ギアヴァリアント

山田 唄

第1話 イーヴィス

 時代が二十二世紀の終わりに差し掛かった頃、そのまだ知名度もさほどではなかった医療メーカーが「ギアーズ」を発表した。

 どうやら辣腕のセールスマンがCEOの任についたらしい、世界でもトップクラスの技師とデザイナー、医療スタッフをそろえて作られたその医療義肢シリーズは、瞬く間にベストセラーとなり医療業界だけでなくタレント界やスポーツ業界、今まで大型の建築ロボが占めていた作業現場にまで進出し、その企業の名を世界中に知らしめることになる。


 企業の名は「ギア・コーポレーション」。それからの時代に燦然と輝く、悪名を残した企業である。




「しっかし、当てもないのにこんな仕事振られてもなあ」


 先輩がいつものようにダラダラ愚痴を言い始めるのを聞き、ラジオの音量を上げる。車内に米国ラジオの自動通訳が流暢な日本語で流れ出し、よし、これでうっとおしい先輩を遮れるかと思ったが先輩は構わずしゃべり続ける。


「大体社長もなんでそんなものに拘ってるんだろうね。もはやギア社の覇権は揺るがないし、放置しててもいい案件だと思うんだが」

「…そうっすねえ…」


 ラジオの音声と先輩のどら声が重なってかえって神経を削ぐ。諦めてラジオを切りハンドルに上体を持たせかけた。寝不足であくびが漏れる。



 「イーヴィス」…「イヴ」と「デバイス」を組み合わせて作られたその造語は、シリーズ「ギアーズ」の試作段階に作られた始祖義肢を意味する。その名を冠する計十作の義肢は、ある日初代デザイナーと共に行方知れずとなった。試作でありながら極めて完成度の高いそれらは、今や業界の伝説的存在である。

 そして、うちのCEOもそれら試作と初代デザイナーにやけに執心していた。行方不明となったその日から社内に調査班を組織して世界中を捜索させている。そう、僕らの事だ。


 社内では「あきらめた方が」という声が圧倒的なものになっていたし、何が社長をそうさせるのかは下っ端にはよくわからない。しかしあの人の事だ、何か人知を超える勘でもって必要性を嗅ぎ取り、強い意志で僕らに任を与えたに違いない。

 でなければこの面倒な仕事に対する対価が余りにも少ない。基本出来高で給料が決まるうちの会社じゃ結果を残さないと昇給もしないし。


「さて、飯も食ったし、そろそろ次の現場に向かうか」

「…うっす。次は最後に対象が目撃されたっていう空港でしたっけ」

「そう。まあ空港で目撃されてる時点でこの国にはもういないと思うがな、それを確かめるのも仕事だ」

「海外の特捜班が可哀そうですねえ…こりゃしばらくこっちには帰ってこれんでしょう」

「俺たちが考えるべきとこはそこではねえさ」


 何のかんのと先輩の愚痴に同調しながら、ナビを捜査して行き先を入力する。この車にも一応ハンドルがついてはいるものの、数十年前から世界中のほとんどの車が自動運転機能を標準的に備えるようになった。つまり、運転手である僕の役割は実のところそれほど重要ではない。


 それでも法にのっとってとりあえずハンドルの上に両腕を置きつつ、最近禁煙を始めた先輩が口慰みにガムを噛み始めるのをぼんやり横目にしてため息を吐いた。

 一流企業に内定が決まった時にはそりゃあもう喜んだものだけれど、まさかこんな窓際部署に押し込まれるとは。


 僕らのワンボックスのワゴンは滑らかに市街を抜けて空港に向かった。今日も良く晴れて暑い。

 空調はさすがに完備していたが、僕も先輩も首元にじっとり汗をかいていた。




「…行ったか」


 ワゴンを見送った女は、小さく息をついて身を起こした。その体は生まれ持ったものではなく、彼女がデザインしたギアーズで全身が義体化されている。…でなければそもそも出生時に心臓近くに埋め込まれる住民IDで向こうにも居場所が筒抜けなはずだ。あの男から逃げる際、仲間に無理を言って義体換装を依頼したが、思った以上に潜伏が長引いた。そろそろ義体のメンテナンスをしないと。


「イーヴィスはお前たちにはもったいない代物だ…渡さんよ」


 誰に聞かせるでもなく呟いて、彼女はビル群をとんとんと伝って町中の監視カメラの死角をたどりつつ去っていった。

 計画が間もなく始まる。

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