第57話 ひらひら蝶再び
またもやひらひら蝶のT氏がひいらひらと飛んで来た。何もやることが無いのか、日に数度は飛んでくる。
何か自分の手柄に変えてしまえる仕事を探している。つまり仕事をたかりに来ているのだ。
こちらはむすっとした顔でパソコンに向かう。仕事が忙しいふりをして(いや、実際に忙しいのだが)言われたことに生返事を返し、まともに相手をしない。どうせ話の中身は暇潰しのヨタ話である。
人生は演技である。
この人相手に仕事の話なんかすれば、『仕事のことで相談に乗ってやった』となり、『だからあいつは俺がいないと駄目なんだ』になってしまう。
仕事の機材を触るのを許せば、『デバッグを手伝ってやった』になってしまう。
たまったものではない。
私が相手をしないとみたのか、隣に座って仕事をしている部下としばらく無駄話をしてから消えた。
「おい」と部下に声をかけた。「取り込みプロセスだ」
「へ? 何ですか、それ?」部下がきょとんとした顔をする。
「あの人はな。
仕事をするのが嫌で。
仕事をするのが嫌で。
仕事をするのが嫌で。
仕事をするのが嫌で仕事をするのが嫌で仕事をするのが嫌で仕事をするのが嫌で仕事をするのが嫌で仕事をするのが嫌で堪らないんだ」
説明してやった。
「だから自分の代わりに仕事をする人間が必要になる。そのためにはまず仲良くならなくてはいけない。それを目的として馬鹿話をしに来る。それを称して俺は取り込みプロセスと呼んでいる」
次を続ける前に、少し間を空けた。
「君は狙われているんだ。あの人の代わりに仕事をさせるために」
静寂が訪れた。しばらく経ってから部下が一言だけ、震える唇でイヤだと小さくつぶやいた。
私がこの会社を辞めた後に、馬脚を現したこの人はリストラ予定の者が転属させられる部門に移された。
そこからどうやって復帰したのかはわからないが、再びエアコン部門へと戻された。
その後に仕事でこの会社を訪れたことがある。
実験室を歩いていると見知らぬ人がぶつぶつと何かを呟いていた。パソコンに向かって作業しながら、無意識のうちに小さな声で歌っている。
「Tさんの~」
おや、と足が止まってしまった。聞いたことのある名前だ。
観客がいることに気づきもしないで、その見知らぬ人は続けた。
「Tさんの~仕事は~オレの仕事~、オレの仕事は~オレの仕事~」
どうやらおぶさりてぇのT氏は未だ健在らしい。
誰かは知らないがこの人が潰れるのもそう遠くはないだろう。
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