雷も相次いで連鎖起爆し、私は両手両足をことごとく吹き飛ばされてしまった。


 ああ、ようやく死ねる。


 その時はそう思った。


 もはや兵士としての役目もこなせなくなった自分が、劣勢に回っている味方に回収される事はないだろうし、そもそもこの傷でこの出血量だ。あと数十秒もすれば自分は死ぬ。

 出血性のショックでかすみ始める頭の端で、私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、さて、あれは恐らく死神だったのだろう。



 次に意識を取り戻すと、体がぐったりと重く、首を回して周囲を伺う事すらままならなかった。

 とっさに記憶が混濁して、ああ、お母さんはまだ出かけてるのかな、今日の朝食は何かな、なんて考えたのだが、そんな私の視界ににゅっと現れた男がある。


「目を覚ましたかい。気分はどう?」

「…は…。ば…」

「ああ、無理をしなくていい。君の体は隅から隅までボロボロでね。声帯も人工のものに取り換えなければいけなかったから、まあリハビリするまでは会話も出来ないと思う」


 恐ろしい事実をしゃあしゃあと告げたその男は、白い歯を見せてまるで完璧な顔で笑うと、私の肩――があると思しき部位――をとんとんと叩いた。触れられた感覚も何もなかった。


「その内契約書類やら手術の事後承諾書やらいろいろにサインを貰うけど、せっかく拾った命だ。楽しもう!」


 ぐっと親指をたててはにかみ、去っていく。

 訳が分からな過ぎて目で説明を求めるが、医師や看護師らしい他の人間は皆、気の毒そうな視線をこちらに投げるだけで会話する意思もなさそうだった。



 そんなあれやこれやを経て、私はその約二年後、戦場に舞い戻る。

 当時吹き飛ばされた肢体は丸ごとギアーズと呼ばれる義体に換装されていて、おまけにその義体は今までの生身の人体を遥かに超える馬力と耐久力を与えてくれた。私はただただ胸に沸き起こる怒りから人の命を蹂躙し続けた。


 今日も敵に得物である大剣を突き立て、笑みを漏らす。ギア社の募集に乗っかって私設兵団に入隊し、戦場を駆けるようになってから、快楽以外の感情が薄れていくのを日々感じていた。

 ああ、楽しい。

 他者を蹂躙するという事がこれ程の悦楽を伴うとは。


 そうして背後に這い寄る死を、見て見ぬふりして笑う。


 いつしか私には「ジョーカー」という二つ名がついていたが、まあ、それは今は良いだろう。

 さあ、今日も私の戦場にで向こう。私が心から笑うために。

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