第2話 カタナシツラエ

 勢いよく目を見開くと、視界に入ってきたのはゆがんだ天井だった。何が起こったのかと思ったが、何のことはない、自分の目に涙が溜まっていていつも通りの天井が湾曲して見えているだけだ。

 そして、こうして泣きながら目覚めることももう毎日のように繰り返した日常だった。


 今日も昔の夢を見たのだった。私の目の前で死んでいった友人の夢だ。ギアーズ施術者として初のピアニストになるんだ、とキラキラ瞳を輝かせながら語っていた、その彼女の体がメキメキと膨張して異形に変わっていく光景が、未だに網膜に焼き付いて消えない。だから私は狩人になった。全ては自分を救う為に。



「現着しました、現場のデータの同期をお願いします」

『オペレータ1、了解。データの転送を開始します』


 その日も件の現場に仕事で赴いていた。汚れ仕事も汚れ仕事、私は毎日人を殺す役目を負わされている。名前を付けることもはばかられ、事情を知る者たちの間で単に「狩人」と呼ばれているその仕事は、言ってみればギア社の犯した甚大な過失の後始末だ。

 時代が二十三世紀に突入したある時から、市井に奇妙な事件が多発するようになったのである。


 それは、最初ギアーズを施術されたレシピエントが前触れなく暴徒となり、各地で傷害や奇行を演じるという事件として幕を開けた。警察はすぐさま事件とギアーズ、そしてギア社との因果関係を探るために公安に掛け合って対策本部を組織したが、様々な角度から事件を検証したもののただ容疑者が皆ギアーズを身につけているという以外、何の結論も得られなかったらしい。

 そうして日本の警察がもたもたしているうちに、事件は世界中に飛び火してもはや島国の一市警の手におえるものではなくなっていた。その頃には暴徒の中に、体の構造を変質させ、まるでモンスターのような異形をとる例が度々目撃されるようになり、そして彼らの遺体を解剖した結果そこから新種のウィルスが見つかったのである。


 つまりは、ギアーズ施術者だけをピンポイントで暴走させるという、明らかにテロの意図をもって制作されたデザイナーズウィルスだった。



 あれよあれよという間に世界は混乱に包まれるかに見えた。しかし、事態を重く見た国連がすぐさま手回しよく事態を収拾し、戒厳令を敷き、また情報統制を徹底することで世間はかりそめの安寧を保っている。私たち狩人に与えられた使命とはつまり、世界を守るためなんていう胸糞悪い大義の為に、ウィルスに感染したレシピエントを内々に処理する事。

 しかしその本意は、明らかに国連から責任を追及されたギア社の汚名を雪ぐことにあった。実際私たちの所属はギア・コーポレーション・グループの末端企業という事にされているし、給料も毎月ギア社に指定された口座に振り込まれている。お前たちはサラリーマンなのだから給料分は働け、と、まあそういう事だ。



「ああ、担当の方ですか」


 照会されたデータを基に現場を奥に進むと、その一帯に非常線を敷いていた地元警察の警官らしき男に呼び止められる。黙って胸元のIDをかざすと、相手も黙ってうなずきおもむろに奥を指さす。

 住宅街の屋根のつらなりの先に、巨大な異形の姿が見え隠れしていた。


「なるほど、大物ね…」


 思わずつぶやいた私に、不安な顔を向けた警官は何かを言おうとして何度も息を詰める。無理もない。日常生活に慣れ切ったこの時代の人間に、あんなよくわからない悪夢としか言えないものを直視することはそもそもが酷だ。私も初めてあの異形――友人の変わり果てた姿を見た時には三日三晩どころではなく悪夢にうなされたし、それは今も続いている。

 務めて冷静を保てるようになったのは、皮肉にもギア社からこの「武力」を授かってからだった。


「心配ないわ。確実に処理します」

「…お気をつけて」


 警官がなんとか絞り出した声を皮切りに、駆け出す。ギアーズに換装され、人体を遥かに超える馬力を発揮できるようになった四肢を目いっぱい使って跳躍を繰り返し、対象に迫った。

 自らに向けられる殺気に気づいたのだろう。その異形がこちらをひとにらみして、おぞましい声で吠えた。


「大丈夫、今楽にしてあげる」


 手にしたブレードを振りかぶる。

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